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仮面の下

 薬品棚の陰からオスカーがぬっと出てきた。


「え?」


 私は短い声しか出せなかった。今日のオスカーは仮面をしていない。少し細めの、きりっとした眉。作り物かと思うくらいすっとした完璧な造形の鼻。何より涼しげな青色の瞳が美しい。王子と呼ばれていたのもわかる。


「昨日仮面ずっとつけてたら鼻と耳が痛くてさ。あれ重いんだよ」


 オスカーは照れくさそうに顔をさすっている。


「私に顔を見せていいんですか?」

「君ひとりくらいは大丈夫でしょ。ていうか、僕もそろそろ仮面外して人と話す練習しないといけないし」

「まあ、そうですね」


 私は横のカンパニュラを見た。この部屋に入ってからは雪豹の姿を現しているが、心なしか耳が寝て憮然としているようだった。


「何だよ……僕の顔、そんなに変?」

「かっこいいと思います」

「知ってるよ、そんなの」


 知ってるんだ。じゃあ何で聞いたのかわからない。首を捻るしかない。


「もっと感想ないの?君の語彙力はそんなもの?」

「ええ……えっと、何ていうか。派手な仮面がないと頭良さそうですよね。眼差しが知的です」


 何とか言葉を絞り出して褒めてみると、オスカーは自分で聞いたくせに顔を赤くした。今気づいたけど、オスカーは知識とか頭の良さを褒められるのが好きらしい。自分の努力で得たものだからだろう。


「そっか、やっぱり僕の知性は隠しきれないのかな。困るなあ、これじゃ出かけてもすぐオスカー・ファインハルスだってバレるかなあ」

「顔を出していた5年前を知らないので何とも……。でも少し太ると貫禄が出て、顔も変わっていいかもしれませんね」


 このままじゃダメかもというのを、遠回しに言ってみる。だって美形すぎて目立ちすぎる。これは一度見たら忘れられないし、オスカーを知ってる人なら思い出すだろう。


「昨日見たよね? 僕、いくら食べても太らないんだけど」

「そうでしたね」


 昨日の食事風景が思い出された。私だって、オスカーくらいの年齢の男性がよく食べるとは知ってたけどそれ以上だった。本人曰く、頭を使うから燃費が悪い体質らしい。


「なるほど。太ったりしないとかっこ良すぎて目立つか。貴重な意見をありがとう」

「……そうなんですけど。顔についての自信がすごいですね」


 私の遠回しの表現を読み取られてしまった。つい皮肉も言いたくなる。


 オスカーが距離を縮めてきて、間近で目を合わせる。肌まできれいだなと思う。


「これでも、20歳までは飽きる程言われたから。だけど君はあんまり反応しないね。もちろん予測してた反応だけど」

「ああ、オスカーの顔が良いのはわかりますよ。でも私、育ちが悪くて一般的な女の子並みの反応出来ないんです」

「本当に?」


 オスカーの顔がもっと近付いて、豊かな潤いを湛えた、青い瞳がこちらを見ていた。水の精霊士の瞳が青って何かの冗談みたい。でも冷たそうではない。落ち着かなく左右に揺れていて私は余裕で見返した。


「……も、もう無理」


 オスカーはにらみ合いに負けて先に目を逸らした。顔を赤くして、手で覆っている。私ににらみ合いで勝てると思ってたんだろうか。絶対に負けたくなくて瞬きもしなかった。


「人と目を合わせる練習は終わりですか?」

「君、どんな育ちなの? 何でユーゲンベルクに来たの?」

「……」

「ねえ、何で?」


 答えたくない質問に唇を噛む。でもオスカーは遠慮ってものを知らないみたい。専門外なのかな。


「話したくないんです。言いません。いつまでお喋りをしてるんですか? お仕事は?」


 例のあいつのことをオスカーに言ったら、はっきり断ればいいのにと笑われそうだから言いたくなかった。それに今となっては、自分でもバカみたいだったと思う。何ではっきり拒絶する勇気が出せなかったのかわからない。村を出てから、短い期間だけど色々あった。ザシャさんやオスカーの抱えてるものに比べたら小さい悩みだったなあ――


「……わかったよ、わかったからそんな遠い目しないでよ」

「わかってくれて嬉しいです」

「じゃあ先に僕のこと話すよ。そしたら言いたくなるかもしれないし」

「え、いいです」

「良くない」


 オスカーは、立派な棒を拾って喜ぶ子供みたいな笑みを見せた。 いいおもちゃを見つけたという顔だ。


「僕は喋りながらでもちゃーんと実験は出来る。だから君は大人しく座って、僕の半生を聞いて覚えること。それが今日の君の仕事だ」







 それから、私は絶え間ない情報の渦に呑まれた。薄々思っていたけどオスカーは超絶喋りたがりで、しかも無駄に頭の回転が良い。人とは隔絶していても、精霊ブローディアとは良く話していたのだろう。喋りはとても流暢だった。


 だからすごい早口で引きこもるまでの人生をたっぷり聞かされて、私は脳が破壊されそうなった。


「――という訳さ。ご清聴ありがとう。感想はレポートにまとめて明日提出してくれてもいいよ」

「しゅ、宿題?!冗談でしょう?!」


 小休憩や食事休憩はあったけど頭痛を感じる。しかもオスカーは喋りながら本当に実験はちゃんとしていたから、脳を2つお持ちの人なのかもしれない。


 オスカーは特製ドリンクで喉を潤してまた口を開く。


「どこがわかって、どこがわからなかったかレポートで僕に教えてよ。それで君の思考の癖が読み取れる。だって薬学よりは理解できたでしょ?」

「……所々わからない単語がありましたけど、確かにオスカーの人生の流れは掴めたと思います」

「嬉しいなあ。じゃあ今日は帰っていいよ」


 私も帰っていいと言われて最高に嬉しい。


「ありがとうございました、それではまた明日」


 呼び止められないように私は大急ぎで部屋を出た。でも忘れずに冷蔵庫の夕食は持ってきた。そして廊下を小走りで進み、建物を出る。


 中庭を通り、ゲストルームにまで戻って私は夕食を置き、ベッドに倒れこんだ。


「疲れたぁ」

『そうだな、あの小僧が想い人と付き合えなかったのもわかるな、今日の様子を見ると』

「本当だよね……」


 ベッドに上がって来たカンパニュラに抱きつき、失った心の栄養を吸収する。ふわふわで、温かくてこの世で最上級の感触だと思う。


「ねえカンパニュラ、その想い人……伯爵家のお嬢様って今どうしてるのかな?」


 オスカーの部屋の手紙などを読んで個人情報を何でも知ってるカンパニュラに私は聞く。オスカー本人は、その辺を話さなかった。言いたくないんだろう。


『もう結婚して、子供も生まれたそうだ。だからもうお金は送らなくていいと2年前の日付の手紙があった。それ以降の彼女からの手紙はない』

「時の流れは残酷……」


 つらい現実から逃れるようにカンパニュラの胸毛に顔を埋める。


『デイジー、入浴施設が混む前に早く行った方がいいんじゃないか?寝るのが遅くなるぞ』

「時の流れはほんと残酷……」


 カンパニュラに前足でぐいぐい顔を押されて、私は仕方なくベッドから降りた。



 敷地内を歩いて、入浴施設のある建物に向かう。ここは、それぞれ個室になっていて、脱衣室とお風呂場までを含めて1部屋だ。ほとんど誰とも顔を合わせずひとりでゆっくり入浴できる。

 その分、空きが出るまで時間がかかるのが難点だ。今日はまだひとつ空いていて良かった。


 私はひとり用のお風呂に湯を溜めながら浸かる。


「こんなところまでオスカーの世話になってるなんてね……」


 温かいお湯に寝そべり、ついひとりごとが出た。オスカーはこの大都市、ユーゲンベルクの水の供給を保証していると言っていた。雨があるので必ず毎日ではないけど、基本的にはブローディアが大量の水を生み出しているそうだ。


 そうでなければこの場所は、15万人が豊かな生活を出来るだけの水がないところらしい。精霊の力は本当に底知れない。


 しかもこの研究所ではお湯が使い放題だ。オスカーがタンクの湯を沸かしているらしい。水について理解を深めた結果水の温度も調整できるようになったとか言っていた。分子の運動が何とかかんとかで。実際やるのはブローディアだけど、精霊士の知識も大事ってことだろう。


 私の知識なんて、田舎の村で得たものしかないけれど――ゆらゆらと揺蕩うお湯を見ていると、思い出すものがあった。


「ねえ、カンパニュラ」

『何だ?』


 狭いのでカンパニュラは姿を消しているが、会話は出来る。すぐに返事してくれた。


「フューゼン村で農業用水に使う、山に掘ってた小さいダムあったじゃない?雨水を溜めておくもの」

『あったな』

「あれの、もっともっと大きいもの……15万人分の水を貯められるダムってカンパニュラの力で掘れないかな?」

『……出来る。だがそうすると今度はデイジーが有名人になるぞ。この都市がすっかり埋まるくらいの大穴を一瞬で掘って、その後平穏に暮らせると思うか?』


 かなり厳しい声で言ってくるので、カンパニュラは反対らしい。確かに都市を崩落させるくらいの穴を掘るって戦争に使えるレベルの話だ。最弱の大地の精霊士だから今まで平穏に暮らせていたのに。


「うーん……私の存在は表に出ないようにして、普通の工事をしてダムが出来たことにしたいよね。誰に相談したらいいんだろ、クラウゼ所長?」

『絶対にまだ誰にも言わないように。私の方で少し調べて、考えてみる』

「そうね。慎重にやらないと」

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