第64話 DV共依存
「よしよし。これでも食べて、会議が終わるまで大人しくしるざますね」
ザマス眼鏡によって、会議室の端に封を開けた猫缶が5つ並べられた。
すると合計4匹の猫が我先にと猫缶へと走り、そして美味しそうにガツガツと食べ始める。
先ほどまで斎藤の膝の上に半ば強制的に乗せられていた黒之介もその一匹である。
斎藤は「缶詰に負けた……」とかブツブツつぶやきながらガックリと肩を落としている。
仕方あるまい。人間とは猫にとって、美味しいご飯と安全な寝床を用意する温かい棒でしかないという学説(?)もあるくらいなのだ。いくら斎藤が偉い政治家だろうが大臣だろうが猫にとっては関係ないというものである。
「そう言えば、シロが今日はいないな」
余った猫缶を見て、誰かがつぶやいた。
「……ああ、ここに来るときに校門の上で日向ぼっこしてたから抱っこして連れて来ようとしたけど、こっぴどく引っ掻かれちまったなッ」
スキンヘッドのマッチョな中年男性が右腕をまくり、ミミズ腫れになった傷跡を皆に向けた。乾いた血の跡が生々しい。
結構な深手である。いまは止まっているが、きっと結構な出血だったに違いない。
「シロの嫌がることをするからだよ」
そんな傷を見せられたにも拘わらず、会議室には萌えっとしたピンクな雰囲気が広がった。
「まあなッ!」
スキンヘッドも「でへへ」と締まりのない顔でそう答える。
「アイツは気まぐれ屋さんだからなッ」
なんか斎藤の顔も緩んでるぞ!
普通、動物に怪我を負わされたとなれば、それは由々しき事態である。
そうでなくても、こんな生々しい傷跡を見せられれば普通の神経をしている者ならドン引きであろう。
では、この雰囲気は何なのだろうか。コイツら全員変態か何かなのだろうか。
……否。
皆変態なのではなく、猫好きなのだ。
猫好きにとって、猫様のご機嫌を損ねてしまった結果受けるこの仕打ちは、ほとんどご褒美と言っていい。
いや、それは言い過ぎかもしれないが、少なくとも勲章のようなものだと考えてる節がある。だからこそスキンヘッドは嬉々としてグロい傷跡を見せびらかしたのだし、ある者は羨ましがり、ある者は愛猫に同様の仕打ちを受けたことを思い出して萌え上がったのだ。
「へ、へへ……、あ、あたいなんか、昔マグロにやられた傷跡がいまだに、き、消えてないんだから……」
伸ばしっぱなしのロングヘア―に目にクマがある不健康そうでメンヘラ臭漂う女が、便乗して手首の傷跡を自慢しはじめた。
((リスカ跡じゃなかったんかい!))
「気を遣って見て見ぬ振りして損した~」と、皆が悶える。
触れてはいけない過去かと思ったら、まさか触れて欲しい過去の跡だったと知れば、誰もが複雑な気持ちになるであろう。
そして、再び萌えたのだ。
それにしても、話の流れから「マグロ」とは猫の名前なのだろうが、メンヘラ女の昔の飼い猫なのだろうか。流石のネーミングセンスである。
何はともあれ、訂正しよう。
先ほどコイツらは変態ではないと言ったが、傍から見れば立派な《《ヘンタイ》》であると言わざるを得ない、と。
この異様な光景と雰囲気に、猫たちは猫缶を食べることを中断し、尚もそれぞれ思い思いに悶える人間たちを驚愕の表情で見つめるのであった。




