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森の別荘

「でもさっきの地震は俺も怖かった」

「というか、皆さんの反応にびっくりしましたけど……」


 ザシャさんは苦笑する。私はフューゼン村にいたときに何回か経験したけど、皆そこまでの反応ではなかった。


「このユーゲンベルクに住む人達は地震をとても恐れるんだ。この辺りは70年前に火山の噴火で壊滅的な被害を被ったけど、噴火前には細かい地震があったと伝えられているからね」

「そうなんですね、噴火のことしか知りませんでした」


 そんな細かいことまでは、遠いフューゼン村に伝わっていない。新興都市で、ここ数年は更に賑やかという噂だけで来てしまったのだ。


 私は馬車の窓から、遠くの山々を眺めた。今は静かで、冠雪している山もある。


「ねえカンパニュラ、近いうちにこの辺の火山が噴火することあるの?」

『ない。あったらここに居させる訳ないだろう』


 気になってカンパニュラに聞いてみると、あっさり可能性は否定された。


「ザシャさん、火山の噴火の可能性は当分ないそうですよ」

「それを聞けて安心したよ。あとは、それをどう流布するかだな……」


 ザシャさんは顎の下に拳を当て、考えるポーズをする。さっきの男達が騒いだせいで、私が精霊士だと数十人に知られてしまった。しかもちょっとしたことで地震を呼ぶ悪い精霊士扱い。今までの努力が水の泡だ。


「そうだ、良いこと思いついた」

「何ですか?」


 ぱっと顔を上げて、ザシャさんは微笑む。


「まずデイジーはしばらく研究所を出ないこと。またああいう人達に絡まれたら騒ぎになるから。服とか日用品とか必要なものは全部、俺が手配するよ」

「そんな」


 何が良いことなのかわからず、私は反対の声をあげる。研究所を出ないのは何でもないけど、必要なものを手配されるのが嫌だ。


「ザシャさんにそこまでしてもらう理由がありません。魔獣のことはもう、十分お礼してもらいました。そんなにしてもらっても、私は……」

「ふふっ」


 私が結構必死に言ってるにも関わらず、ザシャさんは可笑しそうに肩を震わせる。


「俺に向かって草が伸びてこないから、カンパニュラは賛成らしいよ。カンパニュラの信頼を勝ち取れて嬉しいなあ」

「もう、カンパニュラ!何考えてるの?」

『ザシャの案でいいと思っている。オスカーを救いたければ、多少のプライドは捨てることだな。精霊士が貴族に囲われるなど歴史上良くあることだ』

「ぐっ……」


 考えたくなかったことをカンパニュラに言われて、私はつい、鈍いうめき声が出た。そう、芸術家だけではなく貴族は精霊士も囲う。どの属性だろうと精霊士は放っておけば、反乱を起こせるだけの力を持っているからだ。


「どうしたの?カンパニュラは何て?」


 ザシャさんは何も知らず少し首を傾けた。でも、ザシャさんが私の反乱を恐れて親切にしてくれてるとは思えない。多分、本当に私を思ってやってくれてると思う。このいい雰囲気がする人を信じたかった。


「いえ、大したことは言ってません」

「そう。でも、安全だと思っていた昼まであんなに治安が悪くて、デイジーが強盗に遭ったのはラインフェルデン家の統治の問題だ。慰謝料と思って受けてくれると、こちらも心が軽くなる」

「そこまでおっしゃるなら……」


 ふと車窓から外を見ると、いつの間にか大きなお城が近くなっていた。尖塔がいくつもあり、お城の周りには堀と吊り橋まである立派なものだ。まさかまさか、と固まっていると馬車はお城を迂回してくれた。木立の中の細い道に入っていくので安堵の息を吐く。でもどこまで行くんだろう。この森の中にレストランなんかなさそうだけど。


「あの、どこまで行くんですか?さっき、あのお城に入るのかと思ってしまいました……」

「あっちが良かった?」

「えっ」


 ザシャさんは何でもないように、飽きているドーリスを撫でながら私を見た。


「お城はちょっと……困ります」

「うん、父さん母さんも居て話が面倒だから、今日はこっちにした」


 やっぱりザシャさんの住むお城なんだ、と私は驚く。


「週末にゆっくりする場所があってね。そこに食事を用意させたよ。使用人はみんな長く家に勤めてくれてる人だから、信頼していい」

「そうなんですね」


 よくわからないが、馬車は森の中の大きな一軒家に到着した。煉瓦作りの、黒い窓枠が落ち着いた印象の建物だ。この家だけでも、一般的には十分だと思う。


「週末はいつもこちらに……?」

「子供の頃はね。最近は俺も呪われてたし、使ってなかったけどちゃんと管理はされてるから」

「そうなんですね」

「父さんが、宮廷育ちだからさ。普通の家庭に憧れて、普通っぽくしようと建てたんだ」


 ザシャさんのお父さんは、皇帝の弟だ。私には想像もつかない大変なことが多かったのかもしれない。


「御家族の大事な場所に、私が来て良かったんですか?」

「俺はデイジーに来てもらえてすごく嬉しいよ」


 ザシャさんは言葉通り、喜びも露に微笑んだ。ドーリスも馬車を降りられて、機嫌良く尻尾を振っていた。執事みたいな服装の人が、恭しく中に招き入れてくれた。


 中は、高そうな額縁の絵や、大きな花瓶に生けられた花があるけれど、確かに家庭的な雰囲気があった。絵本にあるような、あたたかな理想の家を具現化したみたいだ。


「すてきなお家ですね」

「ありがとう」


 ここに連れて来られたら、大抵の女の子は魔法にかけられたみたいにザシャさんとの家庭生活を夢見てしまうのかもしれない。私は身分差的にあり得ないけど。


 そして、執事っぽい人やメイドさんがお世話してくれるのもやっぱり普通の家庭とは違う点だ。席につくと赤ワインが注がれた。


 そして大きなお皿に小さく盛られた料理が運ばれてくる。黄色くて、真ん丸で、謎の食べ物だった。


「ひとつめの前菜、とうもろこしのムースです」


 給仕の人にそう言われた。とうもろこしってそのまま食べられるのに、わざわざ裏漉しとかしてムースにしたらしい。ザシャさんが『暇人のパイ』を作っていたのもわかる気がした。良く見たら色が違う3層になっている。貴族の人は層を重ねる癖があるのかな。


「俺の料理なんかよりおいしいと思う。食べてみて」


 ザシャさんがニコニコと勧めてきた。私はザシャさんの料理、おいしくて好きだったけど。熱く見られているので一口サイズのムースを、一応半分に切って口に運ぶ。


「おいしいです」


 じっと私を見ているザシャさんに、飲み下してからそう言った。とうもろこしの甘味に、焦がしバターや、ピリッとしたスパイスが合っていた。


「俺、すごく今幸せ……もっと食べて」


 ザシャさんは蜂蜜色の瞳を細め、何かに感動している。餌を拒む珍獣が、ついに食べたみたいな大仰な喜びようだ。


「そんなに見られると食べづらいんですが」

「ごめん、失礼だったね」


 ザシャさんはやっとナイフとフォークを取った。その隙に私は素早く残りを食べる。そのとき、窓にコツンと何かがぶつかる音がした。窓の方向を見ると、小さなフクロウが2羽も、くりくりした目でガラス越しに室内を覗いている。


「どうしたんですかね?かわいいですけど」

「うーん、気のせいじゃないのかな?俺、最近動物に好かれるんだ」


 見ていると、フクロウの後ろにキツネまで来てこちらに入りたそうにしている。


「すごい、童話みたいですね」

「カンパニュラならどうしてかわかるかな?」


 ザシャさんは私の右側に問いかけた。いつの間にかカンパニュラが白く、模様の見事な雪豹の姿を現していた。


「カンパニュラが見えるんですか?」

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