表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

〇〇四 異世界医者は流血が大好き

 医者の特権と言えば、薬の他に手術がある。現代日本では当たり前に行われている治療方法なのだが、冷静に考えて見れば危険極まりない暴挙である。だって、皮膚を裂いて、肉を割って、厳重に守られた内蔵に手を出すのだ、命を助ける為に、極めて限界まで命を危険に晒しているではないか。

 割胸・割腹手術の死亡率は俺調べで八割を超える。血で滲んだ手術台、消毒していない手、脂がついたメス、得物を欲しがって足元をうろつくネズミ、ペットのイヌ、そもそも杜撰な術式。破裂した内蔵からの出血を止める為に、大量の流血が起こり、術後の患者は生と死の間を彷徨うことが殆どだ。

 ただ、基本的に開腹手術を行うケースはまれだ。医者だって馬鹿じゃあないのだ(多分)、流石に腹を掻っ捌けば人を死ぬことは理解している。内蔵破裂に対する処置以外は、あまり腹を切らずに治療を試みることが殆どだ。

 まあ、その結果が水銀地獄だったり、麻薬漬けだったりするんだけど。

 積極的に行われる手術と言えば、切断手術だ。ちょっとした怪我から指や手足が腐ることは多々あるので、そうなった場合、医者達はその指やら足を切断して対処する。

 方法は簡単だ。

 患者に猿轡をして舌を噛まないようにした後、看護師や下っ端の医師が患者を取り押さえる。暴れ狂う患者の隙を突いて、医者はメスとノコギリを使って患部を切断する。なんとか切断した後は、出血を抑える為に切断面に赤熱する金属を押し付けて強制的に止血する(人によってはちゃんと血管を結んだりもしていたが)。斬り方が下手だと、肉の部分が収縮して骨だけが剥き出しになるので、整形手術として骨を削らなくてはならないことも追記しておこう。生きながらにして骨を削られる痛みは凄まじいらしく、どんな大男も子供に戻って母親を叫び呼んだ。

 一応言っておくと、拷問の方法ではなく切断手術の術式の話だ。

 この手術を初めて見た時の俺は、恥ずかしげもなく泣いた。馬車に轢かれて足がグチャグチャになっても気丈に振る舞っていた体格の良い兵士が、あまりの痛みに絶叫しながら失禁するシーンは完全にトラウマになっている。

 せめてアルコールや阿片等の薬物で酩酊させて痛みを和らげることを提案したのだが、一蹴された。切断手術は暴れ狂う患者との勝負であり、如何に素早く肉体を切り離すかが医者の腕を示すと皆が本気で信じていたのだ。

 俺のおじさんはその点では名医であり、調子の良い時は六秒で患者のふとももから足を切り落としたことがある。その時の切断道具は後に『悪魔の三本爪』と呼ばれる猟奇的なデザインをした歪な刃物で、人の足を斬ることに特化した刃は子供達を躾ける為に度々母親が口にする程に畏怖を集めた。

 多分、処刑人の斧よりも怖れられていただろう。

 処刑人は罪人を殺すが、医者は病人を殺すのだから当然と言えば当然だ。

 ちなみに、その時の患者は三日後に出血多量が原因と思われる症状でゆっくりと息を引き取った。切断手術をした患者の五割は、出血か傷口から黴菌が入って死んでしまう。

 しかし、おじさんの持つエピソードで最も恐怖を煽るのは『六秒切断』ではない。その逸話は『一刀三殺』として酒場で語り継がれている物だ。名前からわかる通り、おじさんは一回の手術で三人も殺したことがある。

 これ、本当に医者のエピソードか?

 ある日、俺の作ろうとしていた医療用高純度アルコールの試作品を盗み飲んでほろ酔い気分だったおじさんは、足の切断手術の際に誤って抑え役の看護師の指を切り落としてしまった。看護師はあまりの痛さに患者を抑える手を緩めてしまい、患者が暴れ出した結果、切断された足が吹き飛んでしまった。

 吹き飛んだ先にいたのは下級貴族に付き添って来たメイドさん…………ああ、言い忘れていたが、四肢切断の手術は一般人に娯楽として公開される時があった。何故か趣味の良い貴族様に受けるのだ。当然、手術着など着てはいない。

 な? 衛生観念のないクズだろ? 

 話しを戻せば、その中年の痩せたメイドは吹き飛んで来た血塗れの足に蹴り飛ばされたショックで気を失って倒れると、そのまま死んだ。トラブルに観客が騒然とする中、患者は痛みに暴れ狂って手術台から転げ落ちて頭を打って死んだ。その一週間後、指を斬られた看護師は破傷風で苦しみながら死んだ。

 これが『一刀三殺』のあらましだ。不謹慎極まりないが、おじさんも死ねばよかったのにと本気で思う。まあ、おじさんは急性アルコール中毒でもうこの世にいないんだけど。

 そんなおじさんが切断手術の次に好きだったのが瀉血しゃけつと言う治療方法だ。

 瀉血とは、身体の中の悪い血を抜き出せば健康になると言う理論から提唱された治療方法で、なんと! 万病に効くらしい! 提唱者は四〇〇年前に突如として現われた医学の父にして稀代の錬金術師アクタスス!。

 タイムマシンがあったら、俺はこいつを絶対に水銀中毒で殺しているだろう。

 さて、血を抜くと言われて、どれくらいの量を想像するだろうか? 小さじ一杯? それとも献血と同じくらい? え? まさかコップ一杯も抜かないよね?

 正解は、ビールジョッキ並々に、だ。誇張なく、余裕で一リットルを超える量の血を、医者達は患者から抜き出す。患者の病状が悪い時はもっと抜くし、なんなら連日同じ量の血を抜く事もある。

 大量に血を抜かれた患者は、急激な血圧の低下によって大きく体調を崩し、立ち上がることもままならなくなり、「苦しい」だとか「辛い」だとか言わなくなる。すっかりと顔を青くして大人しくなった患者を見て医者達は「治って来た」と太鼓判を押す。

 俺がどれだけ瀉血の危険性を熱弁しても瀉血を止める医者は現われなかった。

 奴等の瀉血に対する信頼と言うか執着は常軌を逸している。

 例えば、とある医者と一緒に診察した際の話しをしよう。瀉血に反対する俺を押しのけて三リットル近い血を抜き取った後に患者が死亡すると、その医者は「もう少し早く瀉血していれば助かったのに!」と俺を悪者にして現場から逃げて行った。

 その患者は工事現場の事故に巻き込まれ、出血多量で死にかけていたにも関わらず、だ。

 アクタスス曰く、瀉血は出血多量にも効果的らしい。どんな理論なのか気になるが、血を抜く事によって患部からの出血が少なくなるからじゃないかと俺は睨んでいる。

 少しだけ死亡率が下がる治療法では、患部を火傷にする物もある。水膨れが出来るような酷い火傷で、そこに現われる膿を取り除く事で健康になるらしい。膿は身体の悪い物が詰まっており、それを吐き出すことで身体から毒素を取り除くのだとアクタススは言っている。

 だからといって、無理矢理重度の火傷を作るのは違うだろう。頭が痛いと言う患者も、こめかみに赤熱する金属を押し付けられれば、ちゃちな頭痛が吹き飛ぶのは間違いないだろうが。

 勿論、俺の病棟ではそう言った過激な治療は行わなかった。血飛沫が舞わないことに親父は不満だったが、患者達は若先生の診察が一番だと言って俺の評判を上げてくれた。親父は一時期本気で俺を「恥しらずの医者」と罵って暗殺を目論んでいたが、流行り病にかかると恥ずかしげもなく俺の治療を受けると言って聴かなかった。

 そんなわけで、俺の名医としての名声は高まるばかりであった。

 名医のハードルが低すぎる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ