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ザシャとクラウゼ所長

ザシャ視点です。

 デイジーが応接室を出てから程無く、クラウゼ所長は戻ってきた。


「気を使ってくれてありがとう、クラウゼ所長。おかげでデイジーからすごい話を聞けたよ」


 ザシャとクラウゼ所長は、この製薬研究所設立時に知り合ってから親しくしていた。年齢は離れているが、なぜか気が合った。ザシャが魔獣に呪われて人を遠ざけていた3年間も手紙でやり取りは続いていた。


「私にはやはり言えない話かね?」


 クラウゼ所長は元から表情豊かな人物だが、ピクピクと眉を動かして何かと訊きたそうに着席する。


「デイジーの了承を取らないとね。だけど改めて、デイジーは奇跡みたいな人だと実感したよ」

「なるほど、精霊の力に関わる話か」

「はは……」


 ザシャは背もたれに身を預ける。


「ところで。クラウゼ所長から見て、デイジーに対する俺の態度はどうだった?頼れる友人を演じられてた?」

「幻覚の尻尾を振っているのが見えたな。ドーリスが代わりに尻尾を振って、抱きついていたが」

「そうなんだよ、俺はあのときドーリスになりたかった……」


 傍らのドーリスの頭を撫でると、得意そうに耳を動かされた。ザシャは笑うしかない。


「ザシャを救った精霊士だからな、まあ、気持ちが傾くのも仕方ないさ。ところで、ここにデイジーが入所したときに書いた身上書があるが、見るか?」


 クラウゼ所長は戻ってくるときに用意したようだった。


「勝手に見ていいのかな……」

「ザシャはこの研究所設立時からの理事だから、いいんじゃないか?所員の経歴を見るくらい」


 権力を悪用する罪悪感があったが、デイジーを陰に日向に守るためだと心の中で自己弁護をした。それからクラウゼ所長が机に並べる書類をそっと手に取る。


「デイジー・クルル、18歳。うっ、大体そうかとは思ってたけど俺の10歳も下かあ。なのに人間が出来てる」

「年齢のわりに落ち着いてるな」


 冷めた紅茶をすすってクラウゼ所長は相づちを打つ。


「フューゼン村の、フルゴット養護院出身……。苦労してきたんだな。なのに、デイジーはあんなに優しくて清らかな心を持ってる」


 デイジーについて何でも知りたいとは思っていたが、その経歴にザシャは胸が締めつけられた。


「今、フューゼン村に配下の者を送って、一応真偽を調べさせている。往復になるからまだ帰ってきていないが……フューゼン村に大地の精霊士がいるなんて話は、今まで聞いたことがない。同郷の風の精霊士、トム・ブレヒトは今回の戦争で名を上げているのに、デイジーは18歳まで無名のまま養護院だ。少し引っかかる」


 クラウゼ所長は追加の情報をザシャに伝えた。


「うん、デイジーはどうも訳ありみたいなんだ」

「精霊を抜きにしても、彼女の器量ならもっと早く養護院から引き取りたいという養親が現れてもおかしくない。それか、メイドとしてどこかに行くとか……下世話な話だが、下心を持って引き取る小金持ちもいるだろう」

「そんなの考えたくないよ」


 ザシャも世の中を知らない訳ではないが、クラウゼ所長の言葉に激しく頭を振る。


「精霊と契約したのは2年前、16歳のときだそうだから、それまでどうやって過ごしてきたのか、報告待ちだな」


 クラウゼ所長は冷静に事実を伝えた。


「うん……過去に何があったとしても、俺は今後のデイジーが最高の生活送れるように援助するけど」


 とりあえず父に言って、フルゴット養護院への寄付や、子供への支援をしてもらおうとザシャは計画する。自身も事業で儲けを出す必要があるが、その為の労力など惜しくもなかった。


「デイジーは、特別な存在なんだ」


 ザシャはクラウゼ所長を見据えた。


「多分、何か大きな使命があってユーゲンベルクに来たんだよ。精霊の導きかもしれない。広い森の中で、俺を見つけてくれたのも偶然とは思えない」


 クラウゼ所長は反論する材料を持たなかった。むしろ肯定する材料として、ここにザシャがいる。魔獣に呪われ、死ぬまで森から出て来られないだろうとも噂されていた。今こうして復帰してくれたことを、心から嬉しく思っている。


「……そうかもな。デイジーには何かある。5年も心を閉ざしていた、オスカー・ファインハルスでさえ、あっという間にデイジーには心を開いた……実は今、オスカーがずっと彼女を傍に置いている」


 クラウゼ所長の青い瞳がじっとザシャを見た。妬いていないか心配してるのだろうと、ザシャは微笑んだ。


「いや、俺は友人としてデイジーを見ているから」

「無理するな」

「はは、むしろオスカーに同情するよ。デイジーが絶対に恋愛ごとには応じないから、問題ない」

「そうなのか?経験豊富な色男はそこまでわかるものなのか?」


 ザシャは肩を震わせて声を出さずに笑った。もう遠い昔のことだ。


「誰のものにもならないでほしいという俺の欲が目を曇らせてるかもしれないな……何かこう、今のままでいて欲しい」

「ふむ」


 顎をさすってクラウゼ所長は迷いながら口を開く。


「どのみちザシャはデイジーとは結婚出来ないんだから、諦めて応援してやったらどうだ? いくら精霊士とは言え、孤児ではザシャのご両親が許して下さらないだろう」

「いや、俺はもう結婚はしないつもりだ」

「子供みたいなことを言うんじゃない」


 クラウゼ所長の父親めいた口調にザシャは肩をすくめる。彼の子供はザシャより少し下だが、時々父のように振る舞うところがあった。常識的な意見をかざし、溢れる父性で自身と他人に正しさを求めるところは、信頼できる点だとは思う。だから安心してデイジーを預けられる。


「でも、俺は俺なりに社会貢献するよ。養子でももらって……いっそ、デイジーを俺の養子にしたい。囲いたい……こんな気持ち初めてなんだ」

「ややこしくなるからやめることだな。ラインフェルデン家の養女なんて、彼女宛ての縁談で大変なことになるぞ」

「確かに、迷惑をかけるだけだな」


 クラウゼ所長に大きなため息をつかれて、ザシャはその考えを捨てた。ザシャ自身の心の安寧より、ほかに考えるべきことは山ほどある。デイジーの目標の達成のため、あらゆる手段を検討する必要があった。

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