第118話 ぎんたま
「いてててて……」
僕は目が覚めてベッドから立ち上がろうとして、全身の痛みに耐えかねて声をあげた。
久しぶりに感じる、体を限界以上にイジメた結果に起きる現象。筋肉痛である。
”あの日”以前ならちょっと体に負荷をかければ三日後くらいに遅れて筋肉痛が起きるくらいオッサン仕様であったが、昨日の場合はあれだけ大暴れしたのだ。流石に翌日は思いっきり症状が出た。
まあ、筋肉を使っただけではなく骨とか関節にもそれなりのダメージを与えていたと思うので、これはもう筋肉痛と言うより関節炎も併発しているかもしれない。もはや、”怪我”と言ったほうがいい。しばらくは安静が吉であろう。
しかし、立ち上がろうにもとにかく体が重い。
こりゃ、思ったより酷い状態なのかもしれないぞ。
むぐぐ……
……って???
「にゃーん?」
「……オマエか? オマエの仕業だったのか!?」
「にゃ!?」
いや。初めから、半分そうかもって思ってたんだけどね。
やはり、体が重い原因は今やお約束。僕の胸の上で香箱座りで寛ぐ茶々丸であった。
こら。怪我人の胸の上で寛ぐ神経を疑うぜ。
”あの日”以前、ネットでの猫自慢エピソードでは「うちのお転婆猫は、私が怪我をしてうなっている時だけは大人しく寄り添ってくれました♡」的なものがあったりしたのだが、茶々丸についてはそんな空気読んでる感は無いな。
期待してないけど。
……でもまあ、無事帰って来れたってことだな。
昨日。大男ゾンビと剣道女ゾンビを退治した後に大急ぎで警察署の玄関から飛び出したのだが、出た瞬間に街の空気が変わっていることにすぐ気付いた。
間違いなく、発砲音の連発という非日常に町中のゾンビどもが反応していたんじゃなかろうか。肌で感じ取れる。
それは第六感というオカルト的なものでなく、この半年間の極限状態で培った五感全てと経験をフルに使用した末の脳の判断なのであろう。僕はそう思ってるし、まあ、第六感とやら言い出すよりは信頼できる考え方だと思うね。
幸いにも地下鉄の入り口までが200m程度の道程だったこともあり、数体のゾンビを難なく撒いた後に地下鉄トンネルの暗がりに逃げ込むことができ、そして無事に部屋まで帰ってこれたというワケであった。
……いやはや。満身創痍の状態で1kmとか追われるとかだったら、どうなっていたことか。そもそも北警察署が地下鉄駅からそんなに離れていたのなら始めから散策するつもりは無かったが、今後は更にその辺りを気を付けて行こうと思う。
「ただいま あーんど おはよう、やな」
昨日は這う這うの体で帰宅した後、茶々丸をかまってやる余裕は無かったからな。
僕は痛みに耐えながらも右手あで茶々丸の頭をわしゃわしゃと撫でる。
茶々丸はゴロゴロと喉を鳴らし始め、僕の指を3回程舐めた。
そして「頭はいいからこっちを触って」とばかりに僕の指先を喉元へと誘導し、恍惚の表情を浮かべる。
「エエんか? ここがエエんか?」
うへへ。相変わらず可愛いヤツめ。
僕はエロ親父の様な声を出しながら、調子に乗って大げさに茶々丸を攻め続ける。
うりうり。
うりうりうりうりっ!
ぐへへへへへ。
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数分後、気合で体中の痛みを無視し、やっとの思いで上半身を起こす。
もう少し寝ていたいのだが、しばらくは安静にするにせよ痛む関節には早めに湿布を貼っておいたほうがいいだろうし、痛む右手の真新しい切り傷にも消毒と絆創膏が必要だろう。
先ほど僕の胸の上から離れた茶々丸はといえば、いまはご機嫌らしく、床で一人で遊んでいる。一心不乱に何かを自分で転がしては飛びつくという、飼い猫のいる風景ではよくある光景だ。
ははは、やっぱり猫はこんな何気ない日常でも可愛いね。癒されるよ。
ふとベッド横のテーブルの上に目をやれば、昨日やっとの思いで手に入れたばかりの黒光りする拳銃があった。
ここ最近の最大成果である。あらためて、僕の胸にやり遂げた感が沸いてくる。
そして、隣のアルミ皿の中には、寝る前に拳銃から抜き取っておいた3発の銃弾が……
……?
銃弾が……
……???
……って、無い。銃 弾 が、無い!
血の気が引いた。僕が寝てる間に茶々丸が拳銃を遊びで床に落として暴発する可能性を考えて抜いておいた、銃弾が無い。
どういうことだ。確かに帰って来て心身ともにクタクタだったのでシャワーを浴びて速攻でベッドに横になったのではあるが、茶々丸のエサ追加と銃弾抜きは確実に行ったはずだ。
まずい。僕の浅はかではあるが漫画とかから得た知識によると、銃弾は単体でもそれなりの衝撃を与えれば暴発するはずである。そりゃ、テーブルから落としたとか、今みたいに茶々丸がコロコロと床に転がして遊ぶくらいでは暴発しないとは思うが……?
今みたいに……って! ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!!
「……茶々丸!! 何 やっ て ん の!?」
「にゃ!?」
名前入りの大声を聞いて茶々丸は動きを止め、真ん丸な目を見開いて僕をガン見した。
そして彼女の手元で光り輝く、小さな銀色の物体。
そう。茶々丸が転がして遊んでいた物体とは、なんと銃弾だったのだ。
「ああぁああぁぁぁ!」
僕は体中の痛みを無視してベッドから飛び降りて茶々丸を押しのけると、必死に床に転がる弾丸を拾い集めた。
良かった。3発ちゃんとある。
そんな僕の豹変を見て、茶々丸はいまソファーの下から上目遣いで僕を観察している。
何だその被害者面は? ビックリしたのは僕のほうだわ!
全く、恐ろしい子ッ!。茶々丸は、いま一番やって欲しくないことをやることに関しては天才的なのだ。それを忘れていたワケではなかったが……本当に恐ろしい子ッ!!
……でも、これって油断した僕が悪いんだよな。
ねこ様の行いは全て飼い主の責任なのだ。
分かっちゃいるけどさ、もう少しだけお手柔らかにお願いしたいものである。