アヤメ、はじめてのせんとう (上)
はじめて
はじめてのせんとう。決して銭湯ではないので悪しからず。
なんだか、『はじめてのおつかい』的な感じだが、そんなものよりもよっぽどバイオレンスてデンジャラスだ。
これから、アヤメが俺の使い魔になって、初めてモンスターと戦うことになる。正直なところ癒しマスコット的なアヤメに戦闘をさせるとか俺の中での拒否反応がすごいのだが、アヤメ本人が戦いたい! という強い希望を示してしまっている。今の、ドゥヴィレの町を歩きながら、時折シュッシュとシャドーボクシングをして、周りの人から暖かな視線をもらっているくらいだ。
この状態のアヤメに『俺が嫌だから、アヤメは戦わせない』とか言ったら、確実にアヤメがしょんぼりしてしまう。いや、たぶんしょんぼり状態のアヤメもめちゃくちゃ可愛いだろうけど、流石にそれを見るために落ち込ませるというのは違うだろ。いやしかし、それでもアヤメが怪我を負ったりするよりは……。
と、その辺で思考にストップをかける。危ない危ない。このままだと思考が過保護な方向に全力ダッシュしていくところだった。
レベル1のアヤメのステータスは、合計値が大体俺と一緒。それに加えて多くのスキルを覚えている。初心者フィールドに行けば、そこに出てくるモンスターに後れを取ることは無いだろう。
レベルを10くらいまで上げたら、将軍道場に入門させようかな? カブトムシをボコらせてもいいが……。いや、白狼族って言うくらいだから、ウサギ狩りをさせるのが一番なのだろうか?
とりあえず、森はやめておこう。アヤメは素手で戦うから、虫なんざ触らせたくないし。何より俺が見たくない。
となると、草原か荒野かになるんだが……。獣相手に狩りをさせるか、ゴブリン相手に対人戦の練習っぽいのをやらせるか。どっちにしよう? 経験値的には荒野一択なんだけどなぁ。
まぁ、アヤメ本人に決めさせましょうか。行きたいって言ったほうに連れていくことにしよう。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にかドゥヴィレの噴水広場にたどり着いた。相変わらず人がごみの……何でもない。うん、人であふれてますね。
「アヤメ、とりあえず転移するから俺のそばに寄ってくれ」
「………………(こくこく)」
「よしよし、いい子いい子」
「………………(パタパタ)」
声をかければ、うなずきながら近寄って来たアヤメの頭をなでなで。……なるほど、いつもアホ二人という厄介児の相手をしていたから、アヤメの素直さにこんなにも癒されるのか。
「やっぱり、アヤメは癒し系使い魔だな」
「………………(ぶんぶん)」
癒し系と言われて、全力で否定するように首を横に振るアヤメ。ポニーテールが頭をなでていた手にペしぺしと当たった。
「おわっ! あはは、悪い悪い。アヤメは俺のことをちゃんと守ってくれる、戦闘系使い魔だもんなー」
「………………(こくこく)」
「そうだよ! 間違えないで!」とでもいうようにうなずくアヤメの頭をもう一度なでる。
そういえば、さっきから噴水広場が妙に静寂に包まれているんだけど、どうしたんだろう。人は相変わらずいっぱいいたと思うんだけどな……?
ふと、そのことに気づいた俺は、ぐるりと噴水広場を見渡してみる。ああ、なるほど、そう言うことね。
噴水広場にいたプレイヤーもNPCも、全員が俺たちの方……というか、アヤメを見て、ほわぁああん、とした表情を浮かべていた。
さっきから小動物のようにくるくると動き回っていたアヤメの可愛らしさにやられたのだろうとすぐに気づく。だって、アヤメを前にしたときのアッシュ……と、たぶん俺と同じ顔をしているし。
いやはや、恐ろしいな。こんな広範囲に効果を及ぼすのか、アヤメセラピー効果。もうこの子がいれば世界から争いとかなくなるんじゃなかろうか? なーんて馬鹿なことを考えてみたり。
……アヤメはやっぱり、癒し系でいいと思います。
さて、というわけで舞い戻ってまいりました始まりの町ことアンヴィレ。ドゥヴィレに比べると、やっぱり閑散としている。別に寂れてるってわけじゃないんだけどね? のどかな感じがして俺はいいと思う。
街の景色を見るのもいいが、とりあえず『乾燥した荒野』と『静かなる草原』のどちらに行くか決めないとな。
きょろきょろとあたりを見渡していたアヤメに手招きし、俺の前まで来てもらう。「なーに?」といった様子で首を傾げるアヤメの前で、両手の人差し指をピンっと立てた。
「アヤメ、今からモンスターが出てくる場所に行くんだけど、こっちが弱めのモンスターが出てくる方で、こっちはちょっと強めのモンスターが出てくるところ。アヤメは、どっちに行きたい?」
ちなみに、右が弱めの場所、『静かなる草原』で、左が強めの場所、『乾燥した荒野』だ。
アヤメは、少しだけ迷ったような様子を見せた後、その小さな手で俺の人差し指をきゅっと握った。握られたのは……左。『乾燥した荒野』。
強めのモンスターが出ると言ったのに……。そんなところまで俺に似なくてもいいんだぞ?
そんなことを思いつつも、しょうがないなぁとアヤメの頭をなでなで。アヤメが俺と同じ行動をとってくれたのが、無性にうれしかったのだ。
そうか、なるほど。これが…………父性というやつなのだろうか? まぁ、俺の性質を受け継いで生れ落ちた使い魔なんだし、アヤメは娘、という認識もあながち間違ってはいないのではなかろうか?
そう考えると、やっぱりアヤメを危ない目に合わせるのは……嫌でも、「可愛い子には旅をさせよ」ともいうし……。
と、後から冷静になって思い返してみるとアホ極まりないことを考える俺を見ながら、アヤメはこてんと首を傾げた。
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