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金策

「ところでデイジーさん、お体のサイズを計測しても良いですか? 制服のガウンと、精霊士として外に出るときの衣服を用意しますので」

「は、はい」


 巻き尺をぴっと伸ばして構えるヨハナさんに、私は体のサイズをあちこち計られた。ちょっと恥ずかしい。


「……制服のガウンってマリアンネさんが着ていた白いガウンですか?」

「そうです。単に白衣と呼んだりもしますが、所員は着る決まりです」

「清潔にしないとですもんね」

「それもありますが、クラウゼ所長の趣味の部分が大きいですね。所長は白い服を着た女性が好みなんです」

「え……」


 私が困って間近のヨハナさんを見ると、くすっと笑われた。


「なーんて。冗談ですよ」

「そ、そうですか」


 ずっと真面目で冷静な雰囲気の人の冗談って反応に困る。


「それじゃ、また何かありましたら気軽に声をかけて下さいね」


 そう言って私を困惑させてヨハナさんは退室した。私は扉の内鍵を閉める。


「……カンパニュラ、出てきて。やっと二人きりだし」

『工房は行かないのか? 買い物は?』


 私の呼びかけに応えて、カンパニュラが白い雪豹の姿を現した。雪原を小鳥がダンスでも踊ったかのように、美しい輪状の模様が顔から背中についている。


「お金ないし、いいの!今日はもう疲れたから休む!カンパニュラが姿を消しちゃうから寂しかった」

『全く……』


 私がカンパニュラの太い首に抱きつくと、文句を言いながらも満更でもなさそうにカンパニュラは喉を鳴らす。


『デイジー、ちゃんとした生活をしないと、ダメな人間になるぞ』

「もうなってるもん。もうなんか疲れちゃった。まだお昼だけどこのまま寝ようよ」


 色々初体験ばかりで疲れた私は、カンパニュラのたぷたぷしたお腹を触る。カンパニュラは太ってないけど、猫系の生き物だからかここがとても柔らかい。


『ダメだ。私の腹を触ってないで早く食堂にでも行ってまともなものを食べてきなさい』

「ううっ」


 カンパニュラが体を振るので私は振り落とされた。軽く肘が床にぶつかって痛い。そして正論が痛い。正論は人を傷つけると思う。


『せっかく街に入ったのに、今日も私の作る果物だけで過ごそうとしてるだろう。栄養が偏るから良くない』

「だって……食堂で食べてたらすぐお金なくなっちゃうよ。5万ディレートのお給金もらえるの一か月後だし、まだイチゴ生活でいいよ。その辺の庭に生やそう?」

『仕方ないな。デイジーの働く気力が失くなるかもしれないと黙っていた金策がある。それをやろう』

「まだ隠してた力があるの?」


 私が身を起こすと、カンパニュラは青い瞳を細めた。


『人間はすぐ堕落するからな』

「大丈夫、もう謎の研究所と労働契約しちゃったし働くから安心してカンパニュラ。世のため人のため働くわ」

『うむ。それならいいだろう』


 カンパニュラは雪豹の姿なので笑わないけど、ちょっと笑って見えた。


『よし、ではまずご飯を食べてきなさい。その間にいいものを用意しておいてやるから』

「はーい」


 カンパニュラに励まされて私は食堂に行った。いいものって何かはわからないけど、きっといいものだ。


 部屋を出て言われた食堂の方向へしばらく歩くと、男女共に白いガウンを着た所員の人達の流れがあった。彼らも食堂に行くと思われる。何となく食べ物のいい匂いもした。


 食堂の建物は、教会を改造したような印象だった。そこにみんな吸い込まれるように入っていく。信仰も大事だけど、食べ物の求心力はやはり強い。そこに食べ物があるのなら、祈らざるを得ないのだろう。


 中はアーチ屋根で、教会の長椅子の並びに長テーブルを追加したみたいな感じだった。もちろん通路の幅は広げてあるけれど。


 奥に山盛りの料理の大皿があって、好きなものを自由に取っていい方式らしかった。私も見よう見まねで係の人にお金を払い、トレイを受け取った。1食30ディレートと、食べ放題でこのお値段は安い。


 私の残金は1500ディレートだから、今を入れて50回は食べられる。もしカンパニュラの金策が上手くいかなくても、1日1食でたくさん食べれば1ヶ月は余裕だと心の底から安心した。


「……」


 たくさん誘惑があったけど、マッシュポテトとグラーシュ、りんご入りのパンを取って私は席についた。


「……!!」


 ひとりで黙って食べるのは寂しいけど、どれもなかなかおいしい。この研究所はいいとこだ。






「カンパニュラー、戻ったよ。おいしかったー!」

『うむ』


 何だかんだいって、満腹になって私は部屋に戻った。そして、さっきまで部屋になかったものが山積みになっていて驚く。


「カンパニュラ、こんなのも出来たの?!」


 部屋の中には、岩石がいくつも積まれていた。ただの岩石じゃない。緑色の宝石らしきものが含まれている岩石だ。カンパニュラは誇らしげにふわふわの胸を張っていた。


『これはペリドットと呼ばれていて、それなりの値がつく宝石だ。売って当面の生活費にするといい』

「確かに高く売れそうだけど、こんなのどこから掘ってきたの?大地の精霊って宝石まで掘れるの?」


 大地繋がりにしても、私は聞いたことがない。


『いや、地面を地殻まで深く掘るとほとんどペリドットの層があるというだけだ。知らないのか? ほら、これなんてデイジーの瞳みたいで、きれいだろう。これだけは売らないで飾るといい』


 地面の下にそんな層があるとは知らなかった。カンパニュラは得意そうにひとつの岩石を太い前足で指し示す。様々な緑色の原石がある中、それは黄緑色で確かに私の瞳の色に似てるかもしれない。


「ありがとう! すごく嬉しい」


 ちょっと照れくさいけど、黄緑色の原石は私も気に入った。もちろん部屋に飾る。一部はいつでも身につけられるアクセサリーに加工しようと思う。指輪とかいいかもしれない。


「宝石店に行ってみるね!」


 私は机の上の地図を頭に叩き込み、ユーゲンベルク市街地の探索に出ることにした。

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