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第九話 ブラック企業のおかしい社長 ①

 目を覚ますと、斎藤久美から連絡が来ている。

『昨日はごめんなさい。迷惑をかけました。お互いのために忘れましょう』

『大丈夫ですよ。安心してください』と返す。


 昨日のミッションでこのゲームはクリア条件さえ満たせばいいということがわかった。三浦彩花のように、事実でも問題ないし、斎藤久美のように作っても問題ない。真実は関係ない――そして、報酬や達成目録以外にも稼ぐ方法があること、これが本命だということ……。

 

 14時にフィギンズマーケティングの面接。食事を摂り、久しぶりにジムに行って汗を流す。ストレスの発散と筋肉のキープ。自宅に戻り、履歴書と職務経歴書を印刷し、写真を貼り、少し早いが新宿に向けて出発。カフェで一服する。


 三浦彩花に電話する。繋がらない。留守電にメッセージ。

「もしもし、白川だけど、どうして出ないの? 用があるから折り返して」直ぐに折り返しがかかってくる。


「ごめんなさい。白川さんの番号って知らなくて電話出られなくてすいません。どういったことなんでしょうか?」今にも泣きそうな声。


「今日の夜まだ時間ははっきりわからないけど、新宿に来れる?」

「もちろん、大丈夫です。あの着いたら電話すればいいですか?」


「時間わからないから、夕方また連絡するわ。とりあえず空けておいて、よろしく」何か言おうとしているのを無視して電話を切る。

 

 そろそろ面接時間。フィギンズマーケティングに向かう。受付もなく内線も置いていない。近くの社員に面接で来たことを伝える。オープンスペースに案内される。


「いらっしゃいませ」オフィスにいる社員が立ち上がり大きな声で挨拶。居酒屋? そう思わせるほどの異様な光景。


 オープンスペースにはすでに3人が待機している。俺が最後のようだ。オフィスを見渡すと社員全体が若い。20代が中心。席に座り、志望者を見る。20代後半のごく普通の男2人が目の前。隣は20代半ばハーフかと思う整った顔のモデルのような美女。

 

案内をしてくれた小柄な可愛いらしい女が声を上げる。

「皆様、本日はお忙しい中、弊社にお越し頂きありがとうございます。人事担当の戸根と申します。まず、履歴書と職務経歴書を頂戴してもよろしいでしょうか?」バッグから書類を取り出し渡す。


「ありがとうございます。机に簡単なテストと弊社の事業紹介の資料がございます。本日の流れと致しましては、テストを行って頂き、弊社代表江川からの事業説明があります。説明が終わりましたら、面接に移ります。よろしくお願いします。何かご質問はありますか?」誰からも質問はなし。


「では、テストを行います。筆記用具をお持ちでない方がいましたら、おっしゃってください」誰も忘れていない。スタート。設問を見ると、SPIと言ったテストではなくこの会社のオリジナル問題/志望理由/将来の夢など。代表の江川が喜びそうなことを書いていく。    


20分ほど経つと戸根が戻ってくる。「皆様、ご記入出来ましたでしょうか?」女が手を上げ終わってない旨を伝える。


「では10分後にまた伺います。記入し終わった方は回収致します。お待ちの時間で資料に目を通してください」と戸根の説明。資料に軽く目を通しながら、フィギンズマーケティングの様子を伺う。


取り憑かれたように電話するテレアポチーム。凄まじいスピードでタイピングを行っているチーム。壁には成績優秀者の名前。社訓。想像した通りのド根性系ブラック企業。


男の社員は冴えないのが多いが、女の社員は戸根も含め美人が多い。江川の趣味丸出し――戸根が戻り、テストを回収。「江川が参りますので、しばらくお待ちください」10分程待つ。


提出した書類とテストを持った江川が来る。短髪/ギロッとした血走った目/浅黒い肌/光沢のある高そうなベストに金無垢のロレックス/独特な香水の匂い。いきなり開口


「俺が一歩通行に事業説明してもよくわからないでしょ? 質疑応答しながら進めていくから。隠すことないなんてしないから遠慮しないで、何でも聞いて欲しい」声の大きさと圧力が強い、こういうことは真似出来ない。


江川はまず自分の経歴をペラペラと自慢気に話し続けている。唐突に江川が俺の斜向いに座っている男に質問を振る。


「前職の年収いくらだった?」数人いるのに失礼な質問。

「400万円です」男は素直に答える。


江川は全員に尋ねていく。順番が回ってくる。

「700万円くらいです」大ざっぱに言う。履歴書を見ながら江川が再度聞いてくる。


「黒川さん、前職は随分大きな会社にいたんだね。前職で年収1000万円超えるの何歳くらいから?」

「役職によると思いますが、平均40歳過ぎてからですかね」江川は喜びながら言う。


「ウチは今年の社内規程で年収1000万の社員を5人以上出すことを宣言している。社内規程というのは会社で一番重い規則だからね。法律よりも上位。こんな会社まずないでしょ?」


知識がなければ迫力と声の大きさでこの嘘っぱちを信じてしまいそうになる。適当に相槌を打つ。


「しかもこの規程を社員全員知っている」茶色の手帳を江川が取り出す。

「これに一言一句写させているから社長の俺は逃げようがない」突っ込み所が満載。無駄な熱量で視界が歪む。


次は福利厚生の自慢が始まる。江川は当たり前のことを大げさに話して納得させるのが上手。江川の独演会が小一時間ほど続く。


最後に再度給料説明。「入社したら、どんな経歴であれ新人だ。東京都の最低賃金8時間分が1日の給料、それを22日かけて40時間分の割増賃金が最初の給料。賃金テーブルは明確に社内規程に記載している。半年で1.5倍になった社員もいるから実力次第で昇給も早い。この規模で大企業並の給料が出る会社はまずない。君たちはチャンスに恵まれている」


得意な顔をして説明会を締める。横にいた戸根が発言する。「以上で説明会は終わりとなります」江川が軽く頭を下げ立ち去って行く。


「このまま面接を希望する方はお待ちください。また、時間の都合が合わない方は受付で面接の予約を取ってお帰りください」察したかのように前の男たちは離席する。真っ当な神経をしていたら面接を受けるだけ時間の無駄とわかる。


残ったのは俺と隣の女だけ。「では15時30分から面接を始めます。それまで小休憩ということでトイレなどを済ませてください。トイレはエレベーターホールの直ぐ側にあります」隣の女は手帳に江川の言ったいたことを熱心に記入している。


トイレに向かう。エレベーターの前で辞退したと思う男たちに同情気味に頑張ってくださいと言われる。思わず、苦笑い。個室に入り、クールダウンさせる。


独特な体臭をごまかすための香水/目のクマを隠すために日焼けした肌/奇妙な猜疑心/血走った目=間違いなく江川はシャブ中。これが失脚させる手段のひとつ。もうひとつは三浦彩花を使ってハメること。

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