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協力

「……いません。作るつもりもありません。カンパニュラさえいればいいので」


 そういうのとは距離を置いていたい。


「ふうん。まあそのうち出来るよ。恋人じゃなくても、友達とか、大事な人」

「そうですね。友達は出来たらいいなと思います」

「でも、そのときに精霊士として顔が有名になってると、大変なことになるよ。だって僕らは精霊の加護で自分の身は守れるけど、恋人や友達は悪人の手から常に守りきれる?金目当てで周囲の人を狙う奴らってどこにでもいる」


 私は昨日の、大地の精霊士としての仕事を思い出す。


「私は外で仕事するときにはベール付きの帽子被らされてます……」

「うん、所長が気を使ってるんじゃないかな?僕のことがあったから」

「オスカーの?」


 クラウゼ所長はあまり詳しいことは言わなかった。ある事件を機に、としか聞いていない。


「まあ僕が望んでやったことなんだけど。説明すると、5年前、このユーゲンベルクはひどい雨不足で渇水になったんだ。その頃僕は貧乏学生で、人の家の井戸とか水瓶に、ブローディアの力で水を入れて小遣い稼ぎをしてた」

「そうなんですね」


 どれくらいの金額だったかわからないけど、人助けになるし悪いことではないと思う。水は生きるのに絶対に必要だ。


「そのときに、頼まれて行った伯爵家のお嬢様を好きになっちゃってさ……でも僕、貧乏だったし。どうにか結婚出来ないかなと僕は伯爵にお願いしたんだ。このユーゲンベルクの水はずっと、僕が保証するから結婚させて下さいって」

「ユ、ユーゲンベルクの水全部ですか?」

「うちのブローディアはそのくらい出来るよ。というか、コップ1杯の水を作るのも、10万ガレルの水を作るのも精霊にとっては同じことだから」


 色々と驚きの情報がぽんぽんオスカーの口から出てきて私は動揺した。仮面の下部しか見えないけど、一切日焼けしていない色白の肌に小さな口をした彼にも情熱的なところがあったんだなと本当に驚く。それから精霊の能力についても。


「そういう訳で、ユーゲンベルクは水には一切困らない都市になった。そして今も、15万人の水は僕のブローディアが支えている……」

「そ、そうなんですか?! すごい」


 このユーゲンベルクは自然の恩恵で水の豊かな都市だと思っていた。私は昨日、お風呂に入ったときもいっぱい水を使ってしまった。まさかオスカーと精霊、ブローディアのお世話になってたなんて。


「……あれ? お嬢様との結婚はどうなったんですか?」

「察しが悪いなあ。だから、僕は顔を隠して行動しなかったし、彼女への好意も全然隠さなかったから、彼女が悪党に身代金目的で狙われた……僕が何とか助けたけど、申し訳なくて諦めたよ」

「すみません、そうですか」


 オスカーは憂鬱そうに頬杖をつく。


「それで、みんなが僕の顔を忘れるまで僕は人に顔を見せないで、ここにいることにしたんだ。いつかはオスカー・ファインハルスじゃないただの人として外に出るよ」

「それで5年も……」


 私は自分の5年前を思い返す。トムの嫌がらせを受けつつも、ぼんやりしていただけに思う。


「でも僕は元々、薬の研究が大好きだからこういう生活が苦にならないけど君はそうでもないでしょ? 気をつけてね」

「ご親切に教えてくれてありがとうございます。オスカーはいい人ですね。じゃあ、研究の邪魔したら悪いのでそろそろ」

「待って」


 腰を浮かしかけた私をオスカーが止めた。


「折角来たんだし……飲み物、お代わりいる?」

「いいです。そんなにいっぱいは飲めません」


 断っているのに、空になった私のグラスを引き寄せてオスカーが2杯目を作ろうとしている。


「忙しいの? この後の予定は?」

「何もないですけど……ゆっくりしてていいとクラウゼ所長が」

「何だ、君ヒマなんだ!」


 けらけらとオスカーが笑い転げた。すごく無邪気だから傷つく。


「し、仕方ないじゃないですか……私、カンパニュラの力以外は何もないんですよ。知識なんてないし」


 私なんて、ずっと養護院で子供の世話と、畑の世話をやってきただけだ。村の学校と寄付された本で最低限の知識くらいはあるつもりだけど、ここの人たちはみんな頭が良さそうでいつも緊張する。


「ごめん……」


 私がちょっと泣き言めいた言い方になってしまったからか、オスカーは慌てている。


「僕もそれは同じだよ。僕からブローディアを取ったらただの引きこもりだよ」

「オスカーには知識があるじゃないですか。立派ですよ」

「ああうん……そう思う?」


 オスカーは一気に仮面をしててもわかるくらいに顔を赤くした。それを見て私はオスカーにバカにされて怒ってたはずなのに、笑ってしまいそうになった。ちょっと褒めたらこうなるなんて、子供っぽいというか擦れてなさすぎ。


「き、君にも君なりの知識があるよ。外の世界とかの。うん、じゃあ今日から君は僕の助手ね」

「……助手? そんなの無理です」

「無理じゃない。よく考えたら、君以上の適任者はいない。この僕の助手であっても、君は精霊に守られてるからその辺の悪党くらい敵じゃないだろ?」

「それはそうです」

「君も知識を身に付けられる。だって僕が教えるんだから。いい考えだと思わないか?ほら握手」

「はあ……」


 差し出されたオスカーの手を仕方なく私は握った。さっきより温かく、血が巡っている感じがした。


「じゃあ僕は仕事するから、その辺で見てていいよ。見てれば覚えると思うし」


 天才だというオスカー・ファインハルスは、天才らしい発言をした。この人、見てれば何でもわかる人生を送ってきたんだと思う。早速、凡人との差をわからされてしまった。


「はい」


 私は力ない返事だけしてグラスを机の端に寄せ、邪魔にならないようにした。オスカーは黙って机上の薬品を混ぜ合わせ始めた。水の精霊ブローディアに話しかけ、ときどき水分を取り去ったりしている。


「私が見てて、気にならないですか?」

「……別に? いつもブローディアが見てるし。君もカンパニュラとお喋りしててもいいよ」


 私には目もくれずオスカーは違う工程に入った。


「ブローディアってどんな姿なのか聞いてもいいですか?」

「すっごく美人の猫ちゃんだよ。3色の長い毛が滑らかで、ミステリアスで、かわいくて、ときどき僕の邪魔をしてくるけどそれもまたかわいいんだ。君のカンパニュラは?」

「私のカンパニュラは雪豹の姿です」

「ええ?!大きいんだね」


 オスカーはやっとこちらを見た。


「今、僕の周りにいる?」

「まあそうですね。すごくオスカーを見てます」

「ブローディアもすごく君を見てるよ」

「そんな気はしました」


 私たちはどちらも精霊士なので、部屋に二人きりでも密室という感じは全くないのだった。


「ふ、あははっ。そうなんだ?気をつけるよ」

「何ですか?ブローディアが何か言いました?」


 突然オスカーに笑われる。ブローディアは私のどこを見てるんだろう。猫の姿だというブローディアは当然視点が低いんだろうけど、何となく足元に気配を感じる。私のスカートの中の下着とかオスカーに報告がされてたらどうしようと被害妄想が膨らんだ。精霊にまともな倫理観は期待してはいけない。


「君の靴の爪先が、何を蹴ったか知らないけど少し凹んでるって。大人しそうに振る舞ってるけど足癖の悪い女だから気をつけてってブローディアが」

「……自衛です。強盗を蹴っただけです」

「やっぱり勇ましいね」


 またもバカにされたような気がして、私はカンパニュラが何か言い返してくれないかと視線を彷徨わせた。でもカンパニュラは、部屋の奥で何かしているようで、太い尻尾の先しか見えない。部屋を漁ってることは悟られない方がいいだろう。


「それは何を作ってるんですか?」


 話題を変えようとオスカーが持っている、口の広いグラスについて質問した。

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