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ユーゲンベルク到着

「全っ然お花なんて見当たらないけど、ここが花の都ユーゲンベルクなの?」


 走ったり歩いたりで3日間移動し続けてようやく城壁群が見えるまでになった。他国軍の進入を阻む狭く長い通路を通り、通行料を支払って私はユーゲンベルクに入った。


 道は完璧に舗装されて、灰色の石畳に覆われている。そしてどこまでも建物が続いて緑はほとんどない。申し訳程度に出窓に鉢植えが見えるだけ。


『デイジーが勘違いしてるようだから黙っていたが、花の都とは、花があるという意味ではない。人や文化が豊かという意味だ』

「えっ……」


 カンパニュラが気まずそうに低く呟くので、私は絶句した。


「な、何でもっと早く言ってくれなかったの? 私、ザシャさんにも花の都って言ってなかった?」

『大丈夫だ、あいつは気にしてない』

「言ってたよね?! カンパニュラは何でそのときにも教えてくれなかったの?!」

『文脈的に変ではなかった』

「カンパニュラの感覚……!!」


 興奮して声が大きくなる私を、人々が怪しい人を見る目で見ていた。でも遠巻きに様子を伺うだけで決して近付いて来ない。カンパニュラは私以外には見えないから、ひとりで騒ぐ変な女に見えるんだろう。


『デイジー、ここでは私は姿を消していた方がいいな。いつも傍にはいるがあまり話しかけるなよ』

「あっ、待ってよ! またそうやって消えちゃうの?」


 私の制止も聞かずにカンパニュラは、模様が見事な雪豹の姿を、跡形もなく消してしまった。


「カンパニュラ……」


 やっぱり都会はカンパニュラに良くないのかもしれない。また森に帰ろうかな、と思ってしまう。


 でも払ったばかりの通行料500ディレートが少し痛い。色々あって、ここまでの旅費は驚きの0ディレートで到着したけど、私の全財産は2000ディレートしかない。出るときにも500ディレートかかるらしいので、出たり入ったりしたらすぐにすっからかんになる。


「働かなきゃ……」


 重い足を引きずり、ザシャさんにお勧めされた、国立製薬研究所の方向に進んでみることにした。それに、そこに行けば部屋を用意してもらえそうだし。私だけの部屋で、カンパニュラとゆっくりいちゃいちゃしたいと思うと、自然と歩くスピードも速くなった。


 地図はもう完全に頭に入れてある。田舎者なりのプライドとして、地図を広げながら歩きたくないのだ。


 様々な物を売るお店には脇目も振らず、ユーゲンベルクの正門から北へ進み、パブを右に曲がる。しばらくすると大きな広場があった。水が下から円形に吹き上がる、噴水というものがあった。前から見たかったので少し立ち止まって眺める。噂では聞いていたけど、水が豊かな都市というのは本当らしい。意味もなく贅沢な感じがする。


 それからまた歩き出し、宿屋を左に曲がった。

 それにしても、ザシャさんに教えてもらってなかったら、どこに何があるか全然わからないし、働き口をどう見つけたらいいか途方に暮れていたかもしれない。人々は一様に忙しそうに歩いている。


 それから上り坂を直進し続けると少し建物の雰囲気が変わってきた。看板などない謎の大きな建物が続く。空き地も多い。


「ここかな?」


 私の目指した建物は、やっぱり看板などはない。中央にある円柱の塔から繋がって、左右に肩のように建物が伸びていた。1階にはアーチ状の柱が続く回廊があって、3階建てだ。


 手持ちのトランクから封筒を取り出し、正面入口前の勾配の緩い階段を登って、暗い回廊を進んだ。誰も見当たらず、ひっそりとしている。


「こんにちはー、どなたか居ませんか?」


 暗く冷えた回廊に、私の上擦った声が反響した。出てきたらなんて言おう。いきなりここで働かせて下さいって言うの?


 嫌になってきたからいっそ誰も出て来て欲しくないなあ、と思った頃に、私の後ろのドアが開いた音がした。


「やあ、どうしたのかな? お嬢さん」


 髪の毛が一本もない軍服のおじさんが愛想良く歩いてくる。でも眉毛は黒々として太く、青い目はぱっちりしていた。軍の人もいるんだ。


「私は、デイジー・クルルと言います。こちらで働かせてもらえませんか? 私は大地の精霊の加護がありますから、お役に立てるかと」

「ほう! 誰からの紹介でここに来たのかな?」

「ザシャさんという人です。クラウゼ所長にこちらを渡して頂けますか?」


 私はザシャさんから預かった封筒を、おじさんに渡す。


「私がクラウゼだ」

「ごめんなさい、失礼しました」

「いや、知らないのは当たり前だ。だがザシャだと?あのザシャか?そうだな」


 クラウゼ所長は、封筒の裏にある封蝋とサインを見てひとり納得している。


「あいつめ、復帰したのか! 復帰できたらすぐに知らせてくれと言っていたのに全く……と、こんなところでお嬢さんを立たせていては申し訳ないな。こちらへ」

「ありがとうございます、クラウゼ所長。あの、デイジー・クルルです」

「ああ……デイジーと呼んでも?」

「もちろんです」


 クラウゼ所長は鍛えられた体つきを翻し、中に案内してくれた。私のことより、ザシャさんのことで頭がいっぱいらしい。苗字は適当に名乗ってるだけだからどうでもいいけど。


 クリーム色に塗られた廊下を歩いていると、正面から栗色の髪をアップに結い上げたセクシーな女性が歩いてきた。


「あ、マリアンネ。ちょうどいいところに。応接室にお茶を頼めるかな?新しい大地の精霊使いさんが来たから」

「はい、所長」


 微笑んだ彼女は、高そうな、肌が透けるか透けないかギリギリの厚みのブラウスを着ている。上に白いガウンを重ねているから絶妙なバランスだ。思わずじっと見てしまった。私もお給金もらったらああいうのを買ってみたい。


 それからクラウゼ所長は結構な距離を歩いて、応接室に私を通した。席を勧められ、落ち着かなく私は浅く座る。何を話すんだろうと思っていたら、所長は黙って封筒から手紙を取り出し読み出した。私はぼんやり花瓶に生けられた花などを眺めて待つ。


「はっ?!」

「へっ?!」

 

 突然、私まで驚かせる大きな声を上げたクラウゼ所長は、手紙から私の顔に視線を移す。


「デイジーが、魔獣を倒しただと? 大地の精霊の力で?」

「ええまあ……一応」


 ザシャさんの手紙には、そういう内容も含まれていたらしい。そこまで書かなくてもいいのに。


「魔獣のそんな倒し方があるなど 前代未聞だ……。というか、だ。そんな速度で木を成長させられる大地の精霊士など聞いたことがない。畑に加護を与えて数日収穫を早めるとか、収穫量を増やせれば十分だと思っていた。それどころか、世間には大地の精霊使いだと嘘を騙る者ばかりで……」


 なるほどと思う。私も疑われてたらしい。

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