決断
10日程が過ぎた。
弱い地震が数日置きに発生し、やはり地震を恐れるクラウゼ所長から深刻そうに相談された。大地の精霊士として、火山の噴火の恐れはないと教えるとすぐに晴れやかな顔になった。むしろ、起こる日付と大体の時間をカンパニュラが言い当てるので、周りの人達からの信頼は厚くなった。
一方、ユーゲンベルクの街中では、懸念した通り金髪に黄緑の瞳をした大地の精霊士探しが行われているらしい。私のことだ。ここ最近の地震に私が関係しているのか、いないのか、わからないから人探しは苛烈になる。私と似た容姿の人に迷惑がかかっているのじゃないかとザシャさんに尋ねたが、私設の警備を配置させているという。
私がいる製薬研究所の所員は口が硬く、むやみやたらと私の情報を流す人はいなかった。それに私は、所内であまり人目につかない行動をしている。朝は早くにヨハナさんに連れられてマリアンネさんの温室に行き、それからオスカーの地下の研究室で過ごすという生活に慣れ始めた。
そろそろ仕事終わりかなと片付け始めたときに、ヨハナさんに呼ばれた。
「ラインフェルデン様がお見えです」
ザシャさんのことだと理解した私は、気楽に応接室に向かった。ザシャさんの手配で仕立て師や家具デザイナーなどが私の所に来てくれたので、お礼を言わなきゃいけない。
だけど、応接室に入ると少し張り詰めた雰囲気が漂っていた。ソファに座っているザシャさんは、困りきって、作る表情がこれしかないという感じで笑う。精悍な顔を曇らせている原因は、どう考えても私である。ソファの前のテーブルには書類が広げられていた。
「ザシャさん?」
「デイジー、確認したいことがある」
「何でしょう」
向かいに腰かけると相変わらず安心できるいい雰囲気がした。これは光の精霊の恩恵なのだけど、ザシャさん本人にだけ効果がないなんて残念だと思う。
「俺がこの研究所の理事だというのは説明したよね?」
「はい」
「申し訳ないんだけど、デイジー・クルルという人物について調べさせてもらった。フューゼン村に人を送って、調査したんだ」
それを聞いた瞬間、心臓が跳ね上がって、手のひらに汗を感じた。ザシャさんの蜂蜜色の瞳をまっすぐに見られない。
「そうですか」
予想はしてたような、考えないようにしてたような、何とも言えない気分だった。私はザシャさんの紹介でこの国立製薬研究所に入ったけど、身元を証明出来るものはなく、証明出来る人もいないから、調査されるのは当然だった。
「現在の居場所は知られないように指示してある。だけど調査報告によると……デイジー・クルルは、子供の頃は傷害、盗難、器物破損の常習者だったそうだね。また、風の英雄トム・ブレヒトと婚約をしたが翌日に村を逃亡した」
ちらっとザシャさんの顔を見ると、ただひたすらに困っているようで怒ってはいない。でも私は悲しくなって、また自分の手に視線を戻した。フューゼン村の人達は、私が村を出たことでトム側に寝返ったようだ。私じゃなくて、トムがやったことだと2年かけて納得させたのに。
「俺が知ってるデイジーは、そんなことをする人じゃない。どうしてフューゼン村の人達はそんな風に言ったのか、教えてくれる?」
「それは……」
ザシャさんは声は優しく、私のことを信じようとしてくれてると思えた。
「それは、トムが恐いからだと思います。私が婚約から逃げ出したから、就職に失敗して村に戻ればいいと思ってるんでしょう」
「なるほど」
調査の人がどんな感じで私のことを聞いて回ったか知らないけど、きっとフューゼン村では私は裏切り者として恨まれているんだ。
「私は、傷害や泥棒なんてやっていません。トムがやったことを押し付けられてきたんです。トムが結婚しようと言ってきたのも訳わかんなくて……トムは私なんて好きじゃありませんよ。私が精霊士だから、都合が良いだけだと思います」
私が7歳で養護院に引き取られてすぐ、9歳のトムからの嫌がらせは始まった。そして遠い戦地に行っていても、トムは私の人生に影響を及ぼし続けている。私が何をしたって言うんだろう。もういっそ、出身も名前も捨てなければいけないのかもしれない。
ひっそりと胸中で絶望してきたけど、目の前にザシャさんがいるのでそこまで落ち込まなくて済んだ。後でお風呂で泣こうかなと思っていると、ザシャさんが何か言おうとして息を吸った。どうも言いたくないことのようだ。
「……精霊士だからではなく、彼は本当に幼い頃から君が好きなんだと思う」
「え?」
言ってる意味がわからなかった。聞き違えたのかもしれない。
「道徳的に間違ってるけど、彼の行動は筋が通っている。トムはある意味では君を守りたくて、養護院にずっと居させる為に、デイジーに罪を着せたんだろう。よその家庭にもらわれて行けばどうなるかわからないから。特に女の子は、その……」
ザシャさんは最後の方で言葉を濁した。言っている意味はわかる。世の中にはいやらしい人もいる。
「でも、トムの行動は誉められはしない。トムは9歳から精霊士だったし、子供とはいえ他のやり方があったと思う。ただデイジーがどうして18歳まで養護院に居たかは理解出来た」
私はぼんやりと自分の手を見つめた。
突然トムの行動の意味が理路整然となって、色々な出来事が脳裏に甦る。ザシャさんの説だとおかしくない。
ずっとトムには嫌われてて、私が泣いたり怒ったりするのを見たくて色々されてるのかと思っていた。トムは引き取り手があったのにわざわざ断って、ずっと同じ養護院に居たのも私を――守るためだった。俄には飲み込めないけれど。
そういえば私を引き取りたいという人が現れると、決まってトムが何か事件を起こし、私に罪を押しつけていた。トムが周りの子を脅すから証言は何とでもなる。シスターはため息を吐き、こんな悪い子を出すと歴史あるフルゴット養護院の名前に傷がつきますと言い、他の子が推薦されて院を出た。私は懲罰として狭い部屋に閉じ込められたりした。
「デイジー?」
「あ、ごめんなさい……ザシャさんの説だと今まで意味不明だったことの筋が本当に通って、びっくりしました」
名前を呼ばれて私はようやく顔を上げる。ザシャさんは思慮深い目をしていた。
「彼を見直した? 村に戻って、トム・ブレヒトと結婚する?」
「それはないです」
私が全力で否定するので、ザシャさんはちょっと固まった。
「トムにはトムの気持ちがあったかもしれませんが、私にだって私の気持ちがあるんです。私の気持ちがどれだけトムに傷つけられたかは言葉に出来ません。トムとはもう縁を切りたいですし、私はここに居たいんです」
トムが私の為に思ってやったとしても、言ってくれなければわからない。私は長い間、みんなに嫌われてとても辛かった。村を出たときに私は決めたんだから、私は私らしく生きると。複雑な縁でここに来たけど、私はここを気に入っている。
「そうか、わかった」
ザシャさんは、机の上に伏せていた書類を裏返した。
「俺も聖人じゃないから、デイジーさえ良ければいいんだ」
私が知っている限り、最も聖人に近いザシャさんが言うと冗談にしか聞こえなかった。でも、書類に書かれた内容を読んでぎょっとする。何度もザシャさんと書類とで視線を往復させた。
「トムはきっと帰還したら、あらゆる手を使ってデイジーを探すだろう。だから、諦めてもらうにはこれしかないと思うんだ」




