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薬師のまねごと

「失礼ですが、お客様方はどういった集まりなのでしょうか?こちらは確かなお客様のみをお泊めしている宿ですので、騒ぎを起こされると困ります」


 宿の店主は、不信感を露にザシャさんに質問をした。ただ、視線は私にかなり向けられている。


「私たちは薬師とその護衛ですよ。内戦が起きているという噂を聞き付けて、薬を売りに行くのです」


 あらかじめ皆で打ち合わせしていた設定をザシャさんは言った。このくらいしか問題なさそうなものが思いつかなかったのだ。実際、ある程度の医薬品は馬車に積んである。


「なんと……薬師の方々ですか!」


 店主の目が一気に変わった。


「ええ。騒ぎなど起こしませんから、ご心配なく。彼女と彼は、若いが優秀な薬師です」


 ザシャさんの口調は、真実を喋っているかのように淀みない。薬師とは、一般的には薬草なんかを擂り潰して調合する昔ながらの職業だ。

 でもオスカーはデタラメばっかりだとして、民間にはびこる薬師を嫌っている。だけど製薬研究所で今作っているような散剤や錠剤の薬は、高価すぎて一般庶民にまだあまり広まっていない。ほとんど、軍と貴族にのみ消費されてきた。


「あの! それでしたら、私の子供が熱を出しているので見てもらえますか?!村の薬師の薬は、効かないし、なにより子供が飲んでくれないのです……何とぞ……どうか」


 店主はカウンター越しに身を乗り出してザシャさんに詰め寄る。


「わかりました。オスカー、ちょっと」

「えっ?! 僕?!」

「子供なら、私が見ますよ。慣れてます」


 ザシャさんはオスカーを呼ぶが、私が駆け寄った。子供の面倒だけは得意だ。


「ありがとうございます、こちらです」


 店主に案内されて、私たち3人で2階に上がった。ちなみに御者さんは馬の面倒を見に行った。


 子供部屋らしき扉を開けると、焚かれたミントと子供の汗の匂いが漂う。ミントは万能薬とは言われているけど、気分がすっとするだけであまり効果はない。ベッドに横たわる5歳くらいの男の子は、薄目で力無くこちらを見た。付き添っている奥さんらしき人も憔悴しきった様子だ。


「あなた、この方たちは?」

「薬師の方だ。坊や、今良くなるからな」


 店主は奥さんと短い会話を交わして、すがるような視線を私たちに向けた。


「では、少し見ますね」


 ベッドにあお向けのまま、体を動かすのもだるそうな子供の横に膝をついた。


「苦しいとこ、ごめんね。ちょっと口を開けてくれるかな?」

「うん……」


 子供に舌と喉の奥を見せてもらった。喉の奥はひどく腫れていて、唾を飲むのもつらそうだった。それから皮膚の発疹がないか確認をする。奥さんにいつから熱が出たか、嘔吐や下痢の有無などを聞き取り、大体のことがわかった。


「ぼ、ぼく、にがい薬やだよ……飲まない」

「大丈夫よ、苦くないのがあるから」


 相当に喉が痛いだろうに、必死に苦い薬は嫌だと訴える子供に私も胸が詰まされる。


「オスカー、持ってきたイラローフェンを水に溶いて持ってきてくれますか?出来たら味を甘くして」

「あ、うん。わかった」


 立ち尽くしているオスカーにそっと耳打ちをする。オスカーは薬がある馬車へと素早く走っていった。薬について、基礎の基礎までだが勉強していて良かったと思う。


 この子供は恐らく、はやり風邪だ。自然に治るが、高熱と喉の痛みがひどい。小さな子供だと体力が足りなくて亡くなってしまうことがある。熱を下げ、喉の炎症を抑えて、ものを飲み下しやすくなるようにイラローフェンを飲ませたら良くなるだろう。


 養護院だと、それこそ薬草を煎じた汁を大量に飲ませていた。でも、喉が痛いとか吐き気がある幼い子に、苦い煎じ薬を大量に飲ませるのは至難の業だった。


 オスカーが持ってきた、コップに半量の甘い匂いのする飲み薬を子供は喜んで飲んだ。確かに飲み下したのを確認して、私たちは子供の部屋をあとにした。


「素晴らしい薬をありがとうございました……」


 店主は、瞳を潤ませて私たちを見る。


「薬で楽にはなると思いますが、特効薬ではありません。病気を治すのは本人の抵抗力ですよ」

「いえ、薬を飲めて、本当に良かったです。先ほどは失礼いたしました。てっきり、あなた方を誘拐でもされた女性かと……」

「ゆ、誘拐?!」


 私はびっくりして声が大きくなってしまう。


「でも、良く見たらそちらのフードの方は男性でしたね」

「……」


 オスカーは女だと勘違いされて腹を立てているのか、唇をぎゅっと結んだ。そうするとますます唇は赤くなり、肌の白さが引き立つので女性に見えるかもしれない。女性としてはかなり背が高いが、いつまでも目深にフードを被っているせいだろう。


「あ、薬のせめてものお礼に、今夜のお食事はサービスさせて頂きます。厨房に言いつけて来ますね。こちらがお部屋の鍵です。では、ごゆっくりお過ごし下さいませ」


 店主は好き勝手に喋って、足早に廊下の奥へと消えた。


 残された私たちは、鍵に彫られた番号を頼りに部屋へと向かう。


「女性の誘拐って、そんなにあるんですか?」


 ザシャさんと会ったばかりの頃、誘拐に気をつけてと言われたことを思い出して私は訊く。


「……あるにはある。だから確かな宿を使うべきだよ。ここでこんな事態が起きるとは思わなかったけど、デイジーは子供の世話、慣れてるんだね」


 ザシャさんが感心したようにそう言った。というか、私は宿を使うのは今が初めてだけど、確かに少し高そうな宿ではある。建物はしっかりしていて大きく、店主の言葉遣いもある程度丁寧だ。


「ずっと養護院で子供のお世話してましたから、あれくらいはできますよ」

「もしデイジーが希望するなら、子供の教育の仕事とかを紹介しようか?」

「えっ?!」


 ザシャさんの提案に、オスカーが驚きの声をあげた。


「デイジー、製薬研究所を辞めちゃうの?」

「辞めませんよ。子供のお世話も大事なお仕事ですが、今は薬ってすごいなと思いました。あのですね、子供に薬草を煎じた汁を飲ませるのは本当に大変だったんですよ。運が悪いと、私の顔に吹きかけられたり……」


 私の発言に、二人はそろって顔をしかめた。


「はあ、そんなに大変なんだ。僕、ずっと薬を作っては来たけど実際の患者なんて見たことないから、慌てちゃったよ。さっきのデイジーは結構かっこ良かった」

「それは、どうも。オスカーの処方も良かったですよ」


 子供に渡した飲み薬は、ブドウのような甘い香りがしたし、あれなら明日も抵抗なく飲んでくれるだろう。宿を出る前にもう一度様子を見たい。


「俺が製薬に関わっているのは資金面だけとはいえ、ああやって子供を助けられると嬉しかったな。帰ったら、薬の価格を下げられないか色々見直してみるよ」


 ザシャさんも、オスカーも、早くユーゲンベルクに帰りたいなという雰囲気になってしまった。


「これからの日程長いですね……」

「内戦を止めるのも、大事な役回りだよ」

「さくっと終わらせよう」

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