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遠山家の次女、遠山はじめは祖父により命名されたらしい。


私の上には兄と姉がいて、その時も祖父が命名したようなのだが祖父はもう女の子なのか男の子なのか分からない上で考えるのに疲れ、男女関係なく使えると思った『(はじめ)』にしようと考えたらしい。ただ母が『一』だと男の子っぽいと思い、ひらがなの『はじめ』にしたそうだ。


どうして3番目に生まれたのに『はじめ』なのかと祖父に聞いたら、『そんなの気分だ』と言われて悲しくなったのを覚えている。


とにかく、私は生まれ変わって『遠山はじめ』として生きていく必要があるらしい。



「とーやまはじめですっ」



まだまだやりたいことがあった人生ではあるが、死んでしまったものは元に戻せないので新しいセカンドライフを楽しむことにした。父と母は私を可愛がり、兄と姉とは毎日喧嘩をしている。祖父もたまに家にやってきては私と怪獣ごっこをしてくれるので、私は孫らしくきゃっきゃと楽しむ。


平日は幼稚園に通い、土日は家族でドライブに出かけたり、海に行ったりと忙しい。それでも童心に帰って幼稚園児とクレヨンで絵を書いたりしていると、自然と私も『遠山はじめ』になりきれていると思った。


そして、以前の私ではできなかったことをたくさんしてやろうと思うようになった。


小学校に入ったら、ボーイフレンドというものを作ってみた。中学校に入ったら、修学旅行で男子の部屋に行って先生に怒られてみた。遠山はじめはあまり体が強くないようなので部活も体育会系には入らず、図書部とか放送委員とか興味はあったけど私には向いていないと感じて避けていたものにも率先してトライしてみた。



「(なかなか楽しいじゃないか・・・・)」



できなかったことをやるって、とても楽しい。先輩に殺されてセカンドライフを手に入れたという意味ではあまり心から喜べないけど、それなりに遠山はじめは人生を楽しんでいた。


中学校卒業と同時に彼氏と別れ、死ぬほど泣いた日は辛かったけど。



「はじめも今日から高校生か・・・お父さん胸がいっぱいだよ・・・」


「はじめ、お友達たくさん作るのよ」


「はーい」



桜が舞い散る中、家から近いからと決めた高校の前で父が何枚も写真を撮る。その様子を同じく入学式に参加するために集まった人たちがくすくすと微笑みながら見るのでとても恥ずかしくなる。


すぐに父からスマホを奪うと、電源を消して父のスーツのポケットに入れた。そんな私に眉を下げながら笑うと、始めて見上げた父よりも皺が少し増えていることに気づいて、ああもうそんなに年月が流れたんだなぁと思った。


本当の私は、今年で45歳になる。本来なら父よりも年上のはずなのだけど、セカンドライフの父は今目の前の人なのであまり気にしないことにしている。だけど時折私がティーンエイジャーとは思えないような発言をするので驚くこともしばしばあった。なので気をつけている。



「入学式に参加する生徒はこちらでクラス表を確認してくださーい」



おそらく先輩だろう人が声をかける。私はまだ着なれないブレザーに居心地の悪さを感じながらも父と母から離れて手を振る。


もう、セカンドライフも16年目。そろそろ自立しても良い頃だし。


いつまでも父と母に頼ってばかりではいけないからと、一人で校門を抜けて掲示板へと向かう。その様子と父と母が少し寂しそうに眺め、二人は先に入学式が行われる体育館へと向かって行った。


私も掲示板の前まで行き、他の生徒と同じようにクラス表を眺める。その時前に立っていた男子生徒が急にこちらを振り返るのでどん、と肩が当たる。驚いて男性生徒を見上げれば、「あ」とほんのり頬を赤らめた。


言っておくが、遠山はじめは可愛い。


睫毛の長い父と顔の小さい母の遺伝子を受け継いだからかもしれないが、本当の私が30年の人生で培った健康生活と出版社で働いていたということもあり美容系の知識は豊富ということも相待ってお肌のお手入れには気をつけている。せっかくいただいたものだから、それを生かさなくては意味がない。


今日も朝からパックをしたし、化粧も少ししているからそこらへんの体育会系女子よりかは可愛いはず。そう、以前の私と比べたら雲泥の差である。セカンドライフ万歳。



「あ、す、すみません」


「いいえ」



にこり、と愛想笑いを浮かべると男子生徒が恥ずかしそうに頭をぽり、と掻いてそそくさ走り去っていく。ふふふ、遠山はじめは可愛いんだよ。と他人事のように考えながらご満悦の笑みを浮かべる。それからクラス表へと視線を移すと、やっと自分の名前を見つけた。どうやら私は1ーCらしい。


同じ1ーCの人の名前もざっと見る。全員で40人くらいいるだろうか。まだ自己紹介をしていないので名前だけでは顔が分からないけど、いじめのない健全なクラスだといいなと思ってその場から離れようとする。


だけどクラス表ともなれば一種のイベントなので新一年生の面々がわらわらと掲示板の前に集まってしまい、なかなか抜け出すことができない。



「(ティーンエイジャーの熱気ってすごいな・・・)」



すいません、すいませんと何度も頭を下げて後ろへと移動する。そしてやっと外に出られたと息をつく。乱れたブレザーを整え、セカンドバックを抱え直しクラスへ向かおうと校舎へ顔を向ける。


だけどその校舎が隠れるほど背の高い男子が現れた。男子もクラス表を見るために掲示板の前まで来たようだけど、背が高いのでそこまで困っていないらしく私の横でじっと眺めている。


わぁ背が高いなぁ、と八等身くらいある生徒を足下から頭まで眺める。い、いかん。出版社の時の癖で良い素材を前にするとどうしてもじっと眺めてしまう。慌てて顔を逸らそうとしたのだけど、それよりも前に男子がこちらの視線に気付き顔を向ける。


息が止まるかと思った。



「(え・・・・え・・・・?)」



私が生前読み終えられなくて悔しい思いをした少女漫画に出てくる男の子は、長身黒髪短髪だった。昔から理想のタイプがそうだったので、とてつもなく魅力的な男の子に胸を打たれたほどだ。


その男の子に、似てる。


すらっとした男の子は黒髪短髪。襟足から細い首が覗いていて、体格的にブレザーがとても似合っている。足も細いしパンツが引き締まったそれを余計に強調しているように見える。まさにモデル体型だ。


いやいやまさか、こんなあの漫画に似た子がいるとは思わなかった。私は驚いたまま男の子を見上げる。するとあまりにも凝視されたからか、男の子が「んー」と呟く。



「あ、・・・や、・・すみません」


「いや・・・別に・・・・」


「すみませんでした!」



体育会系女子魂はまだ健在のようで、すぐに頭を下げて謝る。バッと頭を下げる私に男の子が目を見張りながら固まる。いやもう何をしても驚かせてしまって申し訳ない。


これ以上驚かせたくないとその場を離れようとする、だけど男の子は何を思ったか私の腕を掴むと引き止める。え、えぇ!?なんで。



「・・・遠くて見えないから、名前見てほしいんだけど」


「え・・・え・・・?」


「見て、俺の名前」


「え・・・・・」


「俺の名前『上総一玖(かずさ いく)』」


「は・・・・・」



その名前を聞いて、私は一気に顔を青ざめる。いや、おかしい。おかしすぎて意味が分からない。


どうして漫画の男の子と同じ名前なんですか。


ゆるゆると唇を震わせたまま男の子を見上げる。先ほどまで恥ずかしそうに顔を赤らめていた私が、急に青ざめたことに男の子が首を傾げる。ああ、ああその首の傾げ方まで漫画と同じだ。無表情だけど仕草が可愛いとアラサーの中で評判だった顔が目の前にある。



「・・・・聞いてる?」


「あ・・・え、・・・はい」


「人多すぎて見えないんだけど」


「(いや、あなただけ特出して背が高いので見えるのでは)」


「・・・・・・・」



黙ったまま私を見下ろす男の子に拒否権などないのだと気づく。まだ私の腕を掴んだままだし、本当に名前を探さないと解放してもらえなさそうだ。


私はぐっと背伸びをしてクラス表を見る。というか、そんなことをしなくてもこの男の子のクラスは知っている。なんといったって、漫画で知っているのだから。


だけどまさかあなたの名前知ってるんですよ、そしてこれから何が起こるのかも知っているんです。すごいでしょう?なんて言えないので、確認したフリをして男の子を見上げる。



「い・・・1ーBみたいです」


「・・・・そう」


「はい」


「そっちは?」


「へ?」


「そっちは1ーB?」


「いえ・・・1ーCです・・・・」


「・・・・・なんだ」


「・・・・・・」


「一緒かと思った」


「(え、・・・え?)」



どうしてそこでつまらなさそうにするのだろうか。あ、でもそうか今日入学式だし今のうちに新しい友達を作っておきたかったのかもしれない。


ふい、と顔を背けて私から手を離す。そしてその手をポケットに突っ込むと、私へと向き直る。真正面から見ると背が高いだけではなく、体格も良いのでまるで壁のように見えた。


その男の子が少しだけ屈み込んで、私をじっと見る。顔の小さい男の子に私がどきどきとしていると、漫画のようにふっと微笑む。ああ、この無表情からの微笑みにどれだけのアラサーが悶えたか。



「名前は?」


「・・・・え・・」


「名前。教えてよ」


「・・・遠山はじめです・・・」


「・・・・そう」



小さく呟いて、男の子は私の横を通り過ぎていく。すらりとした男の子に、新一年生だけでなく入学式に参加する先輩女子までもが目を奪われている姿に、ああこれぞ主人公の相方と他所で思った。


その男の子が何かを思い出したようにこちらへと振り返る。そしてニッと微笑んだ。



「遠山さん、これからよろしくね」


「あ・・・は、はい・・・」



気が済んだらしい男の子が再び校舎へと向かって行く。それをぼんやりと見つめていると、なぜ漫画の世界にいるのかと不安になった。セカンドライフだと思って楽しんでいたのに、まさかここが漫画の世界だなんて誰が信じるだろうか。


いや、待てよ。


あの子がいるのなら、主人公もいるはずだ。主人公は地方から引っ越してきて、土地勘がないから入学式にも遅れてやってくる。そして掲示板に群がっている生徒を見て『こんなにたくさんの人を見たのは初めて』と呟くんだ。



「(え・・・今じゃない・・・?)」



私は慌ててきょろきょろと辺りを見回す。すると校門から女の子がこちらに駆け寄って来ているのが見えた。少し茶色がかった癖毛を一つにまとめ、くりくりの二重瞼をカッと見開きながら走る姿はまさにまさにーーー


私の知っている主人公だ。



「(ひえぇぇぇ・・・・・!)」



この世界の主人公である女の子が掲示板の前までやってくる。人混みのせいでよく見えないからぴょんぴょんとその場でジャンプをしている。ま、まさに漫画の一コマだ。私はその光景をしっかりと覚えている。このあと主人公は前に立っている男の子に押されて倒れてしまうのだ。


そう考えていたら予想通り主人公がその場で尻餅をつく。私は慌てて主人公へと歩み寄ると、急に現れた私に驚いて主人公が顔をあげる。そして私の念入りにパックした顔を見ると、ふにゃと口元を歪めた。



「わぁ・・・可愛い・・・・」


「(いや、あなたの方が可愛いです・・・・)」



主人公の素材の良い顔のつくりに頭を押さえて顔を背ける。その様子に主人公はきょとん、とすると嬉しそうに顔をぱぁと明るくして私の手をぐっと握った。



「あ、あの!私、上浜美織(かみはま みおり)ですっ」


「(知ってます・・・・)」


「お名前教えてください!」


「・・・・遠山はじめです」


「遠山・・・はじめちゃん!」


「ゔ・・・・・」



主人公の名前を聞いて、ぐらと頭に衝撃が走る。しかし私の事情など知らない主人公はきらきらと目を輝かせて『お友達一号や!』と呟いている。い、いや待って、まだお友達になるとは言っていないのだけど。


主人公に名前を呼ばれて思わず言葉に詰まる。なんという奇跡だろうか、私の好きな少女漫画の主人公に本当に会えるなんて。殺された人に用意されたセカンドライフはパラレルワールドでかつファンタジーだと誰か先に教えてほしかった。


なんという日なんだろうか。と遠い目をしていると、主人公が私の手をぎゅうと握ってこちらを見上げる。だけどずっと地面に座っていると服が汚れると思い、私は掴まれていない方の手で主人公を立たせる。



「あ、あの遠山さん!遠山さんは何組ですか?」


「え・・・えっと、1ーCです」


「1ーC・・・・私何組なんやろ・・・・」


「・・・・同じクラスだったよ」


「えぇっ!!」


「(だって知ってるもん・・・・)」


「やったぁ!遠山さんと同じクラスや!・・・あ、ごめんなさい」



ぴょんぴょんとその場で跳ねる主人公に手を掴まれているので私まで揺れる。そうしていると主人公が気まずそうに私から手を離した。そして困ったように眉を下げながらにこりと笑う。か、可愛い。



「私、嬉しいとすぐにこうなっちゃうんです・・・あと、地方から引っ越して来たので方言もでちゃうんです・・・・」


「(知ってます・・・・)」


「き、気持ち悪かったら気を付けます」


「・・・・い、いえ・・・別に気にならないです」


「ほんとぉ!?」


「(あぁっ・・・主人公のパワーってすごいなぁ・・・・)」



相方である男の子も主人公のエネルギッシュな笑顔や仕草にいつの間にか好きになっていくのだけど、この子は誰に対してもパワーがあるので私も驚いてしまう。


主人公がにこにこしながら私へと顔を寄せる。その可愛い顔に私は目を細めながら頬を引きつらせる。いやもう可愛すぎるというのも罪だと思う。



「あ、あの!よかったら遠山さんとお友達になりたいんやけど!」


「・・・・う、うん。同じクラスだし・・・」


「やったぁ!」


「(はぁ・・・・可愛い・・・・っ!)」



主人公と同じクラスになれる人なんて私以外に誰もいないだろう。きっと神様が殺された私を可哀想だと思って、少女漫画の続きを実際に目の前で繰り広げようとしてくれるのだろう。なんたる僥倖だろうか。


これは、利用するしかないでしょう。


主人公が私の腕に手を絡めて歩き始める。どうやらこれから一緒に校舎へ向かうらしい。



「クラス一緒に行こう?」


「うん」


「うふふ・・・!なんや嬉しいなぁ!もうお友達できちゃった!」



その可愛らしい笑顔に私も自然と笑みを零す。そしてほくそ笑む。


私のパラレルチート状況を知らない主人公と男の子には悪いけど、せっかくいただいたセカンドライフ。存分に楽しませていただきます。


おもしろくなってきたぁ!と私は一人心の中で万歳をした。



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