第五話 街を彷徨う
ミッションのために明け方まで動いていたせいか起きたら正午手前。寝ぼけ眼で新聞を取りに行く。ポストには新聞、チラシ、そして、紫色の封筒が一通。学生を恐喝して経費を差し引いて正味400万程度の儲け。
手元に250万の現金、報酬の500万の入金方法は? タブレットの電源を入れる。新着メッセージ。
[タイトル:達成目録『初クリアおめでとう』
本文:報酬の振込口座及びカードを届けました。各種ATMからご利用出来ます。タブレットを使い送金も可能です]
届いていた紫色の封筒を開ける。普通の銀行の通帳やキャッシュカードと変わらない通帳にカード。【KBS】の文字が背景にあり、薄い紫で高級感があり、無駄にセンスがいい。
早速、新しく作られた【¥】マークのアイコンをタッチすると、残高が5,000,000円となっている。実用性のありそうな“商特典強化Lv1 価格:300万円”を購入する。すると残高は2,000,000円に変わる。
携帯をチェックする。寝ていた間に携帯に数件の着信と数件のラインが届いている。着信の相手は同じ。
堀内彰――中高時代の後輩。現在は起業をして年商5億円ほどの会社までに発展させた。31歳。独身。
折り返しの電話をする。「黒川さん、折り返しすいません。昨日、マウアーに来てもらったそうで、言ってくれればサービスしたのに……。ちゃんと言ってくださいよ」残念そうな声で言ってくる。
堀内は体育会系だったせいか先輩に対してはしっかりとした対応を取る。「夜も遅かったし、何か悪くてさ。でも、いい店だったよ。ちゃんと料金分はペイしたしね」
「知ってますよ。しっかりとお持ち帰りしたらしいじゃないですか。飲むときは誘ってくださいよ。黒川さんと最近飲んでないですから」情報が筒抜けだ。純粋に持ち帰っただけとしか堀内は思っていないであろう。
「話変わりますけど、大丈夫ですか? ちょっと伺いたいことありまして。今、自転車と草って余っていたりしませんか?」堀内が電話して来る理由は大体これだ。
「今手持ちはないな。最近してないし」はぐらかす。
「そうですか。ルートもない感じですか?」
「ちょっと待って」堀内の慎重さは折り紙付き、恩を売るつもりで手帳をめくる。
「生きてるかわからないけど、xxx-xxxx-xxxxに公衆電話から20時以降にかけて見れば手に入るかも。もし無理だったらごめん」
「助かります。黒川さん、マジ頼りになります。あとマウアー行くときは連絡してくださいね。粗相がないように言っておきますし、自分も行けたら行きますので、失礼します」テンション高めで電話を切られた。
他のラインの返事をしていると腹の音が鳴る。牛肉を炒めパンに挟んで2枚食べる。今日もミッションクリアに向けて動かなければならない。
地図を開きマークを確認する。昨日とまた位置が違っている。西新宿あたりにマークがある。今日はここに行くか――この辺りはオフィス街。スーツに着替え、出発する。
マップを見ながらマークに向かっていく。場所は新宿中央タワービル。タブレットが微かに振動し続けている。ミッションが発生場所は上の階にあるオフィスのどこか。タブレットの振動を頼りに低層階用エレベーターと高層階用エレベーターとそれぞれに乗る。
低層階用エレベーター空振り。高層階用エレベーターの13階から15階の間で振動が強くなる。15階で降り、階段で下の階に降りていく。14階で振動が上がる。14階のフロアを探しているとある会社の前で振動が止まった。タブレットを見るとミッション発生。
《おかしな社長》クリア条件/社長の失脚
クリア条件は初めてのミッションと違い具体的。ただ、失脚など余程のことがないと起こり得ない――とりあえずは情報収集に努める。あとキャッシュカードが使えるか確認。
会社名 :フィギンズ・マーケティング株式会社
業務内容 :中小企業に対するマーケティング、コンサルティング支援
代表取締役:江川宗弘
etc……
ホームページを調べると今回のターゲット江川宗弘の経歴がよく分かる。中堅私立大学卒業後、国内コンサルティングファームに就職、その後独立して現在に至っている。
ブログを開設しており、自身をブランド化している。ブログ内容から44歳で既婚。2児の父親。趣味はサッカー。座右の銘は為せば成る。転職サイトでの評判は悪い。宗教/社長が変人/薄給/長時間労働――ブラック企業のテンプレート。
求人もしょっちゅうしており、現在も募集中。内部に入れれば情報の量が増えると思い、応募。受かればラッキーくらいの認識で考える。
失脚方法――業務での不正、労務関係の不適切さ、どれも証拠集めに時間がかかる。女性関係で攻めてもこのタイプのオーナー社長の失脚要因にするのは難しい。
三浦彩花のことを考えると決定打があるはずだが、妙案が閃かない。現状では座っていても時間の浪費するだけ。もうひとつ程度は新しいミッションが欲しい。そちらを探すことに切り換える。
マークは丸の内と二子玉川。二子玉川は少し遠いが地縁がある場所、丸の内は因縁がある場所。俺は二子玉川を選んだ。
田園都市線から降りると駅周辺は俺が子供だった頃と随分変わっている。駅名も以前は二子玉川園、路線も新玉川線、あったのはデパートと東○ハンズ、映画館とプール。東京と外れの変化。
歩いている住民も気取った感じの奴らばかり=田舎者。ミッション発生の場所を探し、開発された地域を進むと反応がある、歩きを止め、スーパーの中に入る。振動を頼りに探していると食品売場で買物をしている女で振動がさらに強くなる。
この女がこのミッションのターゲットか。黒髪ショートヘアー、アナウンサーにいそうな清楚系の美人。年齢は30才前後。薄いメイクからOLか。左手薬指に指輪。
何気なく横を通り過ぎると振動が止まる。これで新しいミッションが発生しているはずだ。尾行していくと、開発されたばかりの新しいマンションに入っていく。彼女とマンションの写真を撮り、ミッションの確認。
《マジメなお嬢さん》クリア条件/離婚に至る証拠入手
クリア条件がこれもまた具体的――まだ夕方手前。離婚ならこれから動く可能性もある。張り込み。その間にアイテムを使い建物と人物の情報を得る。合計“情報料:30万円”
氏名:斎藤久美
年齢:30才
職業:会社員
住所:東京都世田谷区○○
電話:xxx-xxxx-xxx
建物情報と住所の不一致はない。ショップ画面を開き、このミッションで使えそうな“覗き見くん”を購入する。500万もするが文句は言えない。新しく出来た【虫眼鏡】のようなアイコンをタッチし、斎藤久美の携帯番号を入力。
情報料は取られるかと思ったが、かからないことに驚く。タブレットに斎藤久美のスマホらしき画面が現れる。メッセージやメールを覗く。斎藤誠という夫と思われる人物のやり取りがほとんどで一部に友人らしき人物がある程度。
内容も夫婦にありがちな会話ばかり。写真も少なく、興味を引くのは結婚式のだけ。日付は今年の2月。怪しい部分を探したが、形跡なし。気がつけば3時間ほど待っている。斎藤久美のスマホのやり取り視る限り、今日は外に出る気配はない。戻るとするか。
届いたカードをコンビニのATMで使うとちゃんとお金をおろせることを確かめて、食事をして自宅に戻る。今日の情報をまとめる。新しく発生したミッションは2つ。
他のアイテムがあれば効率よく攻略出来そうだが、お金には余裕を持ちたい。ミッションの報酬以外でのお金の入手は攻略の鍵になりそうだ――それに人混みでターゲットがわからず、ミッションが発生してしまうこともあり得る。難題は山積みだ。
気づくと新着のメールが届いている。
[タイトル:達成目録『薬屋さん始めました』
本文:アイテムショップに新入荷あり、報酬50万円を差し上げます。]
どうやって達成したのかわからないがアイテムショップに画面を切り換える。
“商品名:赤ひげ媚薬 価格:80万円 アイテム説明:発情させ性行為での感度を高めます。強めの依存性がありますのでご利用には注意ください”
“商品名:フェロモン香水 価格:200万円 アイテム説明:一時的に魅力的になり、相手の警戒心を緩めます”
薬物系のアイテム。値段的には買える範囲でアイテムの内容も使えそうなので買う。タブレットには変化はない。買ったアイテムの入手方法は不明、カードのように朝になれば届いているのか。
今日の成果はほぼなし。今後の戦略も選択肢は少ない。ひたすらとミッションを発生させ、クリア出来そうなものから終わらせて行く。問題点はミッションが増えすぎ対処出来なくなること。ミッションは期限付きの可能性もあること――
仮にミッションをクリアする前に他の原因によってクリア条件が達成されてしまったら、そのミッションはどうなるか現時点ではわからない。もし、強制終了となるなら迂闊に発生させるのは悪手。
ミッションはかなりの量があるはずだが、無限ではない。ある程度ミッションをストックしておき、段階を進めて刈り取る。前の営業の仕事と変わらないとぼやきながら、またマイスリーで眠りにつく。