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第十一話 ブラック企業のおかしい社長 ③

 そろそろ時間。ビルのエレベーターホールに向かう。すでに戸根と清水がいて談笑している。「遅れて申し訳ないです」平謝りしながら彼女たちに挨拶。江川は遅れるので先に店に行っているように戸根に指示したようだ。戸根が先頭で案内してくれる。


 このビルの高層階のレストラン街。待ち時間は何をしていたとか仕事の内容などの話で場を繋ぐ。ロナウドに到着し個室席に案内される。戸根は電話のためか一時中座、いいチャンスなので清水に“フェロモン香水”をかける。シトラス系の匂い。


「この個室、柑橘系の匂いがしません?」確認をする。

「いえ、特にはしませんけど、もしかして私の香水って強かったりますか?」別の意味で捉えられてしまったみたいなので否定する。戸根が戻ってくる。


「社長はあと10分くらいで着くそうです。料理はコースで飲み放題なので先に注文していてもいいみたいので、どうぞ」メニューを渡される。生ビール3つとハイボール1つ注文。          


ドリンクが来るタイミングで江川が到着。「今日は親睦会だ。遠慮なく飲んでくれ。今日説明したようにウチは毎月交流目的の費用が出ているから社員同士で飲み合う機会は多くなるぞ」江川の合図で乾杯する。


 予想通り江川が自慢顔で独演会を開いている。清水は目をときめきさせながら真剣に聞いている。戸根は頷き合いの手を入れている。俺は料理を取り分けと酒の注文係。時刻は19時半――


戸根に三浦彩花から電話が入る。机の横においてある携帯が揺れる。戸根は無視。また揺れる。

「戸根さん、電話出れば」江川の鶴の声。


 戸根は申し訳なさそうな顔をして扉を開け出る。青ざめた顔した戸根が戻ってくる。江川に耳打ちをし、事情を説明。謝りながら、帰る準備をして出ていく。「何かあったんですか? 急いでいましたけど」清水が無邪気に聞く。


「仕事でトラブルがあったみたいだ。こういうことはよくあることだよ。まあ、気にしないで楽しんで欲しい」清水の質問で少し間が変わる。江川は食べろという仕草をしており、それを汲み取る。


「黒川くんは気が効くな。年の功ってやつか。サバシアの社員だけだったことはあるね」上機嫌で江川が言う。いつの間にか「くん」呼び。江川みたいな成り上がり系のベンチャー社長はなんだかんだで大手にコンプレックスを抱えていることが多い。


「私も色々と会社を見てきたつもりなんですが、ここまで社員に活気のある会社は見たことないですよ」お世辞の連発。


「飲み物はハイボールでよろしいでしょうか? 清水さんは?」江川はさらに上機嫌で頷く。清水はカシスオレンジ。飲み物が届く。気分良く飲んでいた江川はトイレと席を離れる。


「江川社長って変わった方ですけど、パワフルで凄いですよね」清水は素直に感心している。さっきから清水の話を聞いていると人柄がわかってくる。


基本的に引っ込み思案でピュア、どことなくぬけているところがある、真面目で損をするタイプ。間違ってしまうと変な宗教に没頭しそうだ。


「そうだね。前いた会社にあんなタイプの人なんていなかったよ。でもちょっと危ない感じがするな」清水は少しだけ怪訝な顔をしている。慌ててフォローをする。


しかし、清水の美貌は群を抜いている。芸能人でもこれほどのレベルはいない。見ているだけで飽きない。顔の大きさなんて俺の半分くらいしかない。艷やかな美しい髪の毛。見惚れていると清水の声が聞こえる。


「黒川さんってもしかしてお酒弱いんですか?」我に返る。“フェロモン香水”の効力が自分まで来ている。さっきもつい余計なことを口走ってしまった。


「ビール1杯でキツいレベルなんだよね。実は」照れたように言う。

「無理しないでくださいね」心配そうな声。江川が戻ってくる。また独演会の開始――店員がラストオーダーの時間を告げる。


「ウーロン茶1つください、お願いします」清水が即答。

「あとハイボールひとつお願いします」俺が注文する。


「なんだ黒川くんはあまりお酒を飲まないんだな。清水さんもあまり強くないみたいだし、ウチに入れば好きになっていくよ」上機嫌で下品な笑い。江川のグラスは空。


「注文遅いですね。確認してきます」そそくさと出る。清水が一瞬不思議な表情。出ると店員がいた。


「これをあの個室の飲み物ですよね? 持って行きます」“赤ひげ媚薬”をハイボールに入れて運ぶ。


「お待たせしました」空いているグラスを下げ、持ってきた飲み物を置く。

「すいません、ちょっとトイレに行ってきます」

「急かしいね。その調子で頑張ってくれよ」ここにいたら俺がいたら邪魔になる。清水には申し訳ないが……。


 店舗内にいるはずの三浦彩花を探すと独りでスマホをいじりながら、食事をしている。

「さっきはありがとう。助かった」

「電話の女性の方、話したらすごいテンパってましたけど、どういうことなんですか?」


「炎上している案件を会社に隠しているんだよね。それの火消しだからしょうがない」

「本当にお願いします。もうこれ以上変なことには巻き込まないで欲しいです」必死に訴えてくる。


「巻き込んでないじゃん。それに自分の立場わかっているの? 今日最後の頼みがあるから、期待してるよ」強めの口調で脅す――従う。親睦会の個室を出てから20分ほど、そろそろ頃合い。


 三浦彩花を連れて飲んでいた個室に戻る。扉を開ける。清水は声を殺して泣きながら江川に覆いかぶされている。ブラウスが脱がされほぼ半裸状態。三浦彩花が大げさな悲鳴を上げる。江川は何が起こったかわからない顔つき。


 二人を引き離しジャッケトを羽織らせる。店員や客が何事かと集まってくる。三浦彩花が江川を指差し、レイプしていたと言い続けている。状況を察した店員が警察を呼んでいる。店内はひと悶着、俺は虚ろな清水に対して、声をかけ続けている。


気がつくと数名の警察が集まってきている。江川が連行され、清水、三浦彩花、俺が署まで事情聴取を受ける。ありのままの状況を伝える。


解放されたのは翌日の明け方。くたくたになって帰る。タブレットを見るとバッテリーが切れていて電源が入らない。ケーブルを挿しスーツ姿のままベッドに沈む。

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