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推察

「カンパニュラってスパイになれるわ。このご時世、それってすごいと思う」


 カンパニュラは私の精霊なので、私以外の誰にも見られない。それでいてカンパニュラは書類は見れるんだから、製薬研究所より敵国の情報を調べるスパイ活動の方が向いてるかもしれない。これも誰にも言っちゃいけないカンパニュラの能力のひとつだと思う。


『そんなデイジーの身を危険に晒すようなことはしない。今はあくまで、デイジーの身の安全のために情報収集をしているだけだ』

「わかってる。ありがとう」


 カンパニュラは軽く尻尾を振った。かわいくて、後頭部から背中、尻尾までの長い距離を、腕を大きく動かして撫でる。


『うむ。だが、小僧が好きだった伯爵家の子女誘拐事件は本当だな。オスカーは今でも謝罪として彼女に送金している』

「うーん闇が深い……」

『オスカーの両親は安全のために遠くに引っ越しているようだ。こちらにもオスカーは送金している』


 カンパニュラを更に撫でながら、私はゆっくり歩く。


「かわいそうなんて言葉で片付けられないくらいかわいそうじゃない?オスカーは何も悪いことしてないのに」

『だから、デイジーは小僧を反面教師にして言動に気をつけろ。それが学べたらあの小僧にもう関わらなくていい。あの小僧のことは、ついている精霊に任せておけばいいんだ』

「まあ、そんな正論もあるけど……」


 架空の小石を蹴って、私はもやもやした気持ちを遠くに飛ばす。オスカーの引きこもり問題は私なんかより遥かにオスカーを理解してて、人間を凌駕した存在の精霊だってどうにも出来てないことだ。


「でも、オスカーは自分の失敗をわざわざ伝えて私に忠告してくれたのよ。それにまあまあ親切だし。私に何か出来ないか考えてみる……」


 だって、オスカーは少し無遠慮なところはあるけど純粋な人だと思う。ちょっとした嘘もまさに子供がつくふわふわしたものという感じ。


 今は全く思いつきそうもないけど、しばらく頭の片隅に置いて、十分に考え尽くしてみよう。私がだらだらゴロゴロするのはそれからだ。






 翌朝、ヨハナさんは神妙な様子で私の部屋に来た。


「おはようございます。クラウゼ所長から聞きました。あのオスカー・ファインハルスの助手になったそうで」

「まあ一応そうですね……」

「やっぱりデイジーさんはすごい人です。この5年間、誰も彼の部屋には入っていないんですよ?!行ってすぐだったそうじゃないですか?!」


 ヨハナさんはまたヘーゼルの瞳をキラキラと潤ませて私を見ている。


「私はすごくはないです。単純に、私が精霊士だからですよ。オスカーは普通の人を傷つける可能性を排除したくて、人を避けていただけみたいです」

「精霊士なのもあるかもしれませんが!! 私はデイジーさん自身の魅力もあると思います!! 精神的に落ち着いている点が人の心を癒すんだと思います」

「うーん……それはどうも」


 結構過大評価されてる気がするけど、あんまり謙遜するのもおかしいかなと私は言葉を濁した。そんな話をしながら歩いていたら、すぐにマリアンネさんの温室に着いた。


 ここにはヨハナさんは絶対入らないので、私ひとりで入る。ヨハナさんは温室に入ると、何かの植物に反応してくしゃみが止まらなくなるらしい。





 マリアンネは、今日もすてきな深緑のレース織りのブラウスに、白衣を羽織ってジョウロで水を撒いていた。私に気づいて笑顔で声をかけてくる。


「デイジーおはよう!聞いたわよ!早くも引きこもり王子を攻略したって!」

「王子? 攻略? オスカーのことですか?」


 変な言い方をするマリアンネに、私はつい肩をすくめる。それにしてもみんなオスカーの話に興味持ちすぎ。


「そうそう。やっぱり同じ精霊士だと気が合うんじゃない! ねえ仮面の下見た? オスカーって、昔はすっごい美少年だったのよ、だから水の王子って呼ばれてたの」

「幸いにもオスカーが私の精霊に興味を持ってくれたってだけです。まだ仮面の下は見てないですね」

「まあこれからよね。ふたりが仲良くなるとどんな化学反応が起きるか、気になっちゃうわあ」


 うふふっとマリアンネは心底楽しそうに笑った。誇り高い研究者、マリアンネでもゴシップは好きなんだなと私も少しおかしくなる。もっと楽しませるような関係には絶対進展しないけど。


「じゃあ今日はデイジーと……カンパニュラよね? あなた達に、柊桜草(ヒオウソウ)をお願いするわ!これもすごくすごーく貴重なのよ。というかこの温室に植えてるのは全部貴重なんだけど……」


 ほとんど枯れかけている1角にマリアンネは手を向けた。赤紫の蔓が途中から黒く染まり、カサカサになっている。


『とりあえず収穫出来るまで成長させるが、本来この植物は日陰の涼しい場所を好むと言っておけ』


 カンパニュラがやや呆れた調子で私に告げた。


「えーと、とりあえず収穫出来るまで成長させるけど、本来この植物は日陰の涼しい場所を好むそうですよ」

「そうなの?! 野生で採取したときは日向に生えてたって報告だったのに。しかも暑いところ原産よ?」


 私が説明して、マリアンネが驚いている間に柊桜草は成長を続け、赤く丸い実をつけた。お尻が尖っていて、かわいい形の実だ。


『これは多年草だから、環境が変わってもそのままギリギリで生きていたのだろう。だが日向は好みじゃなく、大木の陰を好む。木が折れたか伐採されたかだな』

「多年草だから、環境が変わってもギリギリ生育していたけど好みじゃないそうです」


 カンパニュラの言葉を大体そのまま伝える。それにしても、私自身も植物について勉強しなきゃなと思う。こんなのばっかりじゃいけない。


「そうなのね……やっぱり本物の大地の精霊士がいると全然違うわ。こうやってお話出来るだけでもすごくためになる。今日もありがとう、デイジー」

「いえ、これが私の仕事ですから。じゃあ、私はオスカーのところに行きますね」


 大地の精霊士としての仕事は今のところすぐに終わってしまう。あとオスカーの助手として長い時間を過ごすのみ。オスカーは嫌いじゃないけど、私が全然役に立っていないから少し気が重かった。


「ねえ、何か私がデイジーに教えられることってあるかしら?」


 温室を出ていこうとする私をマリアンネが呼び止めた。私の背中が丸まってたのかもしれない。哀れなものを見る目をしていた。


「私、あなたを使うだけ使って、先輩としてちょっとあんまりよね?何か困ってることない?」

「うーん……仕事以外のことを聞いてもいいですか?」


 私は勇気を出して聞いてみることにした。


「ええ、何かしら?」

「仕立屋を教えてくれると嬉しいです。マリアンネはいつもすてきな服を着てるので」

「あら……ありがとう。地図とお店の名前を書いて明日渡すわね」


 自分の頬に手を当ててマリアンネは、はにかんだ。そうしてるとかわいい。言動からしてかなりお姉さんだけど。




 広い研究所を移動して、顔を覚えてもらった警備兵に挨拶をして、オスカーの部屋の扉をノックする。


「おはようございます、デイジーです」


 中からバタバタと足音がして、鍵が開いたのが聞こえた。


「鍵開けたから、入っていいよ!」

「失礼します」


 警備兵の注視を感じながら私は相変わらず薄暗い部屋に入った。オスカーの姿が見えない。扉を閉めると、薬品棚の陰からオスカーがぬっと出てきた。


「え?」

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