第114話 絶望を知る男
あかーーーーーーーん!!!
茶々丸のエサ入れを空にするということはどういうことなのか。
それは、時に絶望を意味する。
僕が長時間不在だった時なんて散々なもので、よくてゴミ箱は荒らされてブチまけられ、最高に機嫌が悪いときはわざとトイレ以外でウ〇コをして抗議の意を示すのだ。買ったばかりの高級気味な絨毯でやられた時のショックとかはもう……。
同じ食いしん坊としてはひもじい思いをさせて申し訳なかったとは思うが、その報いがウ〇コとかはちょっとやり過ぎではなかろうか。
どちらにせよ、さっさと帰宅してエサ箱を満たし、ご機嫌取りせねばなるまい。
まさに、緊急事態である。
こんなことを一瞬で思ったのか思ってなかったのかは今となっては思い出せないが、僕はとにもかくにも「茶々丸にエサあげてない」と思った瞬間だけ超絶パワーを発揮し、大男ゾンビの左腕で押さえられていた右肩をその束縛から脱出させることに成功した……いや、後から思えば先に与えていたナイフでのダメージが功を奏し、大男ゾンビは力が入らなかったのか調子が狂っていたかしたから抜け出せたのであろうけど。
何はともあれ、右腕が一瞬とは言え自由になったというわけだ。
「クソが! これでも喰らえ!」
パアン!!
いくら右腕が自由になったとは言え、格闘戦では僕には万に一つも勝機は無かったであろう。ほんの数秒命が長らえただけの結果で終わっていたに違いない。
しかしながら、まだ僕にはコレが残っていた。
それは、先ほど手に入れたばかりの拳銃であった。
忘れていたわけではない。
大男ゾンビと遭遇時、まだ実戦で使用したことがなくて信頼性が無かったこととか、大きな音がするからとかで使用を躊躇したからだ。
その結果が今のピンチに繋がっているのかもしれないが、大男ゾンビの戦闘力が想定外だったこともあるから、自経験上の判断ミスとは言えまい。
パアン!!
この拳銃は、腰の右側に吊るした丈夫な革製ポーチにホルスターの要領で突っ込んでいたのが功を奏した様だ。
このポーチは特に決まった荷物を入れてる訳ではなく、”あの日”以前なら財布とか部屋の鍵、ウォーキングや”あの日”以降の物資散策では500mlクラスのペットボトルの水とかを徐に突っ込んで持ち歩くのに使用していたものだ。要するに、ジッパーやボタン等で封をするタイプのカバン類ではなく、放り込みっぱなしのタイプのものである。
下手にジッパーとかで封印して厳重に収納するタイプのものであったなら、とてもこんなにスムーズに拳銃を抜き、そして発砲することはできなかったであろう。
また、安全装置が着いているタイプの拳銃であった場合もこの状況で片手でソレを外せたかどうかは怪しいところだった。
拳銃を打てたのは、相当に運が良かったということだ。
パアン!!
かと言って、この無理な体制かつ緊急を要するこの事態において急所等を狙って発砲とかまでの余裕は無かった。
僕は拳銃を抜いて引き金に指をかけた瞬間、大男ゾンビのおそらくは腹部か脇腹あたりに拳銃を押し当て、そして引き金を数回引いたのだった。
しかしながら、おそらくは普通の人間相手ならばこれで勝負ありだったろうが、相手はゾンビである。痛覚も無ければ体の損傷なんてお構いなし。死ぬまで元気に(?)動き続ける働き者なのだ。怯みもしやしない。
パアン!!
僕はそれでもかまわず撃鉄を起こし、そして引き金を引き続ける。相手の反応がどうあれ、今の僕にはこれしか対抗手段が無いのだから。
パアン!!
……ガチン! ガチン!
そしてとうとう、無慈悲にも銃弾は発射されなくなった。