アヤメ、はじめてのせんとう (下)
ロリっ子無双。
乾いた風が砂を舞い上がらせる。広がるのは岩と砂だけの世界。照り付ける太陽に、思わず視線を細める。
はい、というわけで。やって来ました『乾燥した荒野』。なんだか、このゲームで一番長くいたのってここのような気がする。
それにしても、相変わらずプレイヤーの影も形もないなー。人気の無さも変わっていないようである。
少しぶりに来た景色に巡らせていた視線を、隣に立つ小さな相棒に向ける。
「………………(パタパタ)」
アヤメは、尻尾を機嫌よく揺らしながら、目の前の光景をその紫水晶の瞳に写していた。うずうずと体を揺らし、全身から「わくわく! わくわく!」という気持ちを迸らせていた。
「………………(ちらっ、しゅっしゅっ)」
そして、俺をチラ見してまたもやシャドーボクシング。わかってるわかってる。だからその戦いたいアピールをやめなさい。
さてと、とりあえず。適当に歩き回ってモンスターを探そう。どうせここにはゴブリンとブラックウルフしかいないんだし。
アヤメの最初の相手は……うん、ブラックウルフがいいかな? うん、あいつら動きが単純で戦いやすいし。初戦の相手にはちょうどいいんじゃないか?
というわけで、ブラックウルフを探しましょう。そうしましょう。
「……いや、ここは空気を読んで出てこいよ、ブラックウルフェ…………」
「ギャッギャッ!!」
「グギャギャギャッ!!」
「グギャァ―――ッ!!」
「……取り合えず、潰れろ」
ゴブリンの むれが あらわれた!
おれの こうげき!
ゴブリンの むれは ぜんめつした!
おれは たたかいに しょうりした!
ブラックウルフを探して彷徨っていると、現れたのはゴブリン三体。KY(空気読めない)ゴブリン共には地面のシミになってもらいました。
全く、このご時世空気を読むという行為がどれだけ重要なのか全く分かってないな。そんなんじゃ、社会の荒波に飲み込まれちまうぞ?
……と、どうでもいいことを考えて現実逃避するのはやめよう。さっきから突き刺さる視線が痛い。
その視線を向けてきているのはアヤメだった。どこか不満げに尻尾をプラプラと揺らし、穴が開きそうなほどこちらを見つめている。
うん、俺が悪かったね。アヤメ、あんなに戦いたがってたのに、俺が倒しちゃったもんね。
「すまん、アヤメ。アヤメに戦ってもらおうと思ってたモンスターじゃなかったから思わず……な?」
「………………(じー)」
「あー、うん。次は何が出てきてもアヤメに戦ってもらうから。だからその視線ペネトレイトやめて?」
「………………(じー、ふいっ)」
「なら、いい」と言わんばかりに俺から視線を外し、荒野の先へと進んでいくアヤメ。ふぅ、無表情なぶん、無言で訴えてくる視線が怖い怖い。
まぁ、今回は俺が悪かったし、次はちゃんとアヤメにやらせてあげないとな。……なんて思いながら、先に進んでいったアヤメの方を向いた瞬間―――
―――――視界に、吹き飛ばされたアヤメの小さな体が映りこんだ。
「アヤメッ!?」
ちょっ!? 何があったん!? いきなりすぎて思考が付いてこない。って、そんなことより、アヤメは……。
「よかった……。ダメージはそこまで無いみたいだな……」
急いでアヤメのHPゲージを確認。受けたダメージは二割くらい。それもじわじわと回復している。これは《自然治癒力》の効果だろうか?
そんなことより…………俺の相棒に手ェ出したのはどこのどいつだ?
「「ガルゥウウウウウ!!」」
岩陰から出てきたのは、二体のブラックウルフ。そうかそうか、このクソ狼共がアヤメを……ぶち殺す。
と、俺は殺意を滾らせ紅戦棍でオオカミミンチを精製しようと思った瞬間……。それより先に、白い影がブラックウルフに襲い掛かった。
「………………(きっ!)」
「「ぎゃんッ!?」」
ケモ耳と尻尾を逆立て、身体に紅いオーラを纏ったアヤメの放つ二連撃。小さく握りこまれた拳がブラックウルフたちの鼻っ面を打ち抜く。苦し気にうめくブラックウルフ×2。
だが、アヤメの攻撃はそれで終わらなかった。ブラックウルフの動きが鈍ったのを見たアヤメは、一度後ろに下がると、両の拳を打ち合わせるようにして構えた。その拳を帯状になった魔法陣が覆っていく。革のガントレットの上に、魔法陣のガントレットを重ねているようだ。
アヤメは魔法陣を拳に巻き付けたまま、ブラックウルフたちに向けて疾走を開始。一瞬で白い影となったアヤメは、いつの間にか二体のブラックウルフの間にその小さな身体を収めていた。
そして、次の瞬間。
ドォン! ドォン!
とても拳を打ち付けたとは思えないような音が周囲に響き渡り、ブラックウルフの体が宙に舞った。アヤメが外側に開くように放った拳打は、ブラックウルフの体に当たった瞬間に衝撃波をまき散らした。
……あれが、スキル《魔拳》なのか? そして、その拳に纏った魔法は……えっと、確認してみたところ、【インパクト】という魔法のようだ。無属性の初級魔法である。
ぶっ飛んだブラックウルフは、一匹は地面にたたきつけられ、もう一匹は岩に激突。そのままその体を純白の粒子に変えた。アヤメの大勝利である。
いやぁ……。なんというか、凄かったな。高い機動力と小柄な体を最大限に生かした、相手の一瞬の隙をつくかのような動き。そして、その動きに翻弄されたが最後、放たれるは魔法拳。魔法と拳の威力が合わさった一撃は、何物にも拒むことはできない……的な。
うんうん、いろいろと心配してたけど、問題なく戦えてるじゃないか。さすがはアヤメ。戦闘系の使い魔だな。
「………………(パタパタ)」
「やるじゃないかアヤメ! 本当に、なんにも心配いらなかったな。さっきは邪魔してごめんな?」
「………………(ふるふる)」
「え? 気にしなくていいって? はは、そう言ってくれると助かるよ。アヤメに嫌われたらどうしようって思ってたからさ」
「………………(ッ! ぶんぶんッ)」
「うわっ!? わ、分かった分かった。アヤメが、俺のことを嫌いになることなんてないって言いたいんだろ?」
「………………(こくこく)」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ、それそれ、うりうり~」
「………………(ぴこぴこ)」
「勝ったよ! 褒めて褒めて~!」とでも言いたげだったアヤメを、賞賛の気持ちをいっぱいこめてなでなで。なでなで。なでなでなでなで。
……アヤメがどれだけ戦闘系使い魔として優れていようが、癒し系の要素が無くなることは無いな、と確信した俺であった。
無双というほどでもない。
次回は、たぶんあの人がでます。そう、荒野と言えばのあの人です。
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