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〇〇三 異世界医者は毒を愛する

 医療環境に対して、俺は清掃を行ったが、勿論医者の仕事は部屋を掃除するだけではない。患者の治療が出来ないのであれば、そいつはただの清掃員だ。

 元の地球でもそうだったが、医者の治療と言えば“薬”だ。病状に合わせた薬を飲ませて治癒させるのが医者の本分だ。当然、この世界にもたくさんの薬があるのだが、それらは基本的に毒だ。

 比喩じゃあなくて、ガチで薬と称して毒を処方している。薬も過ぎれば毒になるとかそう言うレベルではない。明らかに毒なのだ。まあ、俺に薬学や科学の知識がないので、それらが何という毒なのかまではわからないけど。

 ただ、そんな俺でも名前のわかる毒もあった。

 原子番号八〇。第十二族元素。常温常圧で唯一凝固しない金属。

 そう。水銀マーキュリーだ。

 俺の名前――メリクリウス--の由来になっていることからわかるように、水銀は万能薬として崇められていた。風邪にも、腹痛にも、癌にも、痔にも、精神異常にも、何にでも水銀は効果があると考えられているのだ。経口摂取は勿論、傷口に塗ったり、口の中を漱いだり、時には水銀風呂(風呂と言ってもサウナっぽい)として治療に使われていた。

 前世では知らなかったのだが、水銀を摂取すると涎や痰が溢れるように出て来る。身体に悪い物が吐き出されていると皆は自慢げに教えてくれた。確かに涎が沢山出ているのは身体の異物を吐き出そうとしているからかもしれない。

 が、俺が思うに吐き出そうとしている異物は水銀だ。酷い腹痛にもなるが、理由は一緒だろう。

 長い間水銀治療を受けた患者の最後は悲惨だ。歯は抜けてボロボロになり、顎の骨は腐って崩れ落ちる。頬の肉に穴があいてそこからだらだらと涎を垂らし、時々ぐずぐずになった歯茎が飛び出すのだ。精神も徐々に崩壊していき、うつ病は初期症状で、次第に人を極度に恐れるようになり、人間としての尊厳を大きく損なった狂人のように暴れ回ったかと思えば、最終的には暴れる体力も失われて廃人同然になってしまう。

 そして、死ぬ。

 どう客観的に見てもまったく治療になっていないのだが、医者は水銀が大好きだった。なんでも四〇〇年前の錬金術師にして医学の父であるアクタススと言うおっさんがそう言ったかららしい。確かに水銀の見た目は神秘的だが、人間の摂取するモノではないと本能的にわからないのだろうか。

 また、性質の悪いことに、たまに水銀を飲んだ直後に体調が良くなる患者もいる。多分、元々大した病気じゃなかったのだと思う。だから治療と称して投与される水銀の量が少なく、中毒症状になる前に病状が自然治癒して退院できたのだろう。後は、お医者様に薬を貰ったと言う事実がプラシーボ効果を呼んだとか? 間違いなく言えるが、水銀が回復させたわけじゃあない。

 だが、そのレアケース故に、医者達はアクタススが正しいと信じてしまう。彼らは四〇〇年以上の間、水銀を投与し続けた。

 後は毒じゃあないが、薬と称して粘土を食わせることもあった。どっかの聖地の土だとか、ユニコーン(そんな生物は多分いない)の生息地の土だとか、ドラゴン(そんな生物は多分いない)の血が混じった土だとか、それらしい理由のある土を食わせる。

 これも万能薬と言われていて、何にでも聞くと説明書には謳ってある。まあ、大抵の薬は徐々に効能が追加され、最終的に万能薬になるので、珍しいことではない。薬局に行くと、何種類もの万能薬が売っていて、はは、笑える。

 この聖なる土くれもアクタススが絶賛していて、この医学史に残る殺戮犯の元締めは、とある島の粘土薬を二万個も持ち帰ったらしい。

 勿論、粘土を食っても病気は治らないだろう。粘土の中に虫の卵や寄生虫がいる可能性を考えれば逆効果になる可能性も高い。ただ、消化されずにただ粘土がうんこと一緒に出て来るだけなので水銀と比べれば幾らかましだ。

 また、性質の悪いことに、粘土を食べた直後に体調が良くなる患者もいる。多分、元々大した病気じゃなかったのだと思う。だから粘土が無意味に消化器官を移動している間に、体調が良くなってしまうのだ。後は、お医者様に薬を貰ったと言う事実がプラシーボ効果を呼んだとか?

 だが、そのレアケース故に、医者達はアクタススが正しいと信じてしまう。彼らは四〇〇年以上の間、土を食わせ続けた。

 そして、医者達が秘伝として制作している薬を処方することもあるのだが、これもヤバい。食べ物を乾燥して粉末するレベルの物ならまだ安全なのだが、そんな無害な薬は殆どない。依存性のある植物は余裕で薬としてカウントされ、水銀を入れるのは当たり前、鉱石を砕いて混ぜるし、蛇の毒だって薬になるとか言い出し、一時期は人間のミイラが万病に効くと言われて一大ミイラブームが起こったこともある。

 長い歴史の中で研鑽された我が家の秘薬の中には、効果のありそうな薬も何種類かあったのだが、投与する量がガバガバで、多ければ多い程に効果があると考えられていた。適量と言う概念は微塵も存在しない。

 流石にそんな薬を使うのは怖すぎるので、俺は小さな頃から家族が患者に与える薬の種類と量を記録し、その効能をまとめることで何とか適量を見極めることにしていた。

 また、信じられないことに、他の医者は一切治療の経緯を記録したりはしていなかった。カルテが存在しないのだ。医者共は全て記憶に頼った感覚で治療をしてやがる。

 家族からは「心配性だな」「細かいな」と言われ、この人達とは永遠に理解し合えないと思ったね。

 あと、俺が子供の頃は、薬剤室から有効な薬ばかりが消えて行った。最初は盗まれているのかと考えていたが違った。犯人はネズミだった。あの汚い毛玉は人間の医者よりも一〇〇倍賢いので、毒性が強い薬は絶対に喰わず、安全な薬を食べて丸々太っていた。

 そんなわけで、俺の治療では殆ど薬を使うことはなかった。適当に栄養の有りそうな物を与えて、清潔な状態で寝かしておけば大抵の人間は良くなった。良くならない連中にはビビりながら薬を与えた。効果があったかどうかは正直不明だ。まったく治療法がわからずに、小麦粉と蜂蜜を混ぜたものを与えただけで元気になった奴もいるし、お手上げだ。

 助からない人間も少なくなかったはずなのだが、いたずらに苦しみを与えない俺の治療は人気を博し、いつの間にか名医としての名声は高まっていた。

 名医のハードルが低すぎる。




 ちなみに、一番安全で効果のあった薬は『武器軟膏』だ。これは人を傷つけた武器に塗る薬で、清められた武器から出る波動が傷口に作用して治癒を助ける言う仕組みだ。

 …………意味がわからない? 安心して欲しい、俺もだ。現代日本人でこの説明を信じる奴がいたとしたら、詐欺に引っかからないように気を付けて欲しい。

 勿論、こんな理論で怪我が治るわけがない。しかし、他の薬と比べて圧倒的に治癒率が高いのがこの薬であった。

 ネタバレをすると、この薬を使う際には波動とやらがしっかり浸透するように傷口を水で洗うだけなのがポイントだ。この世界の刀傷に効く傷薬と言えば、馬の糞と藁を混ぜた薬(薬か?)とか、馬の脂肪と糞を混ぜた薬(本当に薬か?)だ。文字通り糞汚い汚物を傷口に塗られるくらいなら、水洗いだけの方が億倍健康に良いに決まっているだろう。

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