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ついに広報委員初顔合わせイベントの日になった。
私は今日のために最近忘れっぽい頭をフル回転させ、イベントでの出来事を思い出す。放課後、広報委員の溜まり場である視聴覚室へと美織ちゃんが向かう。その時ちょうど委員会に向かっている上総くんにぶつかってしまって、その時の上総くんのあまりの美しさに美織ちゃんがぽっと頬を赤らめる。
いや、でももう出会っちゃってるじゃん。
「(私原作変更させちゃったけど大丈夫かなぁ・・・・)」
帰りのホームルームで丸山先生が何かぺらぺらと喋っているけど、全く聞こえない私は頭を抱えたまま机に突っ伏す。大事なイベントを邪魔してしまったような気がしてならない。大丈夫だろうか、ちゃんと美織ちゃんは委員会に向かって上総くんにぶつかるだろうか。
美織ちゃんと上総くんは何度か顔を合わせているけど、一度も美織ちゃんが顔を赤らめるところなんて見たことがない。それはもしかしたら原作にはない場面だったからかもしれないけど、なんとなく嫌な予感がする。
だってこの世界の主人公と相方、全く展開通りの行動しないもの。
上総くんはあんなに好きだったバスケ部に興味ないし、美織ちゃんも立候補するほど入りたがっていた広報委員になろうとしない。それって死活問題だ。二人の甘酸っぱい恋愛が全く繰り広げられずに3年間が終わってしまう。そんなの、せっかくセカンドライフを送る意義を見つけた私としても困る。
「(ハッ・・・もしかして上総くん広報委員になってなかったりしないよね・・・)」
そういえば上総くんが何委員に入っているのか聞いていなかった。私としたことが!毎日一緒に帰っているのだから聞くタイミングなんていくらでもあったじゃないか。
部活を始めた上総くんを毎日美織ちゃんと応援しているが、その都度一緒に帰っているというのに何をしていたのだろうか。現状に甘んじていては乗り気でない主人公と相方は発展しない。
まずい。
私は丸山先生が「じゃあお疲れ様」と言った瞬間、バッと立ち上がり教室を出る。そして隣の教室へと向かおうとすると、そのドアの前に女子が群がっていた。慌てて足を止めたが、一番最後尾にいた女子にぶつかってしまう。
「きゃっ」
「わっ、あ、ごごめんなさいっ」
女子が可愛らしい声を上げてこちらを振り返る。そして私がそこにいるのに気づくと、ぎょっと目を見開いた。すぐに隣の女子に声をかけ、「ねぇあの子」と言っている。それから伝染するように他の女子も私へと振り返る。皆、怖い顔をしていた。
腕を組む女子に睨まれるという、生前でも今世でも体験したことのないシチュエーションに言葉が出ない。
そうしていると一際お洒落に気を使っていそうな女子が私の前に現れる。おそらく先輩だろうその女子は私を爪先から頭の上までじろじろと見ると、ふんっと鼻を鳴らす。そして口紅を塗っているのかとてもぷるぷるとピンク色をしている唇をニヤリと上げた。
「・・・ねぇ、あんた」
「・・・・・・」
「上総くんの、なに?」
なに。なにと言われても『隣のクラスの女子です』としか答えられない。まさか上総くんは漫画に出てくるキャラクターなので今後の展開を危惧し、美織ちゃんと付き合うように日夜奮闘していますなんて言えるはずもない。
なんだかそう女子に言われると、私は上総くんのというより、この世に存在する意味が何なのか分からなくてうまく説明ができなかった。
私はどうしてセカンドライフなんて送っているのだろうか。他にも毎日何人もの人が死んでいく。その皆も私と同じように生前の記憶を持って生まれ変わるのだろうか。でももしそうなら、どうして誰も教えてくれないのか。
やっぱり、私は特殊なのか。
「・・・・ふぅん、答えられないような関係なんだ」
「あ、い、いえ。そういうわけでは」
「じゃあ何なのよ」
あまりにも私が黙り込んだままだったので、女子が苛々したように眉を顰める。その表情に私も慌てると意味もなく胸の前で手をぶんぶんと振った。
だけどそうすればするほど、目の前の女子も、他の女子も顔を歪めていくだけだった。
「・・・・遠山さん?」
「あ、上総くん・・・・・」
ドアの前で女子が騒いでいると上総くんのクラスも気づいたのか、女子からしたらお目当ての上総くんがひょいとドアの枠に手をかけながら現れる。今まで私をじっと睨んでいた女子たちも、突然現れた上総くんに驚いてパッと顔を明るくするとそちらへ振り返りにこにことしている。
私も上総くんと目が合う。だけどどう声をかければいいのか分からなくなる。
私はただのモブ的存在だけど、本来なら漫画の舞台にも出て来ないような存在だ。それが、漫画の主要人物である上総くんと話しをするのは、どうなんだろうか。それって必要な要素なのだろうか。
私って、存在するだけで漫画の世界の邪魔になるんじゃないだろうか。
物語通りにならないからって、バスケ部に入ろうとしない上総くんを無理やり応援すると言って入部してもらったり、広報委員に興味のない美織ちゃんを推薦したりするのは、本当はこの世界にとったら意味のないことなのかもしれない。その通りにならなくても、誰も困らないのかも。
「(・・・上総くんも本当はそう思ってるのかな)」
漫画の上総くんは淡白だけど、基本優しい人だから私の我が儘を聞いてくれているだけなのかもしれない。本当はバスケ部なんて入りたくなかったのかもしれない。
上総くん、私のこと本当は面倒だと思ってるんじゃないだろうか。
そう考えたら、とても悲しくなった。美織ちゃんの未来の彼氏ということを抜きにしても、今目の前でしっかりと生きている『キャラクター』ではない上総くんに嫌われたら、それはそれですごく悲しいと思った。だって、上総くんは本当に生きている。心臓も動いている。本当に生きているんだ。
ただのキャラクターだなんて、もう思えないよ。
「遠山さん、」
「あ、上総くんこんにちは。わ、私先生に呼ばれてるので失礼します」
「待っ・・・・・」
「ねぇ上総くん、あの子上総くんの何なの?もしかして付き合ってるの?」
お洒落な女子が上総くんに歩み寄り、ぷるぷると艶のある唇を強調するように指を添えてにっこりと笑う。そして横を通り過ぎようとしている私をじろ、と睨む。他の女子もじっとこちらを見る。その視線全てが『お前はなんでこの世界に存在しているんだ』と異分子を嫌うようなものに見えて怖くなった。
女子と私を見た上総くんが、私の表情から女子に怯えていると気付き眉を顰める。そしてはぁ、と小さなため息をつくとポケットに入れていた手を取り出して頭を掻いた。
「遠山さんは・・・・なんでもない」
「・・・・・・」
なんでもない。そう上総くんに言われた瞬間、存在自体を否定されたように感じてしまう。い、いやぁやっぱり上総くんってきっぱりと発言するよね。それが短所だとは思っていないけど、だけど今はそう言われるとーーー
「(はは・・・悲しい・・・・)」
「・・・・なぁんだ、てっきり私上総くんの彼女だと思っちゃったっ」
「・・・・・遠山さんは」
「あ!私、もう職員室行きますねっ」
もうこれ以上上総くんの顔も声も聞いていられなくて、私は頬を引きつらせながら笑顔を女子と上総くんに向けるとそそくさとその場を後にしてしまう。
上総くんがその時何かを伝えようと手をこちらに伸ばしていたような気がするが、これ以上傍にいるとセカンドライフなんて言って好き放題をしている自分の存在をやっぱり邪魔だと思っているのではないかと考えてしまうので、気づかないフリをしてそのまま廊下を進む。
その様子を女子たちは嬉しそうに見送り、上総くんはやはり眉を顰めながら眺める。
「・・・・・・」
上総くんがお洒落な女子に視線を落とす。そうすると女子がぽっと頬を赤らめる。だけどその冷たい視線に驚いて頬をひくひくと引きつらせた。
上総くんがドアの枠に寄り掛かり、腕を組む。そして無表情のまま、目を細めて呟いた。
「邪魔すんなよ」
「・・・・か、上総くん?」
「遠山さんとは何でもないけど、少なくともあんたよりは近い存在だと思ってる」
「・・・・・・」
「俺から名前聞くのは遠山さんだけだから」
「・・・・・・!」
それだけ言うと、一度上総くんは教室へと戻り自分の机へと向かいカバンを引ったくって相田くんに何か伝える。その時の表情に相田くんが「りょ、りょーかい」と言いながら驚いて固まる。無表情の中に苛立ちを含んでいると気づいたから。
再び女子の前に佇む。そしてずらりと並んだ面々を見下ろした後、無表情を崩しニヤリと笑った。その微笑みに女子がぽっと頬を赤らめる。
「・・・今なら分かる」
「か、上総くん・・・・?」
「あんたらの気持ち。俺にそういうこと期待してんだろうけど」
「・・・・・」
「俺も遠山さんに期待してる」
上総くんの彼女になりたいと、こうやって顔を合わせれば覚えてもらえるかもしれないからと期待してそういう目で見ていることを知られた女子がかぁぁと顔を赤くさせる。その表情を一蹴し、上総くんは私にそういう状況になればいいと期待すると言う。
女子が悲しい、と眉を下げて上総くんを見上げる。そして一握りでも可能性が残っているなら、と身を寄せると苦しそうに呟いた。
「・・・・で、でもあの子は上総くんの彼女じゃないんでしょ?」
「・・・・そうだよ」
「あ、あの子だって上総くんのこと何とも思ってない感じだったじゃん」
「・・・・・・」
「上総くんのこと気になってるんだったら、あんな素っ気なく帰らないじゃん」
「それでもあんたたちだって、諦めずに俺のとこ来るじゃん」
「・・・上総くん・・・・」
「俺だって諦めないだけだよ」
「・・・・・」
「今は彼女じゃなくても、これからもそのままでいようとは思わない」
どいて、と言って上総くんが教室から出て行く。その後ろ姿に女子が顔を青ざめる。だけど次第に体をふるふると震わせると、抑えきれない感情が爆発するように顔色を変え真っ赤にしながら叫んだ。
「・・・っいい!なんかすごくいいっ!」
「なによあの可愛い顔!諦めないってなに!」
「誰かに執着する上総くんの顔初めて見た!」
「やだ・・・上総くんはみんなの上総くんなのに・・・・!」
「私も諦めないで彼女になりたーい!」
きゃっきゃと騒ぐ女子を、教室の中で机に頬杖をつきながら眺めていた相田くんが乾いた笑いを浮かべる。
おいおい、煽っただけだぞ上総。
今後の展開を考え、上総くんに何か助言をしたほうがよさそうかと相田くんがため息をつく。そしておそらく私を追いかけようと出て行った上総くんの先ほどの言葉を思い出す。
「(『お前今日も遠山さんに声かけるなよ』とか・・・一丁前に俺のこと牽制してる暇があるならちゃんと遠山さん捕まえておけよ)」
あの子はなかなか手強いぞ。
そう、上総くんを前にしてもどこか別のものを見るように言葉が噛み合わない私を思い出して相田くんが呟く。いつだって女子を選び放題だというのに、どうして『選択肢に入ろうとしない子』を選ぼうとするのか相田くんは分からなかった。
「はぁ〜あ・・・・そういうこと言われると、余計に欲しくなるんだっつーの」
頬杖をついたまま相田くんが窓の外を見る。
そして、花が散り若葉をその身につけはじめた桜の木を眺め、『俺は散りたくねぇな』と思ったようだけど、職員室に行くと言ってしまった手前意味もなくそちらへ向かう私と、その私を追いかけて階段を降りている上総くんには届かなかった。
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