第96話 まぎらわしい名前の人っているよね
「やあ、玉置さん。今日も元気ですね」
あうー。
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
そんな懐かしい歌声が聞こえてきそうなAⅯ7:35。
快晴。
季節的には初夏ではあるが、まだ風がひんやりと気持ちいい時期の清々しい早朝のこと。
気分も清々しく活動を始めていた僕は、いつもの近所のスーパーやコンビニではなく、4月中旬あたりから少しずつゾンビや死体の処理を行いながら開拓しつつあった、部屋から500m強程度離れた個人経営の小さ目のスーパーに物資調達にやってきていた。
開拓始めて間もなくそこで出会ったのが、この小柄で初老のおっさん、玉置店長である。
玉置さんは今日も元気に、僕に向かって真っ赤な目を剥き出さんばかりに見開きながら両手を伸ばしているところだ。
……そう。玉置さんはゾンビなのである。
ちなみに、名前並びに店長であると分かったのは、いまだに左胸にある「店長 玉置」と表示されたネームプレートからであった。
ガシャン!
ガシャン!
必死に両手を伸ばしているが、その手は僕には届かない。
玉置さんは、「関係者以外立ち入り禁止」と掲げてある格子戸の向こうにいるのだから。その格子戸に阻まれて出てこれないというわけだ。
そこは店舗の裏側にあり、店舗と店舗の合間の狭い空間であり、空調機器とかプロパンガスのボンベとかが設置してあるところだった。
玉置さんは何かの拍子にそこに入り込んでしまい、ゾンビの残念な知能の為に格子戸のロックの外し方がわからなくて閉じ込められたのであろう。それか、”あの日”に最終点検か何かでそこに入り込んでる時に発症したのかもしれない。
何にせよ玉置さんは、そこから今日も元気に、お客様である僕を歓迎してくれているというわけであった。
「今日も頂いて行きますね~、玉置さん」
あうー。
ガシャン!
ガシャン!
僕はそんな玉置さんを横目に、「スーパーたまき」とマークされたカートをガラガラと引いて店内に向かった。
窓から太陽光が射すとは言え、店内は薄暗い。
そしてなんとも言えない悪臭が漂う。
床に積もる埃には足跡とカートであろう車輪の跡が残っており、その上に更に埃が積もっている状態であった。足跡は一種類。以前僕が履いてきていた靴の底の跡で間違いない事から、その後誰もここに踏み込んでいないことは間違いなさそうだ。
よくある終末モノの小説や映画では、ゾンビよりこの様な場所を縄張りとしている生存者のほうが恐ろしいという話があったりするが、ここ名古屋市北区のとある町の周辺ではそれは当てはまらないらしい。有難いことかもしれないが、こんなところでも孤独を痛感させられるのだ。
「まあ、いいけどさ」
僕は誰に言うわけでもなくそう呟いた。
そう言えば、最近は独り言が自覚できるくらいに多くなった。
ふとした時に、茶々丸とか元カノたちの名前が口から出て、自分でハッとすることが多々ある。
茶々丸なんて、最近では彼女の目を見て名前を呼ばないと反応してくれなくなった。茶々丸と一緒にいる部屋の中でさえ、「茶々丸!」とか無意識に口から出てしまうので、いちいち反応してたら面倒臭いというのがあるのであろう。何か申し訳ない。
こんな感じで、自分が思っているより現状は大きなストレスなのかもしれないな。
玉置さんゾンビを退治してしまわないのも、安全な場所に閉じ込められてるとか面倒臭いとかいうこともあるが、人恋しいからということもあるのかもしれない。
最近では、遠くでフラフラしている人影を発見する度に、一種の癒しを覚える自分がいたりするしなあ。
我ながら変だとは思う。
「ありがとう。また来るわ」
あうー。
飲料水、缶詰にレトルト食品、そして茶々丸の餌と猫砂をカートに一杯にした僕は、車までの道中に居る玉置さんに向かってそう告げると、賞味期限の切れたスナック菓子や真空パックの鶏肉類を彼が居る格子戸に向かってポイポイと投げつける。
ゾンビは食料が無い状態でも結構長く生きられるっぽいので、玉置さんもこれで暫くは生きながらえるであろう。
「まあ、代金代わりと思ってくれたまえ」
……元々彼のモノであろう、というツッコミは止めて欲しいかな。
てかコレ、誰に対して言ってるんだろう???




