第八話 新婚OL 斎藤久美の未来 ③
二子玉川駅に向かい “フェロモン香水”を付ける。無臭。駅の改札辺りで待ち伏せをする。方法はアイテムの力で既成事実を作る。もし失敗したら、夫に三浦彩花をぶつける。しばし待っていると斎藤久美が改札から出てくる。偶然のふりをして声をかける。
「あれ、宮田さんですよね? 本日はどうもお世話になりました」
「こちらこそお世話になりました。えーと、サバシアの……」斎藤久美は名前を思い出そうとしている。
「黒川です。それに元ですよ。来月から別の会社です。宮田さんはこの近くにお住まいなんですか? 僕もここなんです」
「奇遇ですね。ご近所さんだなんて、今日はもうお帰りですか?」
「そこで食事して帰ろうかなと思っています。宮田さんもお帰り?」
「はい、買い物して帰るつもりです。今日は夫が遅いので独りで食事ですけどね」アイテムの効果か態度が柔らかい。
「もしよかったら一緒に食事でもどうですか? これから色々とお世話になると思いますので……」
「いいですね。それなら行きましょうか。駅近くだったらたくさんレストランもありますし」あっさりとOK。
雑談しながら、駅近く商業ビルのイタリアンダイニングに入る。適当に注文し、飲み物と食べ物が届く。
「部長が言っていましたよ。黒川さんってすごく優秀な方だって、お客様のことを第一優先で考えてくれる営業の方は少ないみたいだから、目立つそうです」ワインを飲みながら斎藤久美は饒舌に喋る。
「とんでもないですよ。僕なんて頭も良くないですし、真面目にお客様に向き合うことぐらいが取り柄ですから。でも、定岡部長がそんな評価してくれるなんて驚きです」
「だから今日私に紹介したんじゃないですか? 働き方改革の影響でウチも業務体系を見直すので、それで黒川さんにこれから多分私の部署、色々とお願いするので」
「ありがたいことです。それに宮田さんが担当だったら上手くやっていけそうです」軽くジャブを入れる。
「定岡部長に紹介されたとき、美人な方で驚いてしまいました。正直緊張してしまいましたよ。だから、挨拶ぎこちなかったんです」斉藤久美との距離感を確かめる。間違っていればセクハラと言われてもおかしくないネタを半分本気な口調で言う。。
「黒川さん、お上手すぎですよ。でも、ありがとうございます」まんざらでもない表情。
「本当ですよ、某局のアナウンサーかと思いましたから。宮田さん、グラス空いてますけど、飲みます?」飲むピッチが早い。
「頂いちゃおうかな。普段そんなに飲まないんですけど、楽しくて」アイテムの効果はてきめん。カルフォニア産ピノ・ノワールをボトルで頼む。食事も終え、話に夢中になりながらワインを二人で味わう。ボトルが空く。
「僕なんてかなり酔っている状態ですよ。お酒強いんですね」嘘――逆に斎藤久美は頬が紅潮して酔っているのがわかる。
「そんなことないですよ。私ももう限界みたい」タメ語と敬語が入り混じった話し方。
「そろそろお会計にしましょうか? 9時過ぎですし」
「久しぶりに酔った。トイレ行ってきます」斎藤久美が席を立つ。その隙に“赤ひげ媚薬”を水に入れる。送られたときは雲母みたいな結晶だったので砕いて粉状にしておいた。
テーブルで会計を済ませる。軽く足元がおぼつかない感じで斎藤久美が戻って来る。
「チェイサーの水です。酔い覚ましにどうぞ」媚薬入りの水を飲む。店を離れ駅前に出る。
まだ帰宅する人たちで賑やか。「宮田さんってどちらの方面です? 僕はあっちです」斎藤久美のマンションの方向を指す。
「私もです。途中まで帰りましょ」支えながら一緒に歩く。夫が見たら一大事。
「いい匂いがしますね? ローズ系? この匂い好き」斎藤久美は話し続ける。
「アナウンサーに似ているって言っていたじゃないですか。私、実はアナウンサー目指していたの。結局、落ちちゃったんですけど、それで今の会社」やはり自分が美人だということを自覚している。自己顕示欲も強め。
「残念でしたね。宮田さんなら受かりそうなのに、それより、旦那さんが羨ましいかな。美人で仕事も出来る方と結婚出来るなんて」斎藤久美の目がとろんとした発情している目になっている。マンションの前に着く。
「ごめん、ちょっとトイレ借りてもいい?漏れそう」辛そうにわざと言う。快く新婚の住処に招き入れてくれる。
斉藤久美の身体に触れると吐息が漏れた。服を着たままベッドに押し倒す。彼女も求めている。昼の真面目で清楚な仮面を剥いでただの獣ように快楽を貪っている。激しく身体を重ね合ったいる最中の姿を撮影。
時計を確認。夫が帰って来てもおかしくない時刻。物足りない顔をしている斎藤久美を置いてマンションを発つ。駅までの帰り道で夫の斎藤誠を見かける。これから部屋で起きることを想像し、にやつき、記念の写真を撮る。
[タイトル:ミッション『マジメなお嬢さん』をクリア
本文:ミッションをクリア致しました。特典といたしまして、報酬500万円、CP1を差し上げます。]
“赤ひげ媚薬”を注文してベッドで瞼を閉じる。今日したことで心は決まった。500億も手に入れ、地位も名誉も欲しいものは奪っていく、このゲームは俺向きだ。
用語解説
カルフォニア産ピノ・ノワール カルフォニアの赤ワイン、美味しいです。