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助手になる

「これは無水酢酸だよ、酢酸をブローディアに脱水縮合してもらってるんだ」

「ちょっと言葉がわからないんですが?」


 私の質問にふむ、とオスカーはちょっと考える。


「脱水縮合とはまあ簡単に言うと水の成分がなくなることで別の物質になったっていう意味。乾燥とはまた違うんだ。とにかく水は薬の基本になり得る。水薬(ポーション)何て言うのも昔はあったけど、あんな薬草の煎じた汁とはもう違うんだ。本当にブローディアがいてくれて僕は幸せだよ。それで塩化アルミニウムと反応させて……ああそっか! 先にカルボン酸エチルを加水分解した方がいいのかな?なるほど、うんいいアイディアだね」

「もしもし?」


 オスカーは私と喋ってるのか、ブローディアと喋ってるのか、よくわからない。話してる内容もさっぱりだ。それでもオスカーは楽しそうではある。


「いいね、君! 僕の助手の才能あるよ! 何にも知らない人に話しているとすごく脳が活性化される」

「私の理解は置いてけぼりですけど?」


 やっぱりもうこの部屋を出たいなと私はカンパニュラを見た。でもまだ奥で何かをしてるようで、尻尾が揺れている。


 不意にノックの音がして、オスカーがびくっと身を竦める。警戒心の強い猫のようだ。


「デイジー? オスカー? 仲良くやってるのかな? 大丈夫かな?」


 クラウゼ所長が心配そうに声をかけに来た。段々学校の先生みたいに思えてきた。


「デイジーは僕の助手になるということで合意したから大丈夫だよ!」


 オスカーが勝手に声を張り上げる。


「本当かね? デイジー? 姿を見せてくれるかな?」

「……ちょっと出てきますね」

「ふん、ついでにお昼を発注してよ。僕のと君の」


 私は鍵を解除して扉を少し開けて外に出る。黒く太い眉を下げたクラウゼ所長がすぐそこに居た。


「デイジー、本当にオスカーの助手に? 信じられん。オスカーから言い出したのかね?」

「そうですね。まあ、頑張ってみます」


 いくらなんでもこの流れでオスカーを放り出せない。それに何も知らない私に、薬について教えてくれるというのだから少しは努力してみるべきだと思う。


「そうか……デイジーはザシャの手紙にあった通り、神に特別な使命を与えられている存在かもしれんな。こんな短時間でオスカーの心を開くとは」

「そんなんじゃないです」


 ザシャさんは手紙に何書いてたんだろう。もし再会出来たらちょっと怒りたい。ちゃんと来てくれるのかな?


「いやしかし、良かった良かった。そうか、オスカーに友達が出来るなんて……」

「助手ですよ?」

「昼食は一緒に食べるんだな? オスカーは食堂からいつも運ばせているんだ。デイジーは一人前でいいかな? 伝えておくよ」

「普通の量でお願いします……」


 クラウゼ所長に昼食のことを頼むのはなんか申し訳ない。というかお昼まで一緒の流れになるのは何で。



 しばらくして、また扉が叩かれた。私が出ると、食堂で働いていると思われる人が、ワゴンにびっしり料理を載せてきていた。ほとんど全種類持ってきている。


「あの、代金は?」

「オスカーさんからは先払いでもらってるから大丈夫です」


 昼食運び人はそれだけ言って、忙しそうに去った。


「オスカー、私の分払いますよ」


 部屋の中にワゴンを運び入れて、テーブルを片付けているオスカーに私は言う。


「いやいいよ。すっごい安いし。僕は水のことでお金はすごいもらってるけど使うとこないし。それにさ」


 オスカーは何言ってるんだという感じで、両手を広げた。


「カンパニュラがやってくれてるから、戦時中だっていうのにこんなに、みんな満足に食事を摂れてるんだろ? 君がここに来るまで疑問だったけど、謎が解けたよ。だから、カンパニュラが稼いだ分だ」

「……私が何も言ってないのに、良くそこまでわかりましたね」

「僕にはそれくらいわかるよ。僕はこの部屋を出なくても大概のことはお見通しだ」


 オスカーはめちゃくちゃ得意げだった。




 結局その日は、ずっとオスカーの助手として過ごした。たまに指示された薬品を計量して、使い終わった実験道具を洗うという簡単な仕事くらいはこなせた。





「ふう……」


 夕方、気だるい疲労感と昼食の残りを抱えて、私は住居棟のゲストルームに向かって歩く。オスカー特製の水冷式冷蔵庫で保管しておいたものだ。オスカーはいつもこうやって、夕食も確保してきたらしい。ここの食堂は、昼は豪華だけど夜になるとパンとハムしか出ないからだ。流石に5年間、この製薬研究所の地下室にこもってきた人だ。格が違う。


「でも、こんなのでやっていけるのかなあ」

『始めたばかりのときは誰でも不安なものだ』

「そっか」


 カンパニュラに慰められて、刈り込まれたヒバが香る庭を通る。少し歩きたいので敷地内を遠回りしていた。日が傾き、涼しい風が気持ちいい。


『しかし、あの小僧はデイジーの相手には相応しくないな。やめた方がいいぞ』

「ちょっとカンパニュラ、何言ってるの?ただの仕事仲間でしょ?!」


 急にカンパニュラが変なことを言うので私は面食らう。


『小僧は5年前に恋人と別れたと言っていたが、それは話を盛っていた。嘘だ。実際は小僧の片思いだった。私は部屋にあった古い手紙を読んだぞ』

「カカ、カンパニュラ! ダメ! ダメだって、そんな勝手に人の秘密を暴いたら!! 倫理観どうなってるの!! 部屋の中をうろうろしてると思ったらそんなことしてたの?!」


 とんでもないことを知らされて私はとてつもない恥ずかしさに襲われる。明日絶対気まずい。


「というかどうやって手紙に干渉したの?」


 カンパニュラは私以外には、大地とか植物にしか干渉出来ないはずだ。カンパニュラは澄んだ青い瞳を細め、ヒゲを片方だけ動かした。


『紙は植物由来だから触れる。前足は不器用だが、細かい動きはこう……草を伸ばして』


 カンパニュラが顎を上げ、周囲の草をちょろちょろ伸ばした。それなら確かに手紙くらい動かせるだろう。


「今日、途中から居なかったけどそれであちこちの書類でも見に行ってたの?」

『そうだ』

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