この珈琲はおかわりなしで。
たくさんの色の折り紙を重ね合わせたような偶然で彩られた再会だった。
最近はマフラーが欠かせないような日が続いて、今日も私はお気に入りの赤いマフラーをしていた。彼からもらった、そのマフラーは今でも憂鬱な日を素敵に変える。
でも、雨は別だった。それはもう、空があの日の私のようにわんわんと泣く。折り畳み傘をたまたま忘れた私は駅の近くのカフェに入った。
席についてメニューを開いた頃、その存在を店内にまで響かせるように強くなっていた雨は彼女のこともまたこのカフェに導いた。
目を離せないような少女だったことをよく覚えている。大事な部品が一つないのが彼女の普通だった。彼女と彼と私はとても仲のいい幼馴染で、テスト期間は彼の家に3人集まってよく勉強をした。国語以外は酷い点数を取る彼女に、私たちは仕方ないと言いながらも勉強を教えた。
「久しぶり」
「琴ちゃんだ!久しぶり、元気にしてた?」
私は、よく笑う彼女に憧れと嫉妬を抱いていた。今も、抱いている。
「元気だよ。その……流は?」
「流くんも!元気だよ!最近、近くの遊園地に行ったよ」
この街を出たい気持ちが大きくなった。
隣に座って、カフェオレとショートケーキを注文する彼女はにこにことしている。その横で、珈琲と抹茶ドーナツを注文した。
中学2年の夏、私は流に好きだと言った。私と流はキスをするような関係になった。それから3ヵ月ほどした頃だったか、彼は言った。
彼女を放っておけない。
私は、能天気で空気が読めない彼女が私たちのそばにいつもいることに、そのせいでどうしても2人の時間が減ってしまうことに耐えかねて、それを口にした。言ってしまってもいいんじゃないかと思った。オレンジ色の折り紙に私の薄い黄色の折り紙が隠されてしまう、そう怯えていたのかもしれない。
卒業式の日、別れを告げられた。どうしても、私より彼女が放っておけない。ストレートでごまかしのない彼の言葉に、その時ばかりは傷ついた。3人の関係の中で、私と彼との関係は成り立たなかった。
「そっか」
「琴ちゃんは大学院?」
「うん」
「すごいね!さすがだ、なんでもできて羨ましい」
何でもできるから、何でも手に入れられるかと言えば違う。彼女はたくさんできない代わりに、そのできないことのスペースに彼を取り込んだ。彼を得た。
席に届いた珈琲をじっと見つめて、押し込めるように流しこんだ。
彼女は彼と同じ高校卒業後、保育士を目指して専門学校に進学した。保育士になって、彼と結婚して2人暮らしをしているのだろう。私は彼と違う高校を卒業して、大学に進み大学院で教授の手伝いをしながら、脳科学のもっと詳しい分野について学んでいる。彼には、卒業式の日以来あっていなかったけれど、結婚式の時に再会した。彼女の鮮やかな笑顔と友人の中で、薄く残念な色をさせながらじっと耐えた。大学に進学したころ、流が彼女と付き合っていることを、手紙で教えてくれた。あの時は酷いことをしたと、申し訳ない、と書いてあった。
かわいげがほしい。どうせ、苦いブラックコーヒーよりも甘ったるいカフェオレのほうが可愛い。
「ねぇねぇ、このカフェおかわりしていけるよ!もうちょっと話そうよ、せっかくだし。偶然会えて嬉しいし、流くんの話も聞いてほしいし琴ちゃんの話も聞きたいよ!」
知らないのだろう。知らないままに生きていけるのだろう。
愚図ってしまいたい。反芻していれば、いつか慣れるだろうか。許せるだろうか、そもそも恨んでいるのだろうか。
私にできたこの心の隙間は、彼の形をしている。
「今日はいいの」
「急いでるの?」
「……またね」
あぁ、はしたない。
それでもこのマフラーを手放せないように、盲目的に想ってしまう。早く街を出よう、どうか私の知らないところで……。
「またねー」
足早に会計を済ませ、カフェを出る。ざぁざぁと鳴る雨に濡れながら、走って駅に向かった。
いきてます。感想と評価とブクマが生きる糧……。
欠点が愛らしい、ってよく言いますよね。