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小・中・高と体育会系の部活に入っていた私は、熱血教師のおかげでたくましい女性になった。
面倒見の良い姉御肌キャラで名が通っていた私は大学に入ってからもそのキャラは捨てられずほとんど彼氏もできないまま出版業界へと就職し、入社僅か2年で主任のポストをいただくことができた。
大手出版会社というわけではないものの、体育会系女子魂よろしく他者を寄せ付けない圧倒的責任感と会社への忠誠心を買われ、有名モデルを起用しての新規コラム掲載など、様々な業務を与えてもらえたことは本当に生きててよかったと、今までの人生を振り返り思った。
なので、まぁまぁ順風満帆な人生を歩んできたと思う。
「あ、・・・・あれ?」
明後日が締め切りの原稿を持って出社したはずの体が、職場に入る手前の階段を上りきれずふら、と後ろへ倒れていく。最近は体を労って土日も家でごろごろするようにしていたから体調不良などではないはず。来年で30歳になるからと始めた青汁のおかげで、今朝もすっきり目覚めた。
だけど、体に力が入らない。
先ほどまで視界が霞むことなんてなかった。いつからだろうか、お昼休みに二つ年上で頼りになる真美先輩と食事に行ったあたりから眠気に襲われたような。でもきっとそれは昨日好きな漫画が発売されたのでそれを読んでいて少し夜更かしをしたせいだと思っていた。
「(落ち、る・・・・・)」
宙に浮いた自分の体がゆっくりと落ちていくのを感じる。意味もなく手を伸ばし、手すりを掴もうとするけど何も掴めなかった。
近くで悲鳴が聞こえる。階段を上り切った踊り場で女性社員が顔を青ざめながらこちらを見ている。その中にお昼一緒に食事をした先輩の姿もあって、なぜかこちらを心配そうに見るのではなく、にやりと笑っているから不思議だな、と思った。
私より二つ年上で、役職はないけど面倒見の良い人だった。気難しいモデルの起用もそつなくこなせる先輩を上司も気に入っているけど、本人は出世に興味がないようでいつもにこにこと私の相談を聞いてくれていた。
だからきっと、私が階段から落ちると分かったら心配してくれると思ったのに。
「・・・・・っ・・」
どん、と体が階段の縁に当たる。そのままごろごろと落ちて行って、最後に首の骨が信じられないほど曲がり嫌な音が全身を突き抜けたところで意識を失う。頭から血が出ているのか、痛みよりも内部からどろりと大事なものが抜け出しているのを感じる。
あれ、これ死ぬかも。
まだやりたいことはたくさんあった。明後日が締め切りの原稿だって残っているし、今週服を買いに行こうとも思っていた。好きな漫画も明日の仕事を考えて最後まで読んでいない。
「(・・・あともう少しで最終話だったのに・・・)」
来年30にもなるけど、久しぶりに青春したいなと思って読み始めた高校生の甘い高校生活。主人公の女の子が好きな男の子に告白をしたまでは読んだ。その男の子の返事を明日の楽しみに取っておいたのに。
気を失った私の目から涙が頬を伝って頭から出ている血に混じる。
その様子を先輩がじっと見つめ、ほくそ笑んだらしいけどとうに絶命した私はそんなことも知らず体を冷たくすることしかできなかった。
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メインで執筆している『どうにも性別を間違えて生まれたとしか思えないので嫁ぐのはやめます』の合間に投稿してまいります。よろしければこちらもご覧ください。
それでは次話でお会いしましょう。