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就職

 確かに精霊はほかの人に見えないし、大地の精霊の力は、水、風、光の精霊みたいにお手軽に効果を見せられない。でも精霊の加護で身体能力がすごく向上するから、重いものでも持たせればわかりそうなものだけど。私は成人男性だって軽々と担ぎ上げられる。


「あ、いや君を疑ってた訳じゃない! ただ、かわいらしいお嬢さんだから復帰したばかりの女性に飢えたザシャが騙されたのかな~と思ったのだが、手紙の日付だとまだ森の中だな、いやあ早とちりは良くない」

「あはは……お上手ですね」


 クラウゼ所長は早口で何やら弁明している。人の多い都会は色々大変なんだなと思う。フューゼン村では、私が毒から回復して大地の精霊の話をしたら皆すぐに信じてくれたけど。ヒールの高い靴音がして、扉がノックされた。


「お茶をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 さっきのマリアンネという女性が、ワゴンに乗せてお茶を持ってきた。


「ありがとうございます」


 お菓子までは出ないけれど、甘い香りのするお茶だ。森を移動してきたので、3日ぶりのお茶に私は喜んで口をつける。


 マリアンネさんは所長の横に足を組んで座った。この人は足の組み方までセクシーなので、出来れば色々教えてもらいたいと思う。


「マリアンネ、彼女はどうやら本物の精霊士だ」

「そうなんですか? どのように証明を?」


 桃色の唇を微笑させてマリアンネは私に視線を移す。


「デイジー、それじゃ、君の大地の精霊の力を見せてくれるかな? 今ここで何かを生やすなんてことも?」

「あっ、はい。土があれば」

『土がなくても出来る。イチゴくらいなら』


 耳元でカンパニュラの声がした。


『だが、あまり最初からこちらの手の内を見せすぎるのは良くないからな。1日に1回しか出来ないと伝えるように』

「……いえ、土がなくても生やせるんですが、1日に1回しか出来ません。じゃあ、カンパニュラ。イチゴをここに……」


 私がテーブルの上に触れると、小さな芽が出現した。それはあっという間に葉を増やし、実をつけ、赤く色づいた。ただ根が土に固定されていないので、かわいそうにイチゴの重みで横倒しになっている。これを見ると、木は絶対土に固定しないとダメだろうなと思った。


「し、信じられない……! 奇跡だ!」

「ええ……すごい方が来てくれましたね、所長」

「これなら貴重な薬の原料も育て放題じゃないか!」

「たくさん実験が出来ますわ!」


 クラウゼ所長とマリアンネさんが口々にカンパニュラのすごさを褒めるので、私は嬉しくなった。今は見えないけど、きっとカンパニュラはヒゲをピクピクさせているだろう。


「本物の大地の精霊使いは貴重だ、しかも君は素晴らしい精霊に愛されている。私達はデイジーを歓迎するよ」


 クラウゼ所長が手を差し出すので私は握手に応える。大きく、分厚い手をしていた。


「これ、食べられるのかしら?」


 マリアンネさんが恐々とイチゴを触って訊ねてくる。


「もちろんです。私はここ数日ほとんどそれしか食べてないけど、この通り元気です」

「あら、どうしてそんなことを?」

「あ……修行です!大地の精霊と心を通わせるための修行です。おいしいからどうぞ」


 ザシャさんとの会話を思い出して、私は修行と言い張った。素直に喋ると村を飛び出してきた理由まで聞かれてしまいそう。そんなの面倒だ。マリアンネさんとクラウゼ所長は信じたらしく、神妙に頷いてくれた。


「んっ!とても甘くておいしいわ。最高のイチゴよ!」

「本当ですか?市場で売れそうですか?」

「高値で売れると思うわ。でも、1日に1回なのよね?勿体無いことしちゃったわね。薬の原料を頼めば良かったわ。そうしたら1日でも早く痛みや病で苦しむ人を助けられるもの」

「そうですね」


 マリアンネさんはセクシーなだけではなく、立派な研究者らしい。


「デイジーにやってもらいたいことは山ほどある。しかし、働くのは本当にここでいいのかね?」

「世の人々のお役に立てるこちらで働かせて頂けるなら、私はありがたいです。ただ、私の名前はあまり表に出ないようにして頂けると……」


 クラウゼ所長は遠回しにもっと稼げるところに行かなくてもいいのかと聞いているようだ。所長は現実主義者なのかもしれない。でも、私はトムから身を隠したいのでこの秘密めいた製薬研究所に魅力を感じ始めていた。


「ああ、デイジーが身の危険を感じるのはもっともだ。その辺りは私に任せてくれ。この能力を知るのは、信頼できる一部の者だけにしよう」

「お手数おかけします」

「では、給金は月に5万ディレートでいいかな? それから、この建物の奥の住居に住んでもらいたい。住居費はいらない。デイジーの身の安全のためだ」

「ありがとうございます。助かります」


 私は思ったより高い金額に喜びながら、おさえめに返事をした。宿泊費無料で5万ディレートもあれば、使いきれないくらいだ。


「じゃあ、明日からよろしくね。私のことはマリアンネって気軽に呼んで。一緒にがんばりましょう」

「はい!」


 握手を求めてくるマリアンネの手を握り、笑顔を交わした。いい人そうで良かった。




 そうして書類を何枚か書いて、私の就職が決まった。




 所長とマリアンネは忙しいようなので、私はクラウゼ所長の秘書、ヨハナさんに連れられて部屋を出る。今日は1日1回の能力を使ってしまったので、働くのは明日からで良いそうだ。ゆっくり部屋の整理でもしてくれと言われた。


 製薬研究所の回廊を抜けると、背の高い鉄製の柵がある。鉄門というやつだ。その隙間から、奥に住居棟が並んでいるのが見えた。門の扉をヨハナさんが開ける。


「この門の鍵をどうぞ。基本閉めてますので」

「はい」


 私は鍵を受け取った。


「それから、お部屋は空きがあるんですが、家具が何もないんですよ。今ご覧にいれますが」

「はあ……」


 ヨハナさんは住居棟の扉が並ぶ中、深い緑色の扉の前で足を止める。懐の鍵の束からひとつを選び出し、解錠した。


「中へどうぞ」

「はい」


 中は広く、天井が高かった。


「わあ……」


 私はそれしかいいようがない。本当に何もない部屋だった。3部屋あるが、窓があって、床があって壁があるだけの空っぽの箱だった。辛うじて水道の管と排水管が2箇所ある。水道設備が整っているのは嬉しい。


「ね? 何もないんです。しばらくは別にゲストルームがありますから、そちらを使って下さい」

「お風呂は別の場所にあるんですか?」

「ええ、ここを出て右に。それから食堂は左に行けばあります。食堂では申し訳ないですがその都度そちらで払って下さい、会計管理が別なんです」


 お風呂が利用できるなら、何もなくてもこの部屋でいいやと思った。雨や夜露に濡れないし、野宿と比べたら既に最高だ。


「ゲストルームは必要ないです。私、今日からここに泊まりま……」

『ちゃんとベッドのあるゲストルームで寝なさい』


 言ってる最中にカンパニュラに耳元で大音量で注意されて、私はびくっとなってしまう。


「どうかしましたか?」

「すみません、しばらくゲストルーム使わせて下さい……」


 私の挙動不審な動きにヨハナさんは少し不思議そうにするが、流すことにしたようだ。


「ええ、その方がいいですよ。こちらです」


 部屋を出て、案内されたゲストルームは手狭だけど、ベッドとチェスト、椅子と机など一通り揃っていた。


「机の上に、街の主要なお店と家具なんかを頼める工房をまとめた地図がありますので、少しずつお部屋を整えるといいと思いますよ」

「そうですね、そうします」

お金の価値は、10倍して日本円と同じになるくらいの感覚です。5万ディレートは50万円くらいです。

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