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素直になれなかった男

トムは理不尽な象徴みたいなキャラなので話がちょっと重いですが、次がハッピーエンドなので最後までお付き合い下さると嬉しいです

 トムのアーモンド色の瞳を、やや目付きの悪い視線を、私は長らく恐れていた。目が合ったら、大体何かされる。嫌なことを言われる。でももう恐れの感情はない。


 トムの両手が縛られているからじゃない。私が変わったのもあるし、何だかトムの目付きが今までと違う。達観してるような、諦めているような、そんな雰囲気だ。

 見慣れた少し潰れた耳の形や、癖のある茶色の髪のライン、しっかりした顎と恵まれた逞しい体格まで初めて会った知らない人のもののように感じた。今度こそもう二度と会わないと思うからかもしれない。


「あのさ、全部俺のせいだってわかってる」


 わかってるのにどうして、さっきああいう言い方をしたんだろう。そう言い返したかったけど、私は何も言わなかった。トムの声はざらざらに掠れたまま、全然直らない。


「俺は、何でかデイジーを傷つけたいんだ。お前を見ると我慢出来ない。俺のことだけ考えさせたくて、俺のしたことでぐちゃぐちゃにしたくなる」

「最低、ほんと最低」

「自分でもそう思う。いつもやった後で後悔して、次こそ優しくしようって決意したつもりで、またこれだ。デイジーと結婚出来たら、今度こそ優しく出来るかと思ったんだけどな……」


 トムは軽く笑いながら、地獄の蓋が開いたみたいなとんでもないことを話す。


「結婚したからって、都合良く変われるわけないでしょう」

「そうだな。結婚したら、俺はデイジーを閉じ込めて誰にも会わせないだろうな」

「聞かなきゃ良かった、気持ち悪い」


 呆れて笑いすらこみ上げてきた。周囲からしたら、私達は談笑しているように見えるかもしれない。馬車馬が鼻を鳴らして近くを行き交い、兵士たちが忙しなく荷物を運んでいる。


「お前が俺を嫌ってるなんて、十分わかってたよ。そこまで鈍くない。でもデイジーは、甘いから」


 私が笑っているので、許容されたとトムは思ったんだろうか。饒舌になってきている。


「ちょっと、勘違いしないで」

「デイジーはさ、人を嫌うの苦手だろ。弱いんだよ。人に嫌われるのが怖いから、人を嫌いきれない」


 兵士たちの粗野な笑い声が遠くに聞こえた。私を笑っているのじゃないと思うけど、八つ当たり気味に腹が立つ。悔しいけれど、トムの言っていることは的を射ていた。


「……だから何? いけないの?」

「そういうとこ、ずっと好きだったよ。デイジーにとって、迷惑でしかなくても、俺はデイジーが好きだよ。デイジーの優しさは、俺にはないものだから、憧れてた」


 トムのアーモンド色の瞳が滲み出した。目尻を赤くして、トムは顔を背ける。


「俺もデイジーみたいにまともに、優しい人間になりたかった。何で俺は、暴力の衝動が抑えられないんだろうな? 似たような育ちなのに、結果がこれだ」


 トムは体を震わせて笑うけど、表情はもちろん見えなかった。わざわざ見ようとも思わない。


「おかしいだろ? 俺は戦争が終われば、学の無いただの戦闘狂で、風の力だって、せいぜい風車を回すしか能がないって貴族連中に陰でコソコソ言われて悔しかった。だから、カッとなって反乱を起こしたんだ。デイジーが死んだふりしたことは、関係ないから」


 信じられないことに、トムは今回の騒動について、責任を感じる必要はないと言ってくれている。初めての配慮だ。


「ねえ、トムはまだ若いし、段々歳と共に落ち着けるよ……」

「お前はやっぱり甘いよ」


 涙でぐちゃぐちゃの顔を振り向かせて、トムは言う。


「今、かわいそうだと思っただろ? 俺がそう思わせたいだけだ」

「な、何なの」


 両手首を縛られたまま、トムは乱雑に目元を拭った。


「俺はいつまでもデイジーの記憶に残りたくて、それっぽいことを言っただけだ。なあ、俺を思ってくれよ。俺より先に、絶対に死ぬなよ」

「ごめん……」


 何について謝ったのか、自分でもよくわからなかった。


「カンパニュラ、トムの顔を洗ってあげて」

『わかった』


 師団長との話が終わったらしいザシャさんが近づいてくるのが見えたので、カンパニュラに頼んで、水でトムの涙や鼻水を洗い、さっと乾かしてもらった。また甘いことしてるとはわかってるけど、泣き顔を見せたくないだろうと思ったからだ。


「そろそろ出発しよう」

「わかりました」


 まだ赤いトムの顔を一瞥したザシャさんは、それには触れずに用件だけを言う。


「トム・ブレヒト。彼女に言い残したことは?」

「ない」

「そうか。君はこれから、裁判を受けた後に刑務労働につく。だが、君自身が受け入れなければならない。意味はわかるね?」

「ああ」


 ザシャさんの質問に、トムはぞんざいに短く受け答えする。だけど重要なことだ。精霊士が罪を犯した場合、裁くのは難しい。精霊士の体を捕まえたって、精霊はほかの誰にも触れられないし、抑えられないからだ。こと、今回だけは、私が精霊の女王になったから例外だったけど何回も呼ばれたくはない。


「君がしばらく勾留される王都には、光の精霊士のミュラーがいる。彼は、精霊士としての力だけでなく、精神を独自に研究している。自分で自分を律する術に詳しいから、良く話をするといい」


 ザシャさんとトムは、じっと見つめあっていて、こっちが緊張してしまうくらいだ。ガンの飛ばしあいみたいになっている。


「ふん、そうかよ。光の精霊士に洗脳されろってか?」

「……ミュラーも若いときは、精霊の力を悪用してしまった苦労人だ。良く話してくれ。君はまだ若いのだから」


 知らなかったが、皇帝陛下と会ったときに見かけた光の精霊士と、精霊の小さなフクロウを思い出す。そんな人が今は皇帝陛下の傍にいるのだから、トムだってやり直せるのかもしれない。


「それから、君が反乱を起こした原因について。貴族と平民の格差について、主張は確かなものがあった。内戦を起こしたことは肯定できないが、実は私も反貴族派なんだ」

「お前みたいな、どう見てもボンボンな野郎が?」


 トムはまだ詰まっている鼻で笑い、わざとらしくザシャさんの威厳ある立ち姿を眺める。軽めの旅装とはいえ、生地に高級感があるし、ザシャさんはどうにも蜂蜜色の瞳が優しそうだ。飢えてギラギラした欲をむき出しにしたことなんてなさそう。


「そう。貴族制度や専制政治を、俺は変えるつもりだよ。俺が皇帝になるか、従兄がなるかはまだわからないけど」


 トムの挑発にくすっと笑い、急に砕けた口調でザシャさんは言った。


「冗談、だろ? お前……」


 トムは目を丸くして、ザシャさんと私の顔を交互に見る。まあ私もザシャさんには、良く驚かされた。普通にお金持ちかと思ったら公爵家の一人息子で、現皇太子が病身のため、次期皇帝の可能性すらある。本人は皇帝にはなりたくないようだけど。


「みんな、それぞれ悩みはあるってことよ、トム。じゃあね」

「……じゃあな。デイジー、勝手に幸せになれよ。俺にとってそれが、一番の罰になるから」


 兵士に連れられて、トムは振り返りもせずに最後にちょっといいことなのか、呪いなのか、微妙なことを言った。でも、負けないで私は私の道を行こうと思う。

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