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「美織ちゃん、委員会何に入るの?」


「うーん・・・まだ悩んでるんだぁ」


「そっか、ね?広報委員とかいいんじゃないかなっ」


「え・・・広報委員?」



入学式を終えて少しずつ新一年生が学校に慣れ始めた頃、ついに私が待っていたイベントが始まろうとしている。


クラス担任の丸山先生が次のホームルームで委員会決めを行うからか、黒板に委員会一覧を書いていく。その『広報委員』の文字をうっとりと眺め、美織ちゃんの横へと並ぶときゃっきゃと胸の前で手を合わせて声を掛ける。


私が広報委員がいいのでは?と伝えると、美織ちゃんが二重瞼をぱちぱちと瞬かせる。んもう!本当は入りたいんでしょう?だって美織ちゃんのお母さん、元新聞記者だもの。その姿を思い出し、美織ちゃんも広報委員に入り新聞を書きたいと思うのだ。


にこにこと美織ちゃんを見る。今日も朝からパックをしたのでぷるぷるの肌とリップをつけた血色の良い唇を見て美織ちゃんがぽっと顔を赤らめる。そうよねそうよね、遠山はじめって可愛いよね。と他所で思った。



「うーん・・・・でも、他の委員会もいいかなって」


「えっ」



な、なぜ!?私はぎょっとして美織ちゃんを肩を掴む。そうすると驚いたのか美織ちゃんが目を見張りながらこちらを見るが、いやあなた何言っているのと慌てている私はそのまま凝視する。


どうして上総くんも美織ちゃんも物語と違うことしようとするの?


ここって漫画の世界だよね。だからあなたたちがいるんでしょう?あなたたち漫画の主人公だけど。なんで展開通りの行動してくれないんですか!?



「ど、どうして?広報委員、興味ない?」


「うーん・・・興味ないわけではないんやけど」


「え?あ、で、でもこの学校には新聞部はないよ?」


「え・・・・?新聞部?」


「(うわまずい、また早まった・・・・)」



漫画の中には新聞部は存在していない。代わりに委員会が運営しているとすでに漫画から情報は入手している。まだ美織ちゃん本人からお母さんが元新聞記者と聞いていない時点で新聞部の話を出したから美織ちゃんが首を傾げている。


私はおろおろとしながら美織ちゃんから視線を逸らす。そして生前の30年で培った言い逃れスキルを発揮しようと手を振ってへらへらと笑う。



「あ、ほら最近東京の学校だと新聞部流行ってるらしいからさ、美織ちゃんもそうなのかなって」


「え?そうなの?東京の高校はすごいんやねぇ!」


「う、うん!今や情報発信とかってすごいじゃん?SNSとかさ、だからそういうの興味ある子多いみたいだよ」


「そうなんや!実は私のお母さん元新聞記者で、格好いいなぁって思ってたんよ」


「うんうん!だったら美織ちゃんも広報委員に入って新聞書いてみたら?」


「ええねぇ!ならはじめちゃんも一緒の委員会入ろうよ!」


「え?・・・私はいいや」


「え・・・・・?」



私まで新聞部に入ってしまったら美織ちゃんと上総くんの姿に毎回悶えて邪魔になってしまう。そりゃ間近で二人がいちゃいちゃするのを見られるから死ぬほど入りたいけど、二人の邪魔はしたくない。なので私は委員会に入らないと伝えると、美織ちゃんが一気にしゅんとした。子犬みたいで可愛いなぁ。



「はじめちゃんは私と同じ委員会に入るん嫌なの・・・・?」


「(かっ・・・可愛い・・・・!)」


「一緒だと嬉しいなぁ・・・・」


「・・・・・・わ、私実は他の委員会から声かかってて・・・」


「え・・・・・」


「だから、そっち断るの申し訳ないんだ・・・ごめんね・・・」


「・・・そっか・・・・・」


「(ごめぇぇん美織ちゃん・・・っ!)」



その場にいたいけど、見たいけど一応私モブだから邪魔はしたくないんだ。


しゅんとしている美織ちゃんに申し訳ないと思いながらも、そろそろホームルームが始まりそうなので席に戻る。丸山先生が声をかけ、委員会決めを始める。人気の委員会から生徒が手をあげてジャンケンをしていく。


そして広報委員の番になると、活動内容的にボリュームがあると気づいたのか誰も手をあげようとしない。美織ちゃんも先ほどのことがあるので、なかなか手を上げづらいようだ。


でもそれでは困る!



「はい」


「おー、えっと・・・」


「遠山です」


「遠山か、おう遠山よろしくな。広報委員入ってくれるのか?」



丸山先生が私の名前を名簿で確認しながらにっこりと笑う。私もにっこりと笑って頷くと、そのまま美織ちゃんへと視線を向けた。ごめん美織ちゃん。


これも物語のためですから。お願いなので入ってください。



「上浜さんが委員会気になっているみたいです」


「えっ・・・・」


「おー上浜興味あるのか?」


「あ・・・え、と・・・・・」



私の発言に美織ちゃんがおろおろとしている。だけどごめん、私は少女漫画の展開通りになってもらうためなら鬼にでもなろうとしているので、これだけは引けない。何がなんでも広報委員に入ってもらいます。


だって、ここは少女漫画の世界なんでしょう?


にこにこと美織ちゃんを見つめる。その視線に拒絶は許さないと感じたのか、美織ちゃんが助けを求めるように丸山先生を見る。丸山先生も私の有無を言わなさい笑みにゾッとすると、こほんと咳払いをして美織ちゃんへ声をかけた。



「興味があるなら、体験だけしてみるか?明後日委員会があるから」


「は、はい」


「その時は遠山もついていってやれ〜」


「えっ」


「いやお前が推薦したんだから連れて行ってやれよ」



ケラケラと丸山先生が笑う。他の生徒もくすくす笑いながら私を見た。


とりあえず、広報委員の最低人数を超えたということで丸山先生が次の委員会について説明をしていく。漫画ではこの時美織ちゃんが『やったぁ』とガッツポーズを決めるのだが、美織ちゃんは私を見てへら、と笑うだけだった。なぜだ!


どうして物語通りにならないんだ?もしかして、物語を知っている私がいるから世界軸が歪んでしまっているのだろうか。もしそうなら困る。私がいることで世界が歪んでしまったら、私は少女漫画をこの目で現実に見ることができない。



「(なんのためにセカンドライフを楽しむのか分からなくなっちゃう・・・!)」



ただの遠山はじめではなく、漫画の世界に迷い込んだ遠山はじめだと気づいたので、私はしっかりとモブとして見守りたいと思っている。なのにそれを世界軸は拒んでいるのだろうか。だ、だったら私はどうしたらいいのか。少女漫画通りにならない二人にやきもきしていればいいのだろうか。


そ、そんなの無理だ。


いつの間にかホームルームが終わり、皆部活に行ったり帰宅しようと会話をしながら教室を出ていく。私は思い通りにならない状況に絶望し、机を見ながら項垂れる。


そうしていると美織ちゃんが眉を下げながらこちらにやってくる。カバンを持っているので、もう帰るのだろう。私は顔を青ざめたまま美織ちゃんを見上げる。その表情にぎょっとした美織ちゃんが慌てて私の肩に触れた。



「はじめちゃん、大丈夫?」


「う、うん・・・ちょっと絶望してただけ・・・・」


「(絶望ってちょっとするものじゃないと思う・・・)」


「・・・美織ちゃん・・・広報委員やりたくないの・・・?」


「・・・・・・」



やってほしいけど、もし本当に美織ちゃんがやりたくないのなら無理強いさせるのはアラサーとしても申し訳ないと思う瞬間は1秒くらいはある。それにもしかしたら別の展開で広報委員に入るのかもしれない。私が後押しをするまでもなく、何か少女漫画的展開で任命されるのかもしれないし。


おろおろと美織ちゃんを見上げる。するとその弱々しい私の表情に美織ちゃんが『可愛い』と呟いた。いや可愛いのはあなたです。なんたってこの世界の主人公なんですから。



「はじめちゃん」


「・・・・・・・」


「広報委員、興味あるのはあるんよ」


「・・・・・」


「でも一人だと心細いし、なかなか勇気でなくて」


「・・・・・」


「だからはじめちゃんに推薦してもらえたことは嬉しい」


「美織ちゃん・・・・」


「でも、だからこそ一緒にはじめちゃんにも委員会に入ってほしいんよ」


「(いやでも私邪魔しちゃうから・・・隣ではぁはぁしてたら気持ち悪いでしょ・・・)」


「私っ、はじめちゃんと友達になれてすごく嬉しかったから!」


「美織ちゃん・・・・・」



拳を握ってこちらを見る美織ちゃんが輝いて見える。いや、やっぱり主人公って蛍光灯の明かりだけでもきらきら輝いちゃうんだね。と意味の分からないことを考えながら美織ちゃんの意志の強い目を見て感激する。



「東京の学校ってだけで緊張してたんやけど、掲示板の前で私のこと助けてくれたはじめちゃんのこと尊敬してるんよ。他の子はまるで私のことなんて気づかなかったのに、はじめちゃんは私を見つけてくれた。だからはじめちゃんと友達になれて嬉しいんよ」


「(めっちゃ良い子・・・・っ)」


「だから・・・できれば3年間一緒にいてほしいっ」


「うんっ・・・・いる!一緒にいる!」


「ほ、本当?」


「うん、一緒にいるっ」



そして私に二人のいちゃいちゃ生活を見せてください。とまでは伝えない。だけど私が口を手で覆い隠してこくこくと頷くと、くりくりとした目をぱちぱちさせて美織ちゃんがぱぁっと花が咲くように笑う。い、いやぁもう眩しくて見ていられない。


主人公最高!とぷるぷる震えながら見ていれば、美織ちゃんが私の机に手をついてこちらを見る。その真剣な目にどきっとしてしまう。さ、さすが主人公。



「だったら、やっぱり私と一緒に委員会入ろ?一緒の方が楽しいよ!」


「え・・・・でも・・・・」


「体験からでもいいみたいだし、次の委員会一緒に行こうね!」


「・・・・・・」



どうしても私と委員会に入りたいらしい美織ちゃんに『私好かれてるなぁ』とアラサーの心が震える。いや、一応この世界に来てから16年経っているのでアラサーではないのだけど、死んだ時はまだ29歳だったから、まだアラサーでもいけるはず。


誰にも理解してもらえないようなことを考えながら、美織ちゃんを見上げる。その真剣な眼差しに『嫌です』とは言えない。とりあえず体験だけして、やっぱり私は向いていないと伝えればいいか。と思い直し、こくんと頷くと美織ちゃんがぱぁっと顔を明るくした。



「よかったぁ!ほんなら次の委員会一緒に行こうねっ」


「(可愛いよぉ・・・・)」



いつまでも見ていられる可愛さに目頭を押さえてこくこくと頷く。


そうしていると、まだ教室に残っていた女子がわぁと歓声を上げた。なんだろう、と女子を見ると皆ドアの方へ視線を向けている。なので釣られてドアを見れば、そこにはなぜか上総くんが立っていた。



「遠山さん、帰ろ」


「え・・・・・」


「え?上総くん、どうして遠山さんのこと知ってるの?」


「帰ろって、遠山さんと一緒に帰るの?」


「二人って付き合ってる系?」


「(ちっがーう!!)」



上総くんが私の名前を言ったところでぎょっとした女子がこちらへと視線を向ける。それは女子だけでなく美織ちゃんもそうで、私と上総くんを何度もきょろきょろと見ていた。


違う違う。私と上総くんが付き合うのではなく、美織ちゃんが付き合うんです。


私はやれやれと意味もなく顔を横に振ると、女子を勘違いさせている上総くんへと歩み寄り、にっこりと微笑んだ。というか毎日声かけてくれなくてもいいのです、上総くん。



「・・・・・?」



私が急ににっこりと笑ったので、上総くんがドアに寄り掛かりながら首を傾げる。その仕草に女子が『か、格好いい』とか『可愛い』とか言っている。そうだろうそうだろう、美織ちゃんの彼氏になる人は格好いいんだよ。歩いているだけで女子の目を奪ってしまうような人なんだよ。



「・・・・遠山さん?」


「あ、・・・いや・・・・」


「なんで笑ってる?」


「ゔ、」



上総くんがポケットに突っ込んでいた手を出すと、徐に私の頬を抓る。そのまま上下に何度か揺らすと私のパックによって柔らかくなった頬がふにふにと動く。無表情のまま上総くんがじっと私の頬を見ながら繰り返しやっているので、女子がまたざわざわとし始めた。


慌てて上総くんの手を外すと、一度美織ちゃんへと振り返る。何やってるんですか!早く止めないと主人公なんだから!


だけど私の思いは届かないようで、なぜか美織ちゃんは私のカバンを机から持って来るとにこりと微笑んだ。



「はい、はじめちゃん」


「(・・・・何が『はい』なのでしょうか)」


「頑張ってねっ」


「(ちが・・・・違うんだよ美織ちゃん・・・)」



何を頑張るのか。違うよ美織ちゃん。そこは『私も一緒に帰っていい?』って言わないと。そして私が言うんです、『あ、私用事思い出したから二人で帰って』と。そして二人は仲睦まじく帰宅するんだ。そうだ、そうならなきゃおかしい。


あ、でも二人が出会うのってまだ先だ。


物語よりも前に上総くんと美織ちゃんが出会ってしまった。今も二人が目を合わせて何か言葉のない会話をしている。いや、会話をしてくれるのは嬉しい。そしてそのままゴールインしてほしい。



「(これは・・・今チャンスなのでは・・・)」



そろそろ、とその場から離れようとすると、上総くんと美織ちゃんがこちらを見る。なんで、今までちゃんと二人で見つめあっていたじゃないか。


なぜか美織ちゃんが私の後ろに回り込み、両肩を掴んで上総くんへと近づく。そしてにっこりと微笑むといつもより低い声で美織ちゃんが上総くんに声をかけた。



「上浜美織です」


「・・・遠山さんから聞いた」


「私、はじめちゃんと仲良くさせてもらってるんです。それはもうとても仲良く」


「・・・・・・」


「本当は私がはじめちゃんと一緒に帰ろうかなと思っていたんですけど、仕方ないので譲ります」


「・・・・・」


「仕方ないので、すごく悔しいけど譲ります」


「・・・み、美織ちゃん・・・・?」



何か黒いものを背中に抱えていないだろうか。どうして、この世でたった一人の運命の人を目の前にしているのに、どうしてそんな仄暗く微笑むのか。


上総くんは無表情のまま美織ちゃんを見下ろす。そ、そうか。物語が始まる前だからきっと二人とも意識していないんだな。大丈夫、委員会が始まったら自然と距離が縮むから。お姉さん、そう信じてるから。


にこにこと胸の前で手を合わせて二人を見つめる。だけどその表情を見た二人はまるでこちらの様子を理解していないと揃ってため息をついた。あら、二人とももう似てきているね。すっごく嬉しいです!



「・・・・行くよ」


「え?あ、み、美織ちゃんも」


「・・・・遠山さんだけでいいよ」


「え・・・えぇ?美織ちゃんは?美織ちゃんは?」


「いらない」


「(ひぇぇぇ・・・・・!)」



いらない、なんてそんなきっぱり言わなくてもいいじゃないですか。私は衝撃の発言に顔を青ざめる。そんな、主人公をいらないなんて相方が言っていいセリフじゃない。


おろおろと上総くんに手を伸ばし発言撤回を訴える。だけど上総くんは私の腕を掴むと、一度じっと美織ちゃんを見下ろした。美織ちゃんもにこりと微笑むと私に手を振る。その時の表情はとても主人公のものとは思えないような黒いものだった。



「また明日ね、はじめちゃん」


「あ・・・美織ちゃ・・・・」


「明日はずっと一緒にいようねっ、私たち同じクラスだし」


「美織ちゃん・・・・」


「行くよ」


「美織ちゃーん・・・・っ」



手を引く上総くんよりも美織ちゃんに手を伸ばすけど、ただ美織ちゃんは手を振って見送った。見送っちゃだめでしょう!一緒に帰ろうよ!


私の訴えは虚しく拒絶される。とぼとぼと上総くんの横を歩いていると、廊下ですれ違った女子がきゃっきゃと騒いでいるが、上総くんはまるで目に入らないとポケットに片手を突っ込み、もう片方の手で私の腕をしっかりと握っている。



「・・・・・・」


「・・・・・」



バスケ部だから、とかそういうことを抜きにしても上総くんの手は大きい。だけど指は細いのか、すらっとしている。その指がするすると腕を流れ、私の手首を掴む。その時、上総くんが何かに気づいたように私へと顔を向けた。


私も急にこちらを向かれたのでぎょっとして上総くんを見上げる。ああ、黒髪短髪ってそれだけで尊いよね。とさらさら流れている前髪をぼんやり見てしまう。上総くんはこちらを見下ろした際に流れた前髪を鬱陶しそうに整え、頬にある髪を掴むと耳にかけた。ああ、美しい。


それから私の手首へと視線を戻し、にぎにぎと触った。



「・・・・・・」


「・・・・あの、上総くん?」


「・・・・細い・・・」


「あ、ああまぁ手首だしね。上総くんも細いでしょ?みんなそうだよ」


「いや、俺のより細いよ」



そう言って、廊下を進んでいた上総くんが足を止める。それからポケットに突っ込んでいた手を出すと、手首が見やすいように腕を一度上げてシャツをずらす。


そうすると上総くんの手首が私の目の前に現れる。わ、わぁ漫画でしか見たことのなかった上総くんの手が目の前にある。すごい、セカンドライフ最高です。


私の腕を引いて手首を見合わせる。どうしてもその時上総くんに近づいてしまって、ふんわりと柔軟剤の匂いが鼻に届いた。



「ほら」


「え、あ、う、うん。男らしいね」


「・・・・・」


「私も運動したらそれくらい太くなるかな」


「・・・・・ならなくていいんじゃない」


「・・・・・・」


「握りやすいし」



ニッと笑って上総くんがこちらを見る。ああ、さすが主人公の相方。無表情からの微笑いただきました。


だけどできればその笑顔、美織ちゃんに見せてほしかったです。と内心涙を流す。だけどこちらの気持ちなど分かるはずもない上総くんは、もう一度私の手首を握り直す。そして指が一周する様子をじっと見た。



「・・・・・・」


「・・・あの・・・・」


「強く握ったら折れそう」


「いやいや、折れないよそれくらいじゃ」


「・・・・・・」



上総くんは黙ったまま手首を見る。だけどそれにも飽きたのか、すぐに手を離すとそのまま長い足を動かして廊下を進んでいく。


なかなかついてこない私に上総くんが振り返る。ポケットに両手を突っ込み、廊下の真ん中に立つ姿に通りすがりの女子がきゃっきゃと騒ぐ。うんうん、そうだね、格好いいね。


早く美織ちゃんとくっつけばいいのに。そう思いながら女子の歓声を集める上総くんをぼんやりと見つめる。その視線に上総くんが無表情を崩して、ふわりと微笑んだ。や、やばい。その笑い方はやばい。



「遠山さん」


「は、はい」


「早く帰ろ?」


「は、・・・・はい」



こちらが歩き出すまでそのまま廊下の真ん中で待つらしい上総くんに急いで駆け寄る。そうすると通りすがりの女子が『あの二人って付き合ってるの?』と言う。もうあなたたち恋愛漫画のキャラだからって何事も恋愛に繋げようとしないでほしい。


上総くんは、美織ちゃんのものなんだって。


上総くんに追いつく。それをぼんやりと見ていた上総くんは最後に目を細めたあと、私の背中を押して歩き出す。



「(いやなんで上総くんと私一緒に帰ってるんだろ・・・というか毎日じゃない?)」


「・・・・そういえばバスケ部に入部届出した」


「あっ!そうなんだ!よかったねぇ」


「いつでも応援しに来ていいから」


「あ・・・・そうだったね、うん、応援しに行く」


「明日から部活。見に来たら?」


「・・・・じゃあ美織ちゃんと行く!」


「・・・・・・・」



微妙な距離感で歩く私と上総くんを見送る女子たちがその日から慌ただしくなったのだが、その時の私はまるで気づいていなかった。



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