第三話 女子大生 三浦彩花の秘密 ②
自宅に戻る。昨日と同じ昼食を取る。タブレットを開き、三浦彩花の情報のメモ欄に[水商売または愛人をしている可能性有り、分不相応な所持品、金銭の出処を調査]と記入。
夜になったら麻布界隈のラウンジをまわってみるか、赤山学院の学生はよく働いている。ただ俺が知っている限りの店では彼女を見た記憶がない。
三浦彩花のルックス/軽く茶色に染めた軽く巻いたセミロングのヘアースタイル。細身で160センチ程度。目鼻立ちがしっかりした顔。メイクもしっかり。読者モデル程度なら十分。
慣れない探偵ごっこに疲れを感じながらも、出来ていなかったタブレットの機能の確認。所持金は使った分なくなっている。残りは500万円強。プレイ時間が現実の時間に即して増えている。ショップ画面に移ると購入したアイテムが暗くなっている。
現在購入出来るアイテム
“商品名:覗き見くん 価格:500万円 アイテム説明:電話番号を知っている携帯電話のデータを覗くことが出来ます。”
“商品名:追跡くん 価格:500万円 アイテム説明:カメラで撮影したモノの位置がマップ上でわかります。”
“商品名:特典強化Lv1 価格:300万円 アイテム説明:ミッションクリア特典の報酬がアップいたします。”
値段設定がおかしい。買ってしまったら一文無しになる。下手にお金が使えない今の段階では保留。
地図アイコンをタッチ。マークが何箇所かある。同時にミッションを進めることが出来るようだが、このゲームのルールを理解していない状態で同時進行で進めるのは危険と判断。
新しく出来たフォトアイコンにはマンションの写真が追加。タップすると情報が得られる。“情報料:10万円”金、金、金。KBSゲームのKは金のKじゃないかと突っ込みたくなった。金銭感覚が麻痺してきている。10万円なら購入。
建物名:メゾンネットプホルス
住所:東京都渋谷区○○
オーナー:城之内明
暗証番号:8356
興奮を抑える事が出来ずにアドレナリンがまた吹き出した。脳がぐらんぐらん揺れる。人物だけじゃなく建物まで情報を得られるのか、何でもあり――
店が始まり出す20時過ぎから行動開始。毎度のジムに行くとベンチプレスのMAXを110Kgと更新した。吹き出した汗をシャワーで流し、ランゲ&ゾーネの時計、エドワードグリーンの靴、イザイアのスーツに着替え街に繰り出す。
1軒目、まだ早い時間のせいかキャストの人数が少ない。フロアを見渡しても三浦彩花らしき女はいない。酒を飲みつつ、適当に時間を潰し帰る。2軒目、3軒目でも見つからない。付いたキャストに三浦彩花の写真を見せるも見たことあるようなないような微妙な反応。収穫=着いたキャストたちのライン。
夜も深くなってくるとただでさえ多い輩系たちが麻布界隈では増殖する。酔ったチャラそうなサラリーマンが殴られている。三浦彩花が輩たちと仲がいいと面倒だ。4軒目の店に向かおうとしたところで昨日の森の言葉を思い出す。森に電話をかける。
「どうした?」森の眠そうな声が聞こえる。
「昨日、言っていたラウンジの名前何だっけ?」一気に森の声が下品になる。
「マジで好きだなお前。ヤッてきたら感想頼むわ。確かマウアーって名前だったかな。堀内が出資したとか言っていたから、俺と堀内の名前でも出しておけば入れるじゃねーの。場所はカニゾービルのちょっと先で3階」
「サンキュー。助かった。ヤッたら感想言うわ。また飲もう」森に感謝を伝える。見つからなかったら、マンションで張り込み。
数分歩き、マウアーが入っているビルに着く。エレベーターで3階に昇る。出るとすぐに扉とインターホンがあり鳴らす。男が応答する。
「大変申し訳ございませんが、当店は会員制となっております。会員様とご一緒にご来店して頂くか、ご紹介がございませんと入店をお断りしております。何卒、ご了承下さい」丁寧な口調。
「失礼致しました。私、黒川と申します。いいお店があるということで森さんと堀内さんに紹介されました。二人とも多忙なようで、本来ならどちらかと一緒に伺うのが筋だと思いますが、ひとりで伺った次第です。」
「左様でございましたか、こちらこそ大変失礼致しました。扉を開けますので、お入り下さい。」
店の中に入ると金持ちそうなおっさんやらヤり手そうな若い男たちが女を侍らかせて飲んでいる。30才前後くらいの黒服が俺に声をかける。インターホン越しで聞いた声。
「黒川様でしょうか。当店のシステムをご説明致しますので、こちらまでどうぞ」席に案内される。社交辞令を済ませ、まずは身分証と名刺を見せる。そして料金説明。適当に聞き流す。会員証を貰い、男は去って行く。
三浦彩花がいないかフロアを見渡す。ビンゴ――三浦彩花だ! 先程の男を呼び彼女を付けてもらう。露出高めの服を着て、髪型もアップにしているせいか、大学で見たときよりも色っぽく見える。
「初めましてですよね? サヤって言います。このお店よく来るんですか?」初めて間近で聞く三浦彩花の声。思いのほか高く可愛らしい。
「今日が初めて。職場の同僚に紹介されて来たんだ。サヤちゃんは長いの?」営業スマイルを浮かべ明るめの口調で答える。
「数ヶ月前からいるんですけど、忙しくてあまり来てないです。週に1度か2度来るか来ないかって感じかな。昼も働いているんで、疲れちゃうんですよ」本当は学生のくせによく言うと内心思う。
「そうなんだ。それは大変だね。とりあえず乾杯しようか。シャンパンでいい?」
「嬉しい。私、シャンパン大好き」メニューを貰い、悩んでいるとクリュッグを注文された。
「そう言えばお名前、聞いていませんでしたよね? 教えて貰えますか?」
「白川って言うんだ。改めてよろしくね」いつも使う偽名。
「白川さんってどんな仕事しているんですか?」
「IT企業で働いているよ。サヤちゃんの昼ってどんなの?」
「アパレル関係かな。本当に大変、お給料安くて」水商売定番の嘘。お互いに偽りの自己紹介をしている間にシャンパンが運ばれてくる。
泡もの特有の音が鳴る。注がれグラスを合わせる。酒を飲みながら会話が盛り上がってくると三浦彩花が身体を密着させてくる。腕に胸の感触が伝わる。
「白川さん、30才手前ですよね? 若いのにここ来れるってすごいです。独身なんですか?」
「実は結婚しているだよね。今あんまり上手くいってなくて外しているんだ。そういうストレスもあってこういうところで飲んでいるんだけど、内緒にしてよ」作り笑顔で言う。
「言いませんよ。まだちょっとしか会ってないけど、格好いいし、優しいし、私だったら離さないな」煽ててくる。
シャンパンの瓶がちょうど空になる。今のままだとただ飲みに来ただけ。目的である彼女の秘密にたどりつく気配もない。
「次何飲もうか?」俺が尋ねる。またもやメニューを貰い、ワンランク上げたボトルを頼む。クリュッグ・ロゼ。三浦彩花の目の色が変わる。
「高いお酒ばかり入れてくれてありがとう。白川さんリッチだね」笑いながらも半分本気。彼女は架空の仕事の愚痴を織り交ぜながら羽振り具合を確認してくる。強めのボディタッチでも拒否をしない。そろそろ時刻は午前2時――
「サヤちゃん、この後時間ある?飲み直さない?」
「いいですよ。でも、ちょっとお願いがあってお小遣いくれると嬉しいんだけど……」小声で三浦彩花が言う。
「全然いいって。昼が辛そうだし。こんなおっさんが助けになれば問題なしだよ。下で待ち合わせね」会計は30万ちょっと。チャリンチャリン。
外で三浦彩花が来るのを待つ。こうやって稼いでいるのか。これは秘密だな。タブレットを開く。ミッションはまだ終わっていない――他に秘密がある。一発ヤッてそこから情報を集めるか。
用語解説
ランゲ&ゾーネ ドイツの高級時計ブランド。地味
エドワードグリーン イギリスの高級紳士靴ブランド。地味
イザイア イタリアのスーツブランド。高級ブランドに属するが最高級ブランドではない。
クリュッグ 高級シャンパン。お姉ちゃんのいるお店で飲むと10万円くらいに価格が跳ね上がります。