プロローグ 「あのリボンをもう一度」(仮題)
私は仲良しのアーニャを連れて、高い丘にあるお気に入りの木下で本を広げた。
「見て、アーニャ。空飛ぶ島、七色の鳥、羽の生えた人間達。素敵ね、私も空を飛んでみたいな。」
ごろんと仰向けになって空を見上げると、長い長い飛行機雲が青い空を真っ二つにしていた。
「飛行機に乗った事はあるけれど、ちっとも面白くなかったわ。だって飛んでるのは私自身ではないんだもの。」
同意を求めて隣を見ると、アーニャはヒクヒクと鼻を動かして、私と同じように空を見上げていた。
「ぼくはあの白いくもがわたあめだったらいくらでも食べれるのになって思うな。」
「アーニャは食いしん坊ね。」
「きみだってそうだろ?」
私達はしばらくぼうっと、空を眺めていた。
雲は右から左に流れながら色々な形に変化している。頬を撫でる風が、風に揺れる木の葉の音が心地良い。
「ねぇ、アーニャ。あなたを外に連れ出したのは初めてだけど、気分はどう?」
「さいこうさ。ぼくをつれ出してくれてありがとう。まどから見るけしきもきれいだけど、やっぱりじっさいに外の空気にふれたいって思ってたからね。ぼくのたくさんあるゆめの中の1つが叶ったよ。ローナ、きみはさいこうの友だちだ。」
「アーニャ、、、。」
私達は再開した恋人のように見つめ合い、抱き合った。
「、、、なーんちゃって!」
太陽の光を反射する黒のビーズで出来た大きな目を見つめて、私は自嘲気味に笑った。
「独りで縫い包みで小芝居しちゃってさ。あーぁ、私って馬鹿みたい!」
腕の中の手触りの良い塊を撫でながら、目を閉じる。何も見えない暗闇が寂しさを余計に募らせた。
「目を開けたら縫い包みが喋り出して私を違う世界に連れてってくれたりしたら良いのにな。」
「きみはもう充分がんばって生きて来た。だから、もうがんばらなくていいよ。ぼくたちのゆめの世界へきみをつれてってあげる!」
「アーニャ!、、、とかね。縫い包みに名前を付けてる時点で寒い奴なのかな、私って。」
縫い包みの手を持って動かしながら、まるで生きてるかのように振る舞わせる。
頭に付いた2つの長い耳が交互に揺れた。
「もうすっかりボロボロね。あなたとの付き合いはもう何年になるかしら。」
「ぼくがきみの家に来たのはきみが水玉の大きなリボンを頭につけてる時だよ。かわいかったのになんで外しちゃったのさ。」
好きなアニメの主人公が付けてた、ピンクの水玉のリボン。いじめられっ子に取られて、ゴミ箱に捨てられた薄汚れた布の髪飾り。
「それは小学一年生の時だわ。あの頃の私はかわいいもの大好きでお姫様のような格好に憧れてたからよ。」
「今はそうじゃないって言うのかい?」
「そうよ。みんなそんなのは恥ずかしいって言うのだもの。」
今でも本棚の奥にある、懐かしい草臥れたシルクの蝶々結び。
「もったいないね。あんなに似合っていたのに。」
ドレスを着て、オシャレをして、そしてお気に入りのあのリボンをつけて。
「ぼくは、今のきみも好きだけど、あの頃のきみが一番好きだったよ。大好きなものを、大好きって言って、とっても大事にしてくれるきみが。」
舞踏会で踊るの。憧れの、王子様と。
「ぼくの首のリボンと、おそろい。覚えてる?きみが、仲良しのしょうめいってくれたんだよ。」
でも、特別な日じゃなくたって、特別な人とじゃなくたって。
「ぼくは、きみの王子さまになることができないヌイグルミだけど。きみとずっといっしょにいることができるから。」
私はありのままの私で、居たいから。
「ぼくが好きなきみの姿で、居てほしいから。」
『あのリボンをもう一度。』
第1話「秘密は枕元の下」(仮題)に続く。