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第六話 新婚OL 斎藤久美の未来 ①

 朝6時30分――斎藤久美の自宅付近。今日は1日彼女の追跡予定。春真っ盛りだが、この時間は冷える。コーヒーとタバコで()える。


 昨日、買ったアイテムは宅配ボックスの中に小包として入っていた。待つこと1時間ちょっと斎藤久美が夫と一緒にマンションから出てくる。適度な距離を保ちつつ、つけると二子玉川駅に着く。


 この時間の田園都市線のラッシュは地獄と聞いていたが、予想以上だった、殺気立っている女に肘で脇腹を殴られた。電車の揺れを利用し、お返しに足を思い切り踏みつける。


 満員電車のおかげで、斎藤久美の後を追っているのはバレてない。夫婦揃って大手町で降りる。よく見慣れて光景――複雑な駅の構内を歩き、地上に出る。徒歩3分ほどに大きなビルに彼女たちが入っていく。


 ここは前職で通ったハーパー工業本社――日本を代表するメーカー、社員規模は数万単位、二人揃ってここの社員。俗に言うパワーカップル。職場はわかったが、離婚に至る証拠を掴まないとミッションをクリア出来ない。


それには、斎藤久美の評判を知る必要性がある。スマホを取り出して、過去取引していた営業推進部の定岡に電話をかける。


「黒川です。お世話になっております。お久しぶりです。定岡さん、急なお願いで大変申し訳ないのですが、本日の午前中でお時間取ることは出来ますか? お願いします」


「黒川さん、こちらこそ久しぶりだね。どういった要件なんだい? 突然のことで驚いているよ。生憎私も忙しくて……。難しいんだ」会社という看板がなくなった瞬間、今まで親切にしてくれていた人たちが冷たくなることは当たり前。


「どうしてもお世話になった定岡さんにお伝えしたことがありまして……。電話ですと失礼ですので、顔合わせしてお話したいと思っております。如何でしょうか?」少しの間。定岡が悩んでいるのがわかる。


「そういうことなら、10時からなら数十分ほど時間が取れると思う。その時間で構わないかい?」

「ありがとうございます。その時間で問題ないです。では伺いますので、よろしくお願いします」


ハーパー工業は前職で特に俺が力を注いで、開拓していた会社。そのときの担当が定岡。ライバル会社が食い込んでおり、牙城を崩すため、不倫の証拠という定岡の弱みを握っている。それも相手は発注先の社員。


 軽い朝食を食べながら、時間を潰す。携帯に届いている連絡を返し、タブレットを点け、次のミッションマークを探す。ハーパー工業内にマークを発見。一石二鳥。ゲームからのメールなどの新しい通知はなし。コーヒーの飲み過ぎで軽い胸焼け。


時間も近くなり、受付に行く。会議室に通され、定岡が来るのを待つ。ノックの音が聞こえ、中肉中背の温和そうな50代の男、定岡が入ってくる。立ち上がり会釈をする。


「定岡さん、急に時間を取って貰い、ご迷惑をかけました。ご報告したい件がございましてお話したいと思っておりました。」


「とんでもない。弊社としても黒川さんの急な退職で部内でも驚いているよ。一身上の都合と挨拶に来たときには言っていたが、本当のところは転職でもしたのかい?」


「わかっていましたか。流石、耳が早いです。現在は別の仕事に移る準備をしております。後任はちゃんとフォロー出来ています?」


「佐藤課長だったかな。黒川さんに比べると足りないところがあるが、頑張ってくれているよ。てっきり黒川さんと一緒に動いていてくれた小林さんが就くと思っていたけど、違ったみたいだね。」定岡は苦笑いをしている。


佐藤が後任になっていたのか、それは知らなかった。口封じのために、万年係長だった佐藤に昇進という餌あげて、黙らせハーパー工業の担当にして上手い汁だけ吸った。前職の上層部らしいやり方。


「佐藤さんなら問題ないですよ。やるときはやる人ですし、ちなみに小林は部署異動になりました。あまり大きな声で言えないのですが、心の病になってしまったのが原因らしいです。


去年の暮れくらいからときたま思い詰めているようでして、ご存知のようにあんなに明るかったのに……」声のトーンを落とす。定岡の表情が曇る。さらに続ける。


「そう言えば、小林は定岡さんに仕事以外でも色々と相談をよくしていましたよね? 同じ会社でもないのに。不思議だなと感じていたのですけど、小林が変わってしまった理由はご存知だったりしませんか?」定岡は怒気を込めた口調で言う。


「流石にそこまでは知らないよ。勝手な言いがかりは止めてくれ。確かに相談に乗ったことはあるが大した話じゃない。辞めた君が気にすることじゃないだろ」


「おっしゃる通りです。私がもう気にすることでもないのですが、元同僚で目をかけていた後輩でもありますから、連絡しても繋がらないですしね。何かあったのだけ知りたくて、無粋なことを聞いてしまい失礼いたしました」定岡はまだそわそわしている。


「それに君が頼りなかっただけじゃないかい。どうして私に関係がある? まるで私が悪かったように聞いてくるとは、はっきり言って不愉快だ」定岡の顔面から汗が吹き出るのがわかる。


俺は頭を振り、ラブホテルから出てくる二人の姿を撮った画像を見せつけた。定岡が青ざめる――これが退職していなければ、定岡に対して切っていたはずのカード。


「知らないと思ってました? これが広まったら、どうなるか定岡さんならわかりますよね? 私に協力して頂ければ、墓場まで持っていきますので。ご協力をお願いします」定岡は観念したかのように頷く。


「御社の社員のことを伺いたいです。部署は存じ上げませんが、斎藤久美という社員がいるはずです。その評判を知りたいのですが、教えて頂けませんか?」定岡はパソコンを開き、社内イントラで調べている。顔面はいまだに蒼白。調べるのに時間が少しかかる。


「この社員で合っているか?」定岡がパソコンを見せてくる。顔写真は若いが当たり!


[宮田久美 所属部門 営業推進部プロセス革新課 2008年入社 内線xxxxx]


宮田? 斉藤じゃないのか……。結婚して、戸籍上は姓が変わっているが、仕事の都合上、そのままにしているケースか。


「営業推進部って定岡さんの部門じゃないですか? よければ紹介して頂けませんか? 頼みますね。」定岡は不満そうな顔をしながら電話を取り、斎藤久美を呼び出す。


数分後、斎藤久美が会議室に訪れる。昨日、見たときと変わらず美人で30歳より少しだけ、若くみえる。名刺交換をするが、俺は持ってないので彼女のだけ受け取る。定岡が俺のことを紹介してくれたので適当に合わせる。一通りの挨拶を終えて彼女は立ち去る。


「ありがとうございます」定岡は無言。

「斎藤さんって名刺には宮田って書いてありますけど、名前間違えてしまったようですね。 ずっと営業推進部にいたんですか?」


やっと定岡が話し出す。「新卒のときから、私の部署一筋だ。斎藤と言われてピンと来なかったのは、今年結婚したばかりだからだよ」


「好奇心で伺いますけど、ご主人さんってどんな方ですか?」

「営業部の社員だよ。君と違って誠実な青年だ。部門を超えて評判がいい。宮田くんの結婚式に参列したが、5年ほど交際していたらしい。全く気が付かなかったよ。ところで、どうして彼女を詮索しているんだ? せめて私に迷惑がかからないようにしてくれ」


「そんな定岡さんに迷惑をかけることなんていたしませんよ。業務とは一切関係のないことです。ちょっと変な噂を聞きましてね。もし彼女に関する噂を聞きましたら連絡くださると助かります」帰り支度をしながら言う。仏頂面の定岡に見送られエレベーターに乗る。


用語解説

ハーパー工業 フィクションの会社。CMで流れているような大手メーカーを想像していただけると助かります。


パワーカップル 年収700万円を越える共働きの夫婦のこと。

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