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「(あ、まずい・・・美織ちゃん置いて来ちゃった・・・・)」



広報委員には一緒に行こうね、と美織ちゃんと約束をしていたのに上総くんとあれ以上話しをするのが気まずくて職員室まで来てしまった。


職員室の前でぼんやりと佇む。すでに放課後となった廊下は部活に向かう生徒や、授業が終わった先生たちが歩いている。そんな中一人ドアの前で入るのか入らないのかよく分からない状況の私が変に目立っていた。


今教室に戻ったらまた女子に睨まれるかもしれない。生前は恋愛より部活を優先してきたから、女子に睨まれるどころかあんなきゃぴきゃぴした女子と会話をすることさえなかった。いつも私の周りには同じように部活に命を捧げている女子か、そんな女子をからかうばかりで恋愛に一歩踏み出せないようなへたれ男子しかいなかった。



「(遠山はじめは素材がいいからなー・・・・)」



本来だったら、遠山はじめは『遠山はじめのもの』だった。だけどそこに生前の私の魂まで入ってしまって、遠山はじめだけでは生きていけなくなった。確かに自分の体だと感じるので、誰か別の人の体に私が入ってしまったというわけではないのだろうけど、もし生前の私が遠山はじめに入っていなかったら、また違った生活を送っていたかもしれない。


だからこそ、遠山はじめに申し訳ないという罪悪感を少しだけ感じてしまう。なのでせっかく素材がいいのだから、楽しい人生を歩んでほしいと本当なら好きなお菓子も我慢したし、楽しくもないジョギングをして無駄に太らないようにした。


その成果が今出ているとは思うが、結局私はセカンドライフを送るためにはどうしても上総くんと美織ちゃんの甘酸っぱい高校生活を堪能したいと思ってしまう。だから恋愛は今のところするつもりはないし、そんな暇があったらあの二人をくっつけることに専念したい。


だけどそれを、上総くんも美織ちゃんも望んでいなかったとしたら。


私が今やろうとしていることは、ただのエゴであって二人からしたら迷惑なんだろうか。ああ、なんだか先ほどの女子の『上総くんのなに』という言葉が妙に心臓をえぐって不安になってしまう。



「(とりあえず、もう少し時間潰してから教室に戻ろう。美織ちゃんがいたら一緒に委員会に行って、そこに上総くんがいなかったら・・・・いなかったら・・・・)」



いなかったら呼びに行きたいよぅ!と頭を抱える。やっぱり私、二人がくっつくところが見たいんだ。だってここは漫画の世界なわけだし、そうなったほうがもっと楽しいと思うもの。二人が望んでいないからといって、何もないまま高校生活を過ごすなんて、私にはできない。


できないけど、二人に迷惑だと思われるのも辛い。漫画のキャラということは抜きにしても、あの二人はとても優しいし話しているとすごく安心する。『あ、高校の友達ってこんな感じだよね』と昔を思い出して幸せになる。


もっと欲を言うと、生前では満喫できなかったような青春を謳歌できる気がする。




「(あぁ・・・私欲張りすぎる・・・これでいいのか・・・何もしないほうがいいんじゃ・・・)」


「遠山さん」


「えっ」



あぁぁ、と頭を抱えて職員室のドアの前を占拠していると、後ろから声をかけられる。その声は毎日聞いているもので、今はやっぱり聞きたくないものだと思ってしまう。なので後ろを振り返れない。どうしてここに彼がいるのか。私の予想通り、広報委員には入らなかったのだろうか。


怖い、怖くて振り返れない。原作通りの動きをしないキャラクターほど不気味なものはない。



「・・・・遠山さん」


「・・・・・・」



この世界で二番目に重要な人物と呼ばれる男の子が声をかける。もはやあなたたちが世界を回していると言っても過言ではない存在が、後ろにいる。その姿を見たらどうしても原作通りに話を進めたくなる。だってそうしないと、私がここにいることで原作が歪んでしまったのではないかと不安になるから。


もう、私にとって美織ちゃんや上総くんは『存在意義の証明』だから。



「聞こえてるでしょ」


「・・・ぅ・・・・」



ぽん、と上総くんの手が私の肩に触れる。そうされると年甲斐もなく肩を跳ねさせ、小さな呻き声を出してしまう。別に上総くんは何も悪いことをしていない。ただ『なんでもない』と言っただけだ。だけど上総くんに言われると、『お前はもうこの世界にいらない』と言われたような気がしてしまう。



「・・・・・・」


「・・・・・・・・」



いつまで経っても後ろを振り返らない私に、上総くんが上の方でため息をついたのが分かった。その仕草にまた何か言われるのだろうか、と怖くなり俯く。


そうすると、上総くんの上履きが私の視界に入る。一歩私に歩み寄ったようで、私の左足の隣に上総くんの左足もある。あ、あれ?なんだろう、すごく近いような気がする。近いというか、もう本当真後ろに立っているのだはないかと思ってしまうほど。


そう考えていると、上総くんの両手が私の肩に乗る。急に辺りが少しだけ暗くなって、あれ蛍光灯でも消えたかなとぼんやり考えていれば、なぜか上総くんの横顔が左側に映った。


え、と思い顔を上げた先に上総くんの顔が間近にある。ひゅ、と息を吸い込み後ろに下がろうとすれば掴まれていた肩に力を込められ、そのままぽすんと上総くんの体に触れてしまう。


い、いや、これどういう状況だろうか。



「遠山さん」


「は、は・・・・はい」



無表情の中に、何か苛立ちや戸惑い、それから悲しいという気持ちを含ませたような表情で上総くんが後ろから私を覗き込む。前髪が額から少し浮いて、その間からじっと見つめられる。決して逸らされない瞳がこちらを向いていると、声が出せなくなった。


無言のまま上総くんを見上げる。そうしていると、上総くんが掴んだ肩を自身の方へ引き寄せてよたよたと後ろで進んだ。私も上総くんに合わせて後ろによたよたを進む。


なんだ?と思ってされるがまま上総くんについて行っていれば、その横を先生だろう男性がこちらをにやにや笑いながら見て、職員室のドアを開こうとする。


そこで、私が職員室のドアを通せんぼしていたのだと気づく。


な、なぁるほど。上総くんは私がぼんやり佇んで先生たちの邪魔をしているから、移動させてくれたのか。いや、だったら言葉を言ってくれたらすぐにでも移動したのに。と思ったが、私が上総くんの言葉を無視していたからどうしようもなかったのだろう。


上総くんの優しさに罪悪感を抱く。ただ上総くんは気を遣って声をかけてくれたのに、私は自分のことばかり考えて身勝手にも無視しようとしてしまった。


そうだよね、上総くんってそういう子だよね。



「あ、上総くん・・・ありがとう」


「・・・・・・・」


「こ、このまま立ってたら先生たちが困っちゃったね」



いや現在進行形で困らせていたのだけど。


ははは、と乾いた笑いを浮かべながら職員室へ入ろうとしている先生に頭を下げる。先生は私と上総くんをちら、と見ると「いいねぇ」と言いながら去って行った。何がいいねなんだ、と眉を顰めながら先生を見送りながらも、先生の視線が私というよりは『私の肩』と上総くんに向かっていたと気付き、いやぁ!こういうことは美織ちゃんにしてほしいのに!と慌てて上総くんへ顔を向ける。



「か、上総くん!・・・その、・・・手!」


「ああ、ごめん」


「いいえこちらこそです!むしろありがとう」



ひょい、と手を離してくれた上総くんに『いやぁ先生を勘違いさせちゃったなぁ』と思いながら照れて頭を下げる。


だけどぺこぺこと繰り返す私をじっと眺めていた上総くんは、何を思ったかせっかく離した手を今度は頭の上に置いた。おぉい!美織ちゃんの頭に乗せてほしんだよその手は!


だけど生前でも頭を撫でられるなんて経験をしたことがない私がかぁぁと顔を赤くする。その様子を黙ったまま無表情で見下ろす上総くんは、頭の上に置いていた手をする、と下げると私の頬にかかる髪を耳にかけた。


耳にかけた!?



「か、上総くん・・・・?」


「・・・・・・」



そ、そんな優しい手つきで髪触られるの人生で初めてなんですが。と瞬きも忘れて上総くんを見上げる。その様子に上総くんが無表情を崩すと、ふと目元を柔らかくした。や、やだぁ!上総くん可愛いよぉ!


ぷるぷる震えながら『ぜひともその笑顔を美織ちゃんの前で』と心の中で叫ぶ。もちろんその声が聞こえるはずもない上総くんは、顔を真っ赤にしてじっと見上げる私に何を思ったのかは分からないがぷい、と顔を背けた。


あぁごめんなさい、急に凝視されたら誰だって居心地悪くなりますよね。


困らせてしまっただろうか、意味もなく両手を上総くんへと向ける。そうすると、上総くんが一歩後ろに下がった。やだ、嫌われちゃった!?



「か、上総くん・・・・」


「いや、なんでもない」


「そ、・・・そっか・・・」


「そういう顔されると期待する」


「・・・・・期待?」


「・・・・・分かってないならいい」


「は、はい・・・・」



顔を背けたまま上総くんが呟くが、期待とは何のことだろうか。今まで上総くんを飴やチョコレートで餌付けしたことはないので、お礼にお菓子をもらえると期待しているとかそういう馬鹿な話ではないのだろうけど、脈絡が分からないので首を傾げることしかできない。


きょとん、としている私に上総くんが一つため息をつく。それからポケットに両手を入れると、少し屈み込んで私の顔を覗き込んだ。




「職員室に何しに来たの」


「え?あ、・・・いやぁ・・・・」


「・・・・・・」


「あ、えっと!広報委員の委員会がね、今日あるんだけど集合場所どこだったか忘れちゃって。なので先生に聞こうかと・・・・」


「・・・・遠山さんも広報委員なの?」


「え・・・・・」



え、うそ。今私の聞き間違いでなければ、上総くん『遠山さん()』と言った気がする。苦し紛れについた嘘だったけど、とても大事な発言を聞いた気がする。


思わず上総くんにずいっと近づいて見上げる。眉を上げて上総くんの目をじっと見ると、また先ほどのように顔を背けられてしまうので、その背いた方へ回り込みぐぐっと身を乗り出す。その様子に上総くんはふっと笑みを零すと口元を拳で隠してくすくすと笑った。



「・・・・なに?」


「『も』って言った?!『も』って言った!?」


「言ったけど」


「・・・・〜っ・・・・・!」



やっぱり言った。なんだろう、とても嬉しい。やっぱりこの世界の神様は私を見捨てていなかったんだ!これで美織ちゃんと上総くんの甘酸っぱい高校生活がスタートする。私はぎゅっと目を瞑ると嬉しすぎて口元をゆるゆると動かす。


上総くんは私の様子になぜか口元を拳どころか手で覆ってそっぽを向いていたけれど、そんなこと気にならないくらい嬉しかった。


まだここにいてもいいんだと思えたから。


すごいな。やっぱり上総くんはすごい。私が女子に『上総くんのなに』と言われて上総くんどうこうというより存在する意味とは何なのかと悩んで落ち込んでしまったのに、上総くんのたった一言で気持ちが明るくなるなんて。



「上総くんも広報委員なんだねっ?」


「そうだけど・・・・」


「そっかそっか!それは良いと思う!」


「・・・・なんでそう思うの?」


「なんでって、一緒に広報委員でお仕事できるからだよ!」


「・・・・・」


「クラス離れちゃったけど、うんうんやっぱり運命ってあるんだねぇ・・・・っ」



よかったね美織ちゃん!と胸の前で手を握って美織ちゃんの笑顔を思い出す。だけど誰と上総くんが一緒に仕事をできるのか、運命的な出会いをしているのか、その『誰』について説明をしないまま心底喜んでいる私の姿を見た上総くんは、何を思ったか分からないけれど私に腕を伸ばすと再びぽんと頭に手を置いた。


また頭に手を置かれた私がきょとんと上総くんを見上げる、そうすると無表情の上総くんが急に目を細めてにっこりと笑った。そう、にっこりと。口元で弧を描いて優しい目を向ける上総くんに、私は不覚にもきゅんとしてしまう。さ、さすがは主役級キャラクター。



「遠山さん」


「は、はい?」


「俺も一緒でよかった」


「え・・・・・?」


「一緒だと楽しいし、他の女子と違うから」


「上総くん・・・・」


「委員会頑張ろ」


「そっ・・・そうだね!うんうん!私もそう思うよ!!」



お互いに勘違いをしていると気づいていない私と上総くんがなんだかふわふわとした雰囲気を出していると職員室にいる先生たちが感じ、『羨ましい』と思っていたらしいが気づくはずもない。


上総くんが美織ちゃんとの関係性についてとても前向きに考えている!


なんて素敵なんだろうか。もう喜びを通り越して感情が超越する。どうしようとても嬉しい。私がきらきらとした視線を上総くんに向けると、余計に上総くんがほんのり頬を赤らめて微笑むから死ぬほど悶えた。



「おい遠山ドアの前でいちゃつくなー」


「あ、あら丸山先生」



いちゃつくなんて、どういう節穴の目を持っているのだろうか。その目は飾りか。


私はすぐに上総くんから離れると先生に「違いますよ」と伝える。だけどそれを照れ隠しだと思ったのか丸山先生はにやにやしながら私の顔を覗き込む。まぁ、なんて大きなあんパンでしょうか。



「遠山どうした?青春してんなぁ〜・・・」


「先生、違いますよ何か誤解をしています。上総くんは私が職員室を占拠しようとしていたところを止めてくれたんです」


「占拠ってなんだ・・・?あ、そういや遠山のこと上浜が探してたぞ」


「あっ!美織ちゃん!」



そうだ忘れていた。今日は美織ちゃんと上総くんの記念すべき広報委員初日ではないか。こんなところで油を売っているわけにはいかない。


私はすぐに上総くんに振り返ると、胸の前でぐっと拳を握りにこにこと微笑みかける。上総くんも無表情を少し崩すと、目を細める。ああ、その笑顔どうぞ美織ちゃんにもっと見せてあげてください!



「上総くん!早くしないと広報委員の委員会始まっちゃいますよ!」


「うん、遠山さんも行くんでしょ。一緒に行こうよ」


「うん。でも美織ちゃんも一緒に行きましょう!」


「・・・・上浜さん?」


「(や、やだ、上総くんが初めて美織ちゃんの名前を呼んだ・・・・これはやはり運命だ!)」



ぜひとも上浜さんではなくて美織と呼び捨てにしてほしい。そう思うけど、漫画では上総くんが美織ちゃんのことを名前で呼ぶようになるのは付き合ってからだ。ああ、待ち遠しい。もうそこだけ先に始まってくれないだろうか。


そううきうきしながら上総くんを見上げていると、なぜか首を傾げた。無表情からのきょとん顔いただきました。


ああ可愛いなぁ、青春している男子ってなんでこうも可愛く見えるのかしら。とアラサー魂に火をつけていれば丸山先生がまたにやにやしながら私の顔を覗き込む。先生、少し痩せたほうが健康のためにも良いと思いますよ。



「ああ上総、お前も広報委員なのか?」


「そうっすけど」


「じゃあ遠山と上浜のことよろしく頼むな。特に遠山はたまに教室でも挙動不審な時があるから先生も心配なんだよ〜、お前も心配だろ?こいつふらふらしてるし。そのまま誰かに取られちゃうかもなぁ」


「・・・・分かりました」


「上総がうちに入学するってなって教師も浮き足立ったんだけど、お前も中身はまだまだ子どもなんだなぁ〜」


「・・・・そうみたいっすね」



丸山先生の言葉に、上総くんが頭をぽりと掻きながら頷く。そんな上総くんに丸山先生は二重顎に刻まれた皺をより一層濃くしながらガハハと笑うと、私の肩に手を置いてにやにやと笑う。



「遠山も隅に置けないなぁ、入学してからまだ一ヶ月も経ってないのにこんな色男と仲良くなるなんて」


「(そりゃ美織ちゃんとのらぶらぶ生活を私が堪能するためですから)」


「上総は顔だけじゃなくて頭も良いからな、たくさん頼るといいと思うぞ!」


「あ、じゃ、じゃあぜひとも美織ちゃんのことをフォローお願いします!」


「は・・・・遠山?」


「え?」



丸山先生が私の言葉にきょとんとする。それは上総くんも同じで、今の流れからしたらそこは照れるか頷くかしてほしいというような表情をしている。



「・・・・・・」


「・・・・・」


「あ、あれ・・・?」



丸山先生が可哀想なものを見るような目で上総くんを見上げる。上総くんもなんだか私の様子がおかしいことに気付き、頬をぽりと掻く。私は一人きょとんとしたまま二人をぼんやりと眺めた。



「あれだな、上総。こいつは多分時間かかるぞぉ」


「みたいですね・・・・まぁ、でも」


「・・・・・・」



ブレザーのポケットに両手を入れながら、上総くんが私をじっと見る。無表情なのだけど、どこか勝負に挑むようにうきうきしているような気がするのは私だけだろうか。


その瞳を見ていると、きゅんきゅんしてしまうのは美織ちゃんに悪い気がする。


どうしようかな、逸らした方がいいのだろうか。そう思ってもじもじをしている私に上総くんが一歩近づく。そしてポケットに手を突っ込んだままこてんと首を傾げると、不敵な笑みを浮かべた。な、なにそれ格好いい!



「まぁでも、遠山さん相手なら時間かかってもいいかなって」


「・・・・上総くん?」


「なんか見てておもしろいし。今はそれを近くで見られたらそれでいいや」


「上総ぁお前青春してんなぁ!」


「いって・・・・」



ばんっと背中を叩かれ、上総くんが猫背になりながら丸山先生を睨む。その視線に丸山先生が「あぁこわ」とにやにやしながら笑う。だけどその笑い方が嫌なのか、上総くんは気まずそうに私へと視線を向けると、再び無表情に戻って呟いた。



「そういうことだから」


「(どういうことだ・・・・)」


「俺、結構しつこいよ」


「しつこい・・・・いや、上総くんはさっぱりしていて爽やかだと思うよ?」


「ぷっ・・・ははは!遠山いいなぁその感じ!」


「どの感じですか?!二人とも何を話しているんですか?」


「もういいよ遠山さん、行こ」


「え、えぇでも丸山先生が・・・・」


「うん、挨拶だけしておけば」


「え・・・・はい。先生また明日」


「おーまた明日なぁ」



上総くんに背中を押されたまま丸山先生へ振り返って挨拶をする。先生はひらひらと手を振ると職員室に入ってしまったので結局何を言いたいのか分からなかった。


何が言いたかったのだろうか。とぶつぶつ独り言を言いながら上総くんの横を歩く。その私を横目で見下ろす上総くんは、期待していいのか、期待させていいのか、だけど何を言っても勘違いしそうな私に優しい目を向ける。それから無表情を崩して、ニッと口角を上げた。


だけど私はこれから美織ちゃんを連れて一緒に委員会に行く上総くんを想像し、うきうきとしており全く気づかない。ああ、早く美織ちゃんにこのことを報告したいな。自然と足早になって、階段をたたたと駆け上がって行く。



「・・・・・・」



上総くんが遅れて階段を上がる私をじっと見つめる。そのうきうきとする表情に眉を下げて微笑むと、一つ息をついてから歩き始める。


こういうの初めてだな。



その言葉は、誰の耳にも届かなかった。



.

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