第59話 終末のおたのしみ
こんな世界でも……いや、こんな世界になってしまったからこその楽しみが、
いくつかあるのだが。
ひとつは脱糞。
外部からの刺激による娯楽がまったく無くなってしまった今となっては、脱糞直後のホッと一息の瞬間さえ「喜び」の瞬間となるらしい。
昔、戦後も終戦したと知らずにジャングルかどこかでサバイバルしてた人の自伝で見た気がしたが、まさか自分が真の意味で理解者になるなんて思わなかったな。
幸い、下水ルートはまだ生きているのだろう。トイレは使用後に溜めていた雨水で流してやれば普通に流れて行く。
ただ、いつ下水ルートもダメになるかわからないこともあるので、なるべくは部屋では用を足さないと決めている。工事現場とかに置いてある移動式のトイレで済ませるのだが、この3カ月程でいくつかは満タンにしてしまった。
清掃して使う気には、今のところならない。死体の処理には慣れっこになった今でも、排せつ物の処理には抵抗があるなんて、考えてみれば面白いものである。
トイレ事情で憂う問題がもうひとつ。
トイレットペーパーの確保だ。
まあ、僕ひとりであれば一生分確保できると思うのだが、問題はいつまで機能を保ってくれているかだ。
流石に10年とか経過したら新品でもボロボロになって使い物にならなくなるのではなかろうか。そうなった場合、僕のお尻を何で拭けばいいのか。
まさか終末世界の最重要アイテムのひとつがトイレットペーパーとは考えもつかなかった。神棚に飾って毎日拝みたい気分である。
てか神棚ではなく、ペーパー故に紙棚か。ぷぷっ!
……。
つ、次を紹介しよう。
それはお風呂である。
現在、水道水もそうであるが、ガスもとっくに止まっている。
名古屋は都市ガスなのもありしばらくは普通に使えていたのだが、何があったのかある日パタリと使えなくなってしまった。
実は他にもたくさん生き残りが名古屋にいて……という訳ではないだろう。どこかで火災等があってガス管が破損したのかもしれないし、僕が知らないだけでガス供給維持に電力とかが必要な仕組みでもあったのかもしれない。
とにかく、都市ガスは死んだ。
そこで目を付けたのが、とあるガス会社のショールーム着きの事務所だ。
そこには大型のガスタンクがあり、またプロパンガスのカートリッジも多量に保管してあった。
そしてショールームには大きくて綺麗なガス風呂が展示してあり、ご丁寧にちゃんとガスがきており、更に着火や湯加減調整などの電力は太陽電池パネルから引いてあるようで生きていたのだ。
そうなると問題は水なのだが、また都合の良いことに近くに小川が流れており、それを軽く濾過したものを使用している。なんと、都合よく大型の簡易濾過器もこの事務所にあったりした。
出来すぎてると思うでしょ?
でもそうじゃないんだよね。これはそもそも「仕様」なのである。
さすがは「災害時に強いガス生活を!」をキャッチフレーズに売り出していた企業だけのことはあるのだ。究極の災害形態である終末世界においても機能しているのだからね。僕が証明している。
……まあ、誰も見てないから宣伝効果は無いのだけれど。
”あの日”以前、僕の入浴はカラスの行水だった。
頭を洗い、体を洗い、湯船にドボンと浸かって30秒で上がる。
独り暮らしを始めてからなんてシャワーだけだ。まあ、ユニットバスで便器を眺めながらゆっくり入浴って気分にはなれなかったのもあるのだけど。
そんな僕なのだが、このガス会社の風呂が良いのか肉体労働で体が欲してるからなのかは分からないけども、毎日ここで30分は長風呂をして帰路に着くのが日課となっていた。
ショールーム故に外からは丸見えなのだが、まあ、誰も見ていないから逆に開放感があって良いよね。
この辺りのゾンビは完全に駆除済みだし、敷地への侵入経路は全て潰してあるので突然襲われることもないだろう。
この時間は自室以上にリラックスできる、至福のひとときであるのだ。
次を紹介。
CDレンタルし放題、故にエロDVD見放題なのである。
誰も得しないので詳細は延べないが、終わった後の虚しさは”あの日”以上だ。
生の女体なんて、色気の欠片もないBカップゾンビくらいしか見ていない。文字通り、物理的に周囲にいないのだからな。
広大な宇宙、たった一人生き残った主人公が、あるかも分からない新天地を目指して旅立つみたいな物語があるけど、彼もひとりオ〇ニーした後にこんな気分になったのだろうか。どうでもいいけど。
あとは、まあ、茶々丸と寝ることだな。
あのモフモフ感と温もりは、何事にも代えられないよ。
言葉はいらないって、このことだよね。
生きてるって感じがする。




