第82話 自衛隊員の話⑦
「佐々木陸佐殿!!」
成瀬は自分が相手をしていたゾンビが動かなくなったことを確認すると、佐々木を助太刀しようと振り返った。
「……え?」
「お疲れ」
そこには、縁石に腰かけてタバコに火を着けたばかりの佐々木がいた。
「こっちは、ひと足先に片付けたんだよ」
目を細め、ふーっと煙を吐きながら佐々木は答えた。
視線の先には、佐々木が相手にしていたゾンビが横たわっていた。
「まあ、あの調子なら手を貸すまでもないと思ってな」
「……はあ」
成瀬はジト目で佐々木を見つめた。
佐々木を上官と認識している成瀬らしからぬ態度である。それだけ、この戦いがギリギリであったということかもしれない。「終わってるならこっちに助太刀しろよ」という思いが、思わず態度に出てしまったのである。
「ははは、まあ許せ。こっちはもう爺さんなんだぜ」
佐々木はやれやれと言いながら右手で左肩に手を回し、首をコキコキと左右に振った。
「ああー、ダルいわ」
「……お、お疲れ様でアリマス!」
成瀬は自分の気が緩んでいたことにハッと気付き、直立不動状態になって佐々木に敬礼を向けた。
そして、ひと呼吸おいた後、疑問に思っていたことを口にする。
「しかし、その……。左胸の件でアリマスが……」
「……ああ」
佐々木は倒れているゾンビに目を向けながら、自分の左胸付近を左手の親指でトントンと叩きながら答える。
「どうしても、守りかかったんじゃねえか?」
「左胸を……でアリマスか?」
「誇りを、だよ」
「は、はあ?」
成瀬はよく分からないとでも言いたげなキョトンとした表情のまま、ゾンビたちの左胸を見つめた。
「ま、まさかでアリマスが……!」
そこには、どうしても目に着いてしまうものがあった。
陸上自衛隊特殊作戦群記章。自衛隊最強部隊の証。
「いや。憶測だけどな」
佐々木はどっこらしょと腰を上げながら言葉を続けた。
「血ヘド吐いて、死ぬ思いして手にした誇りの証だ。たかがゾンビになったぐらいで、捨てれるモノではないってことかもな」
ゾンビの中には、生前に執着していたモノや行動に、ゾンビになってなお執着するタイプが稀に存在する。他の一般的なゾンビと比較して少しは知能が残っているのか、脳や肉体に染み付いた習慣等の残りカスなのかは判明していないが、そういうこともあることが確認されている。
例えば30年続けた個人店の店主が毎日その店舗に出勤していたり、釣りが日課であったろう老人は海辺の堤防の定位置に腰かけていたり、以前佐々木と成瀬が出会った少女の場合はお気に入りであったろう猫のぬいぐるみを持ち歩いていた。
今回の特戦ゾンビ達の左胸への過剰防御もそんなところなのかもしれないが、そうであったとしても、佐々木は彼らの特戦魂が成せた奇跡と思えたのだ。結果、彼らを倒す切っ掛けとなったことは皮肉ではあるのだが、佐々木としてはそれを”皮肉”だとして馬鹿にする気にはなれなかった。
「強かった」
「強かったでアリマス」
戦闘力にだけではない。ゾンビになってなお見せる、その誇りの片鱗に対する評価だ。
佐々木はゾンビたちの亡骸に向かって敬礼をした。
続いて成瀬も、両目から涙をダダ漏れさせながら敬礼をした。
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「……すまないが、弔ってはやれない。時間がない」
佐々木と成瀬は特戦ゾンビの亡骸を民家の影まで運んで横たえさせた前で呟いた。
同じ自衛官であるからして、埋葬してやりたいのは山々ではある。しかしながら、この地点は安全確保ができている地域ではないこともあるし、何より子供たちの怪我の処置や撤退が優先だと判断したからだ。
こんな状況の場合、本来であれば亡骸はその場で放置でさっさと撤退するのであるが、雨の当たらないこの場所に運んだのはせめてもの敬意からであった。
残念なことに、身分証明になるようなモノは携帯していないようだ。もしあれば、特殊作戦群記章とともに回収してコミュニティにて弔い祀ろうと思ったのだが、それが無いということであれば、そのままにしておいてやろうと判断したのだ。
おそらくは、死肉を感知した他のゾンビに荒らされることになるだろうが、そうだとしてもできる限りのことだけはしてやりたかったのだ。
「いつか、回収に来るのでアリマス!」
成瀬が涙を流しながらそう言った。
「ああ」
佐々木はそう呟くと、再び声に気合を込めた。
「さて。ガキども連れてずらかるぞ!」
「……了解でアリマス!」




