第十四話 パラフィリア・ナイト ③
“覗き見くん”にこの番号を入力する。辻壮介と紐づく。調べるとおかしな点、この携帯は辻壮介以外と連絡を取っていない。メッセージのやり取りをみるとこちらには履歴がある。
内容から察するに証拠が残らないように買え与えた専用の電話。見る限り吉川英雄という名前はフェイク、メッセージ上では〈ひろみ〉と呼んでいる。辻壮介はこの相手に対し相当お熱ようだ。
愛人の契約まで持ち出している月に100万の手当の提案、死体を見たときとは別の意味の吐き気がする。やんわりと断っている。
写真があればと探すがフォトファイルには何もない。諦め半分で動画ファイルを見る。ひとつだけムービーがある。日付は本日。触れて再生させる。
「辻さん、私とそんなにしたかったんですか? 勝手に気持ちよくなってずるいですよ。今度は私がよくなる番ですね」
鼻にぬけるようなアニメ声。動画の風景は今日のホテル。洗面台からベッドに歩いている。ベッドにはもうすでに息絶えている辻の無残な姿。
「じゃあ、始めちゃいますね。最初は痛いかも知れないですけど、どんどん気持ちよくなっていきますよ」
マイクに異音が混じり、携帯のカメラが固定される。そこには長めの髪を団子状に留め、血まみれで股間にはり型を装着した小柄な体格の女。はり型を腹部の傷跡にさして犯している。艶っぽい声が響き渡る。
「それじゃあ、次にいきますね」
ナイフで辻の腹部を抉る。またはり型を使って同じ行動。返り血で身体がさらに赤くなる――肉の音/嬌声/何度も繰り返す。内臓の一部がはみ出ている。
「限界。辻さん、最高ですよ」
呼吸が荒くなり声色が変わる。辻の頭を抑えて、はり型を右目に向け、そのまま突っ込む。今度は違った肉の音が響く、低め甘ったるい声を出し、果てる。
余韻を楽しんだのか、はり型を抜き、カメラに向かってくる。携帯を持ったままベッドに移動し、辻とツーショットの自撮り。
「もう出来ないけど、久しぶりによかった。バイバイ」元のアニメ声に戻り、顔の一部に血がついており、狂気を含んだ笑顔でカメラに向けて手を振っている。動画が終わる。
脳みそが認識しない/現実なのか夢なのかさえ曖昧/思考がうねる/身体が小刻みに震える/その場で今日2回目の嘔吐――意識がはっきりするまでどれだけ時間がかかったかわからない。
やっと落ち着く。時刻は21時半過ぎ。ひろみと呼ばれる人物のルックスはわかった。身長は150センチから160センチの間、年齢は20才から25才の間、ルックスは童顔で、目はぱっちりした天然系のアイドルのような容姿。バストは大きめ。
ルックスとスタイルだけ見れば、辻壮介がハマってしまったのも何となく理解は出来る。致命的だったことは、このひろみという女は完全な異常者だったということを知らなかったこと――
今日は散々な一日だった。殺人現場を目撃し、さらに猟奇的なスナッフムービーを見るとは思ってもいなかった。脳裏に辻の破壊された身体と殺人を犯し、それでいて自分の性的倒錯行為を動画で撮影し、笑顔でいるひろみが焼きについている。
辻に対して何の感情も抱いてないだろう、散々、焦らしておいていざというタイミングで殺す。愛人の誘いも断っていたことから、金目的ではない快楽目的の殺人。
犯人の顔はわかった。ひろみという名前は本名かわからないが、ヒントにはなるかもしれない。勘でしかないが、この女は殺人に対して慣れている。躊躇というのが一切なかった。己の欲望のままに辻を犯した。過去にもやっている可能性は十分にあり得る。
類似の事件がないか検索する。ラブホテルで殺人事件があったのはここ数年で数回、どれも被害者は女性。殺害の方法も今回とは全く違う。時間だけが過ぎていく……。
地道な作業、未解決事件の中で似たような事件をやっと見つける。3年前に神奈川県横須賀市で起きた事件。自宅で40代の男性が自宅のマンションで刺殺されている。
近々だとこれくらいしか類似の事件がない。この事件をインターネットで調べても詳しい情報が見当たらない。C級雑誌の数冊に特集の記事があることくらい。通販サイトで購入する。届くのは明日か明後日。
時間は24時手前。今日出来ることはないだろう。脳裏に焼き付いたシーンが再生される。マイスリーを飲む。いつものように眠気が訪れない、急にお腹の音がなる。緊張の連続で全く食事をしていなかった。
コンビニに行って適当におにぎりとビールを買う。ポストに入っている荷物も取ってくる。ビールを飲みながら、おにぎりを食べているとやっと焦燥感が消えてくる。IQOSを吸いながら、スマホを取り出し、溜まっているラインの返事を返す。
堀内から何件か着信がある。最新のものは15分前。気晴らしになればと思い折り返す。
「悪い、何回も電話かけてもらったのに、全然出られなくて、どうした?」
「この前はどうもありがとうございます。しっかりゲトれましたよ。それで今、歌舞伎町に森さんといるんですけど、これから一発かましません?」
「ごめん、今日気分最悪でちょっと出られそうにないんだよね。また誘ってくれるとありがたいわ」流石にヘビーな一日過ぎてハイになれる気分ではない。
「黒川さん、もしかして風邪とかですか? また誘いますから、そのときはお願いします」後ろから森の声が聞こえる。
「森さんからの伝言です。ちょっと前まで黒川さんがよく行っていたキャバクラとゲイバーの名前教えてくれだそうです」
「キャバクラはシャーザー、区役所通り沿い。ゲイバーはふたりで行ってもつまらんと思うからアフターにこぎつけたら行ってくれ。名前はタコライス、新宿公園の近く。」
「ありがとうございます。それではお疲れ様です」
「おやすみ、お疲れ様」電話を切る。本当にこいつらはタフだなとつくづく思う。
マイスリーをさらに追加し、寝られないときようのロヒプノールを飲む。アルコールのブーストもあってか、睡魔に襲われる。突如、目が覚める。時間は5時過ぎ。悪夢を見ていた。
今日の殺人事件が自分にされたかのような夢、それがごちゃごちゃになって過去に関わりあった人物と入れ替わっている。結局そのまま寝られずに朝を迎え、いつも見ている朝のスポーツ特集で気を紛らわせる。久しぶりに笑ったような気がする。
朝食を食べ終え、タブレットを開く。マークは2つある。昨日のこともあって、行くのに不安がある。でも、やらなければただ死ぬだけ。重い腰を起こしながら、シャワーを浴びて準備する。
ヒゲを剃っていると目の下にクマが出来ている。疲れている顔。準備は出来た。マークは鶯谷と新宿3丁目。日曜日に鶯谷なんて風俗関係まっしぐらな案件。場所柄、外国関係。消去法的に新宿3丁目を選ぶ。携帯電話が鳴っている。見知らぬ番号――
不気味な感覚に襲われるが、出る。
「黒川さんですか? あの清水みなみです」一瞬、言葉が詰まる。
「ああ、清水さん。あのときは大変だったね。大丈夫だった?」
「はい、お陰様で何とか……。本当に黒川さんがいなかったら、もっと酷いことになっていたと思います。お礼だけは言いたくて」
「気にしなくて大丈夫だよ。こっちこそ二人きりにさせてしまってごめんね」
「とんでもないです。あんなことになるなんて誰もわかりませんよ。そんな風に思われてしまうと逆に私が辛いです」
「そっか、ゆっくり休んで、元気になってもらえると嬉しいよ」
「ありがとうございます。でも、休んでいる暇なんてないですから、これからも転職活動頑張ります。黒川さんも転職活動を頑張ってくださいね。内定もらったら、連絡しますから」心なしか最初に電話を受けたときより声に元気がある
「そうだね。アドバイス出来ることもあるかもしれないから、気軽に連絡して」
「してもいいんですか? 悩んでいること多くて、助かります。あの、本当にありがとうございました。感謝しています」
「気にしないで、本当に無理だけはしないだね。じゃあ、またなにかあったら」電話を切る。レイプ未遂直後なのに男に電話をかけてくる、メンタリティが強いのかピュアなのかわからないが、擦れていない。
彼女のことが気になると同時に過去のことを思い出した。




