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特別任務

 翌朝、またヨハナさんは早くに私の部屋まで来た。そんな気がしたのでもう身支度は終えている。いつもきちんと黒髪をまとめているヨハナさんに少し寄せてハーフアップにした。これなら白衣が似合う気がする。


「おはようございますデイジーさん」

「おはようございます」

「クラウゼ所長と相談しましたので、今日の予定をお伝えしますね」

「はい」


 私の今日の予定は、マリアンネさんの温室の、貴重な植物を成長促進させる以外は空白になっている。昨日で終わらせてしまったからだ。正直休みにならないかなと思っている。カンパニュラとゴロゴロしていたい。


「なんと! 特別任務です」

「へ?」

「詳細はクラウゼ所長からお聞き下さい。大丈夫、クラウゼ所長は優しいですから。では、とっとと温室に行きましょう」


 ヨハナさんは早足で歩きだした。そういえば、養護院にたまに来る教会関係者が教えてくれたことがある。仕事を早く片付けすぎると、別の仕事を頼まれるからわざとゆっくりやるといいよと――。そのときはずるい大人だと思ったけど。


 でも、温室の作業はすぐに終わった。そうして私はヨハナさんに連れられて一緒に所長室に行った。


「おお! 来たかね」

「特別任務って何でしょうか」


 クラウゼ所長は、大きな執務机で何かを書いていた。後ろに窓があって午前の陽射しが差しているので、毛のない頭が少し眩しい。


「少し話がある。そちらへ」

「はい……」


 ヨハナさんは黙って部屋を出ていってしまった。クラウゼ所長よりはヨハナさんの方が親しみがあるので、心細い気持ちになる。向かい合わせになったソファセットにかけた。


「実は、特別任務というのはまだ決まってない」

「はい?」

「思ったよりずっと早くデイジーの仕事が片付いたからね。何かやりたいことはあるかね?君の希望を聞こうと思ったんだ」

「そ、そうなんですね……」


 希望なんて、お昼をゆっくり食べてカンパニュラと二人きりでお部屋でゴロゴロしてたいなんていうことしかない。でもそんなことは言えない。そして薬の材料の確保以外に!製薬研究所で私が出来そうな仕事が一切思いつかない。


「ヨハナが珍しく興奮していたよ、デイジーはすごい精霊士だって。朝の一仕事だけでは体面が悪いから、表向きには私の任務をやっていることにして、どこかの部屋でゆっくりしているかね?」


 クラウゼ所長はぱっちりした大きな目を細めて笑う。まるで私の心を読んだみたいにすてきな提案だけど、私は昨日のマリアンネさんの話を思い出した。


「そうさせてもらえるとありがたいです。でもその前に、ここにいるという水の精霊士の方と一度お話してみたいんですが」

「オスカーと?」


 水の精霊士の名前は初めて聞いたけど、オスカーと言うらしい。クラウゼ所長はしきりに瞬きをしている。


「そうしてくれるのかね? いや、オスカーも君に興味は持っている」

「自分の研究室に閉じこもっていると聞きましたが、私の話をしたんですか?」

「うむ。ドア越しだが毎日話しに行っているからね。世間離れし過ぎては良くないし……。デイジーが話しかけてやったら、きっといい刺激になる。早速行こうか」


 クラウゼ所長は喜び勇んで立ち上がった。すごくオスカーという人と話したい訳じゃないけど、私に出来るのはそれくらいだし、所長が喜んでくれているので良かったと思う。一度は挑戦してみて、それからゴロゴロしよう。


 私は大股で歩くクラウゼ所長の後ろについていく。


「デイジーが彼の心を開いてくれると助かるな。彼の名前はオスカー・ファインハルスというんだが、5年前、ある事件を機に他者と距離を置くようになった。だけどきっと精霊士同士なら、話も合うだろう」


 階段を降りながらクラウゼ所長はそう言った。彼の部屋は地下にあるらしい。事件って何だろう。思ったより面倒なことに足を突っ込んだかもしれない。


「同じ精霊士だからって話が合う訳じゃないです」

「そうなのかね?だが歳も近いからいい話し相手になるんじゃないかね。彼は今25歳だ」

「あまり近くはないかと……」

「ふはは、近いよ」


 クラウゼ所長は快活に笑うが、私は18歳だから普通に7歳差なのだけど。50代くらいになるとその辺ひとくくりになるんだろうか。


「オスカーには警備がついているが気にしないでくれ」


 階段を降りて廊下を進むと、警備として立っている軍服を着た男性ふたりが見えた。挨拶をして、無言の扉の前に立つ。ここが件の研究室。上部が半円形になった黒檀の扉は、固く閉ざされているように見える。色々話を聞いたせいかもしれない。


「オスカー、ちょっといいかね?私だ、クラウゼだ」


 軽くノックをして、私に話しかけるときよりずっと優しい声音でクラウゼ所長は扉に向かって話す。


「……何?」


 少し間があって、中から返答があった。やや高めの神経質そうな声をしている。


「大地の精霊士の子を連れてきたよ。彼女もオスカーに興味があるそうだ。きっと良き友人になれるだろう」


 勝手に友人候補にされるのはちょっと困るなあと私は無言でクラウゼ所長に訴えた。


「ははは、さあデイジー挨拶して」


 所長は笑って、私の番だとばかりに軽く肩を叩く。余計なことばかり考えて何て言おうか全く考えてなかった。


「あ……初めまして?デイジー・クルルです」


 そこから言葉が思いつかなかった。お会いできて光栄ですとは言えない。会ってないから。


「そうだね、精霊がいるみたいだね。精霊には何て名前つけてるの?」


 思ったより興味ありそうにオスカーさんは質問してきた。顔は見えないから声のトーンだけで判断してるけど。


「カンパニュラです」

「へえ、仲はいいの?」

「当たり前じゃないですか。カンパニュラは優しいし、かっこいいし、大きくてふわふわで最高ですよ」

「ふふっ……そうだね、その気持ちはわかるよ。ごめん、少し待って」

「はい」


 何を待つのかわからないが私は返事をした。クラウゼ所長が両手を広げ、全開の笑顔を浮かべている。多分いい意味だと思う。確かに、オスカーさんは精霊のことではいい反応をしてくれた。


 そのときガチャッと音がして、勢いよく扉が開いた。

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