その怒りを笑顔に乗せて
いろいろと言われていたこの67話を、改訂しました。
感想やらMMORPGで実際にあった迷惑行為など、そして友人の助言などから、「あれは流石にねぇわ」という結論に至りました。
様々な読者様に不快な思いをさせてしまったことをお詫び申し上げます。
そして、改訂前のこの話を「スッキリした!」と言ってくださった読者様方には、大変ご迷惑をおかけします。
一応、改訂前の67話をあとがきに載せておきます。
これからも、拙い私の作品を、どうか温かい目で見守ってくださると幸いです。
ちなみに、改訂前よりも文字数が多くなっております。
「ねぇ、貴方。悪いことは言わないから、そいつだけはやめておきなさい? だってそいつ、ジョブに生産者なんて選んでるのよ? 中途半端で器用貧乏にしかならないようなジョブ、生産者。そんなやつが作るものがイイものになるわけないじゃない!」
何を。
「えーっと、リューって言ったっけ? 貴方、生産について何も知らなそうだし、騙される前に知れてよかったわね? 感謝しなさい。まぁ、これで貴方がこの私の……生産ギルド幹部、アザミナ様の申し出を断ったのがどれだけ愚かなことなのか理解できたと思うけどぉ? どう? さっきまでのふざけた態度を謝ったらさっきの申し出をもう一度してあげてもいいわよ? キャハハっ、私ってやっさしー! 皆もそう思わなぁい?」
一体、何を。
「流石はアザミナ様です! なんて慈悲深い!!」
「あんなに失礼な態度をとっていたヤツにも寛大な心で接するとは、感服でございます!」
「アザミナ様ーー! 最高ですーーー!」
こいつらは……一体……。
「ふふっ、やっぱり私が正しいわ。さぁ、リュー? 早く紅月の試練の素材を渡しなさい? そこの雑魚生産職の白髪女と私、どっちを選択するかなんて、決まり切ってるわよねー? ほら、さっさとしなさいよ!」
「おい、お前! アザミナ様がそう言ってるだろうが! おとなしく素材を渡せ!」
「そうよ、何なのさっきから黙っちゃって。アザミナ様がこんなに下手に出てるのに、失礼だと思わないの?」
何を、言ってるんだ?
飛んでくる、好き勝手言っている言葉は、既に俺の頭には入ってきていなかった。入って来た耳を通り、反対側の耳から抜けていく。聞くに堪えない言葉の数々に耳をふさいでしまいたくなる。
けど、俺以上に堪えている人物がこの場にいるのに、俺が逃げるわけにはいかない。
その人物……視界の隅に映るアッシュは………………、とても。とても傷ついた表情を浮かべていた。
「ねぇ、貴方。聞いてる? 私の言葉を無視するなんていい度胸じゃない。……あ、もしかして。そこの役立たずのことを気にしてるの? この私より雑魚を優先するなんて貴方、変わってるわね」
役立たず。
その言葉が高慢女から放たれた瞬間、アッシュの表情がクシャッ、と歪んだ。その表情を隠すように顔をうつむかせる。
それを見た高慢女が「あら? 図星を刺されて落ち込んでるのかしら。キャハハハッ、うけるんですけど!」と下品な笑い声をあげ、それを聞いたアッシュがさらに縮こまって……。
その瞳に、光るものが浮かんだのを見た瞬間、俺の中で、何かが切れた。
…………もう、いいや。
ロリコンとのやり取りで疲れてたってのもある。いつもよりずいぶんと沸点も低くなっているだろうってことは自覚できている。
ここは、しっかりと断って、こいつらに穏便に帰ってもらうのがいいのだろう。まぁ、かなり難しいと思うが、それでもそうすることこそが最善手。そんなことわかってる。わかってるよ。けど……。
思考がすうぅ、と冷えていくのを感じる。それなのに、体は滾るような熱を持っていた。
その熱に突き動かされるかのように、俺は、無意識に一歩踏み出す。
そして、だらりと下げていた右手に血が滲みそうなほど力がこもり……。
視界の隅を、ふわりと広がる白が横切った。
「……なに? このチビッ子? 私の前に立ちはだかろうってんの? 生意気なんですけど?」
「………………(きっ)」
両手を真横に広げ、尻尾を逆立てたアヤメが、高慢女と俺の間に立ちふさがっていた。その小さな体で俺とアッシュを守ろうとするかのように。
「ほら、どきなさいよ。あんたには用はないの。邪魔しないでくれるかしら?」
「………………」
「ちっ、どきなさいって言ってるでしょうが! というか、何なのよこのチビッ!? プレイヤーじゃないならNPCよね。NPCの分際で、私に逆らおうって言うわけ!?」(NPG:ノンプレイヤーガールって意味ならありですが)
「………………(ぷいっ)」
「こいつ……ッ!?」
眉をひそめたアザミナが虫を払うような仕草をするが、アヤメは動かなかった。それにイラついた高慢女が声を荒上げると、「あなたのいうことなんて、絶対聞かない」とでもいうように、そっぽを向く。
そんなアヤメの姿を見て、俺の中で燃え滾っていた激情が薄れていった。怒りに侵蝕された思考が冷静さを取り戻し……俺は、自分の行動の愚かさを自覚した。
俺は何をしようとした? ……アッシュを馬鹿にされたことで頭に血が上って、その怒りのままに高慢女に手を出そうとしていた。
違うだろ。そうじゃないだろ。俺がやらなくちゃいけなかったことは、今アヤメがしていることじゃないのか?
高慢女の言葉にうつむいてしまったアッシュに、今一度視線を向ける。俺は、自分の怒り何か放っておいて、一番傷ついている彼女を守ることを優先すべきだったのだ。
アッシュが負ったであろう心の傷。それを一刻も早く癒してあげるべきだった。それを、俺は……。
「ちょっと! リュー! このチビをどうにかして、さっさと素材を渡しなさいよ!」
「そうだ! アザミナ様はお前らと違って多忙なのだ。あまりお時間を取らせるな!」
「そうよそうよ!」
「………………(きっ)」
「……さっきから、その気に食わない目をやめなさい!」
ああもう、後悔なんざ後でいっぱいすればいいだろ! 今はやるべきことをやるんだ、俺。
内心でそう自分に言い聞かせ、一回だけ深呼吸。……よし、落ち着いた。
俺は、高慢女とその取り巻きからの聞くに堪えない暴言を一身に受けているアヤメの正面に立ち、しゃがんで視線を合わせる。そうすることで、この小さな守護者の瞳から高慢女共を隠す。
これ以上、この子にあんなやつらの姿を見せたくない。
「………………(ふんす)」
「……ああ、頑張ったなアヤメ。助かったよ」
「………………(パタパタ)」
相変わらずの鉄面皮だが、どこか得意気な雰囲気を纏うアヤメ。「ちゃんと守れた!」と全身で訴えているようだった。俺はそんなアヤメの頭をなでなで、なでなで。賞賛と感謝を言葉と行動で示してやる。
それだけで尻尾をパタパタと揺らすアヤメ。こうやって尻尾を振るのは機嫌が良かったり喜んでいたりする合図。小さな相棒のそんな可愛らしい反応に、一瞬だけ高慢女共のことなど忘れ笑みを浮かべた。
撫でられて嬉しそうなアヤメを引き連れて、いまだにうつむいてるアッシュの前に連れていく。喚いてる高慢女共? ンなもん、後回しだよ。
するとアヤメは俺が何かを言う前にアッシュに近づいていって、彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。……本当に、アヤメはいい子だなぁ……。
アヤメが自分の顔を覗き込んでいることに気が付いたアッシュが、慌てたように目元を袖でこすると、「大丈夫ですよ」と笑みを浮かべた。一目見てわかる、無理をした笑顔で。
「アッシュ」
「な、何ですか? リュー。わ、私は全然大丈夫ですよ?」
「まだ、なんにも言ってないんだが?」
「あ……。え、えっと、それは……」
「……安心しろ。すぐに終わらせるから。それまでは、アヤメに守ってもらっていてくれ。アヤメ、しっかりとアッシュお姉ちゃんのこと、守れるか?」
「………………(こくこく)」
「よしよし、アヤメはいい子だなぁ」
「え? え? あ、あの……。リュー?」
「ちゃんと守る」とでもいうようにアッシュに抱き着くアヤメと、その頭を再度なでる俺を見て、アッシュは困惑に目をまわしていた。……うん、ちょっとは気が晴れたかな?
目に見えて落ち込んでいたアッシュが少しは持ち直したのを確認して、内心ほっとした俺は、アヤメの頭をなでたまま、彼女の俺と同じ色の瞳を見据える。
「あいつの言ったことなんて気にするな、アッシュ。少なくとも俺は、アッシュを役立たずだと思ったことなんて一度もない」
「で、でも……。私はまだレベルも熟練度も低いですし……。いろんなことをやりたいからって生産者のジョブを選んだから、一つのことに熱を注ぐ職人さんと比べたら腕は落ちますし……」
「その辺は正直どうでもいいんだよなー。俺に生産云々言われてもやったことないからわからんし」
「わ、私が作ったものより、あの人が作った方が高性能な装備ができるんですよ……?」
「だから、性能とかは……。あーもうッ! アッシュ!」
「は、はいっ」
「……俺は、アッシュの作った装備が使いたい。アッシュが、いいんだ」
「は、はひ!?」
「冗談でもお世辞でもない。俺はそう思っている。……言いたいことは、それだけ」
いつも以上にネガティブなアッシュの両肩に手を添え、俺は真剣な表情でそう言い放つ。アッシュの瞳をまっすぐ見つめながら、俺の言葉は嘘なんかじゃないってことを伝えるために。
「り、りりりりリュー!? そ、それってどういう……」
「どういうって……。俺にはアッシュが必要だってことだけど?」
「……ッ!?!?」
真っ赤になってうろたえるアッシュにそう返す。あれ? なんか思ってた反応と違う……? ま、まぁいいや。「分かった?」って聞けばこくこくとうなずいていたから大丈夫だと思うけど……?
固まってしまったアッシュをアヤメに任せ、すっかり無視していた高慢女共の方へ振り返る。
おーおー、顔真っ赤。ひどい形相になってらっしゃる。無視されたことがそんなに腹立たしいのか?
「あ、貴方……! いい加減にしなさいよ……? この私をそっちのけでそんな雑魚を口説くなんて……!? く、屈辱だわ!」
「口説く……? まぁ、お前が屈辱を受けようと俺には関係ないし、このまま無視しても良かったけどさ。というか、まだいたの? さっきから無視してたのって、遠回しに帰れってことなんだけど」
「私を無視するなんて許されるわけないじゃない。それに、帰れですって? ええ、貴方がおとなしく素材を渡せば帰るわ。これ以上は時間の無駄だから、早く渡しなさいよッ!」
「お断りします。そんでもって、お帰りください」
「……どこまでもふざけた男ね。ま、そこの雑魚に入れ込むようなヤツが、まともな訳ないわ」
ふざけてんのはお前だろ自分のこと棚に上げて偉そうなこと言ってんじゃねぞ帰らないって言うなら無理やり帰りたいようにしてやるよ幸いここは街中だダメージが入んねぇんだからな情け容赦なんて全くする気はねぇからなせいぜい自分が吐いた言葉一つ一つを後悔しておけ。
……落ち着け、俺。ここでそんな キレ方をしてみろ。それはもう、目の前のこの不愉快の塊と同じになってしまうぞ?
そう考えた瞬間に、スッと思考がクリアになり、冷静になれた。怒りを『この高慢女と同じは嫌』という気持ちが上回った瞬間である。
さてと、本当にどうしたらこの高慢女共は帰ってくれるのだろうか? 今も、黙った俺をビビったと勘違いしたのか、猛烈な勢いで不愉快な言葉を並べ始める高慢女とその取り巻き共。俺だけを標的にすればいいものを、アッシュへの口撃の手も緩めない。無駄なところで周到なこいつらの執念に、嫌気がさしてくる。
……ああ、ダメだ。やめてくれ。俺の前で、俺の『大切』を貶すな。
脳裏に浮かび上がる過去の情景。泣き崩れる少女と、どうしていいのか分からなくて立ち尽くすことしかできなかった幼い俺の姿。
あの時から誓ったんじゃなかったのか? 『大切』は絶対に守るって。絶対に傷つけさせないって。
……まるで成長してないな。俺はまた、最低な手段に手を出そうとしている。
ああ、けど。まだ残っていた冷静な自分が、それだけはやめろと強く訴えかけてくる。それをしてしまったら、後に何も残らなくなってしまう、と。
そうだ、怒るのはいい。目の前で友人を貶されているのに、怒らない道理はない。けど、怒り方を間違えるな。
ちらり、と後ろのアッシュとアヤメに視線を向ける。……そうだな、この弱気な友人と小さな相棒を怖がらせるような怒り方はやめよう。
そうと決まれば、自分の中で荒れ狂う怒りの質を変える。すべてを焼き焦がすかのような怒りを、暗く冷たい、極寒の夜のごとく怒りへと編纂していく。
目を閉じてそのことを意識すると、スゥ、と冷静になるのとはまた違った感覚で、頭の中が冷えていく。そうだ、これでいい。
さぁて、高慢女にその取り巻き共。覚悟して置け。内心でそうつぶやきながら、俺はゆっくりと閉じていた瞳を開いた。
そして……。
「ひ、ひっ!?」
なぜか、顔を引き攣らせて後ずさる高慢女。そこに浮かぶ感情は……恐怖? 何かを怖がっているのか? さっきまではずいぶんと威勢が良かったのに、一体何がそんなに恐ろしいというのだろうか?
あたりをよく見てみれば、取り巻き共も、もともと共同生産所にいた生産プレイヤーたちもどこか怯えたような反応を示していることに気が付く。そして、彼らの視線が集まるのは……俺?
「な、なんで……。なんで……」
「……どうかした? ついさっきまでキャンキャンうるさいぐらいに騒いでたのに、いきなり黙りこくってさ」
「こ、来ないで……。何なのよ、貴方……」
一歩、高慢女の方に踏み出せば、高慢女は一歩後退する。訳が分からずに首を傾げてみれば、「ヒィ」と喉を引き攣らせたような声を上げられる。……まだ俺、なんにもしてないよね?
「なんで、そんな風に笑ってるのよ……。こないで……。怖い……」
「笑って、る?」
反射的に自分の口もとに手を当てる。うん、確かに口角が吊り上がっていた。
うーん、自分がどんな風に笑っているかは鏡でもないとみることはできないので分からないが、高慢女と周りの反応を見ると、よほど怖い笑い方をしているようだ。
まぁ、でも、ビビってくれたなら好都合だ。
「まぁいい。ようやく話しを聞いていくれそうな感じになったことだし。おい、高慢女」
「……な、何よ」
「お前の要求は、俺がお前に紅月の試練の素材を渡す代わりに、お前は俺に最上級の防具を渡す。だったな?」
「え、ええ、そうよ。悪い話じゃないでしょう? 少なくとも、そこの白髪女みたいな木っ端な生産職に任せて作った防具より、生産ギルド幹部で防具職人のトップである私が作った防具の方が性能は確実に上よ」
……まぁ、高慢女が言っていることはゲームプレイという面から見たらこの上なく正しい選択だ。より性能の良い、より強力なものを。装備を選ぶって言うのはそういうことだから。
けど、それはあくまで一人でゲームをするときの話だ。FEOは一人用ゲームではなく、MMORRGなんだ。誰かと一緒にゲームをプレイするこの世界で、性能だけを考えるその思考は……たぶん、まかり通らない。俺みたいなソロプレイ専門が何言ってんだって感じだけどな。
「とりあえず、アッシュのことを白髪女って言うのをやめろ、不愉快だ。それと、お前がどれだけ優秀な職人で、どれだけの地位にいるかなんて関係ないんだ。そういうことじゃないんだよ。俺は、お前が作ったものを使いたくない。それだけなんだよ」
「……私が作るものが、そこのし……女に劣るって言うの?」
「だから、優劣なんて初めから存在しないんだよ。お前は俺の中で、アッシュと競える位置に立っていない。お前は、論外なんだよ」
「わ、私が……論……外……?」
「別に、お前が生産職として優秀なプレイヤーだってことを否定するわけじゃない。……けどな、俺は俺の『大切』を傷つけたヤツにはどこまでも心が狭くてな。そんなヤツの作ったものを平気な顔で使うなんて不可能だ。……分かったか? 分かったなら早く俺たちの前から消えてくれ」
「な、何なのよ……? 意味が分からない……。おかしいじゃない……? 私は生産ギルドの幹部で、最高の防具職人で……」
「……お前、そればっかりだな。今までは、それで通用したんだろうな。けど、俺はお前を認めるつもりも許すつもりもない」
どこまで言っても平行線。俺と高慢女の考えが交差することなんてないということがよく分かった。
理解できない……というより、理解したくないという様子で、よろめく高慢女。倒れそうになった彼女を、取り巻き共が支える。
その取り巻きに共に向かって、俺は笑顔を浮かべながら軽く告げる。
「じゃ、そいつを連れて帰ってくれ。んでもって、二度と俺たちの前に現れるな。分かったな?」
「貴様! アザミナ様にこんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」
「見てなさい! どんな手段を使ってでもこのことを後悔させてやるわ!」
……ふぅん。どんな手段を使ってでも、ねぇ?
にしても、無駄に慕われてるよな、高慢女って。この取り巻き共の存在も、高慢女を増長させた原因の一つなのかもしれないな。なんて思ってみたり。
まぁ、そんなことは置いといて。調子こいてギャーギャー言ってる取り巻き共を黙らせましょうか。
俺は、アイテム欄から紅戦棍を取り出して、その凶悪なヘッドを挑発的な笑みと共に取り巻き共に向ける。いつの間にか俺の隣に来ていたアヤメが、その小さな拳を手のひらにたたきつけた。……ホント、よくできた子だな。
「どんな手段でも、か。お前らが闇討ちでもするか? それともPKギルドに依頼を出すか? ま、そう言う方が俺にとってはやりやすい。けどな、俺に向かってくるというのなら、それ相応の覚悟をしろよ? 絶対に叩きのめす。分かったか?」
大げさに紅戦棍を振るって見せる。気圧されたように一歩後退した取り巻き共に、さらに笑顔を深め……。
「分かったなら、とっとと消えろ!!」
「「「「「ひゃ、ひゃぁいッ!!」」」」」
意識して出した威圧する声でそう言ってやれば、取り巻き共は高慢女を連れて死に物狂いで帰っていった。
それを見送った俺は、ふぅ、と一息ついた後、生産場にいた生産プレイヤーたちに、「お騒がせして申し訳ありませんでした」と謝罪した。巻き込んでしまったことに対する謝罪だ。
生産プレイヤーたちは「気にすんな! かっこよかったぜ兄ちゃん! ………ちょっと怖かったけどな」とか「スカッとしたぜ。男だなー、あんちゃんは。………結構怖かったけどな」とか「あのアザミナにあそこまで言えるとはたいしたやつだぜ。………かなり怖かったけどな」とか「いいなぁ、アッシュさん。自分のことでこんなに怒ってくれる人がいるなんて。………本当に怖かったけど」とか………。と、とっても温かい言葉をかけてくれた。うん、とってもありがたい。
……俺、そんなに怖かったかなぁ?
「……リュー」
生産プレイヤーたちの反応に若干凹み、戻って来たアヤメの頭をなでなですることで自分を慰めていると、後ろから控えめなアッシュの声が聞こえた。
……やっぱり、アッシュも生産プレイヤーたちとおなじように、怖がらせてしまっただろうか?
笑みを口元に浮かべ。容赦なく相手を責め立てる。暴力こそ振るわなかったが、平然と脅して見せたその姿。
……怯え? 恐れ? そんなものがこもった目で見られたら、死ぬほど凹むな。と、自嘲気味に考えながら、アッシュの方を振り返り……。
ぽすん、と抱き着いてきたアッシュに、思考が一瞬だけ完全に停止した。
え? は? ちょ? はぁ?
予想外にもほどがあるアッシュの行動に目を白黒させていると、俺に抱き着いた状態のアッシュが、ポツリと一言だけ。
「……ありがとうございます」
そう、零れ落ちたようにつぶやいた。
……次回『高慢女の最後』。皆、見てくれよな!
ネクストコ〇ンザヒンツ! 「ストーカー」
感想、評価、ブックマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。
改訂前の67話。読みたくない方は高速スクロール。
↓
「ねぇ、貴方。悪いことは言わないから、そいつだけはやめておきなさい? だってそいつ、ジョブに生産者なんて選んでるのよ? 中途半端で器用貧乏にしかならないようなジョブ、生産者。そんなやつが作るものがイイものになるわけないじゃない!」
何を。
「えーっと、リューって言ったっけ? 貴方、生産について何も知らなそうだし、騙される前に知れてよかったわね? 感謝しなさい。まぁ、これで貴方がこの私の……生産ギルド幹部、アザミナ様の申し出を断ったのがどれだけ愚かなことなのか理解できたと思うけどぉ? どう? さっきまでのふざけた態度を謝ったらさっきの申し出をもう一度してあげてもいいわよ? キャハハっ、私ってやっさしー! 皆もそう思わなぁい?」
一体、何を。
「流石はアザミナ様です! なんて慈悲深い!!」
「あんなに失礼な態度をとっていたヤツにも寛大な心で接するとは、感服でございます!」
「アザミナ様ーー! 最高ですーーー!」
こいつらは……一体……。
「ふふっ、やっぱり私が正しいわ。さぁ、リュー? 早く紅月の試練の素材を渡しなさい? そこの雑魚生産職の白髪女と私、どっちを選択するかなんて、決まり切ってるわよねー? ほら、さっさとしなさいよ!」
「おい、お前! アザミナ様がそう言ってるだろうが! おとなしく素材を渡せ!」
「そうよ、何なのさっきから黙っちゃって。アザミナ様がこんなに下手に出てるのに、失礼だと思わないの?」
何を、言ってるんだ?
飛んでくる、好き勝手言っている言葉は、既に俺の頭には入ってきていなかった。入って来た耳を通り、反対側の耳から抜けていく。聞くに堪えない言葉の数々に耳をふさいでしまいたくなる。
けど、俺以上に堪えている人物がこの場にいるのに、俺が逃げるわけにはいかない。
その人物……視界の隅に映るアッシュは………………、とても。とても傷ついた表情を浮かべていた。
「ねぇ、貴方。聞いてる? 私の言葉を無視するなんていい度胸じゃない。……あ、もしかして。そこの役立たずのことを気にしてるの? この私より雑魚を優先するなんて貴方、変わってるわね」
役立たず。
その言葉が高慢女から放たれた瞬間、アッシュの表情がクシャッ、と歪んだ。その表情を隠すように顔をうつむかせる。
それを見た高慢女が「あら? 図星を刺されて落ち込んでるのかしら。キャハハハッ、うけるんですけど!」と下品な笑い声をあげ、それを聞いたアッシュがさらに縮こまって……。
…………もう、いいや。
ロリコンとのやり取りで疲れてたってのもある。いつもよりずいぶんと沸点も低くなっているだろうってことは自覚できている。
ここは、しっかりと断って、こいつらに穏便に帰ってもらうのがいいのだろう。まぁ、かなり難しいと思うが、それでもそうすることこそが最善手。そんなことわかってる。わかってるよ。けど……。
自分の中で、何かが冷え切っていく感覚を自覚しながら、俺の体は自然と動き出していた。
すり足気味に、一歩右足を前に。高慢女との間合いを詰める。
踏み出した脚はつま先を地面にめり込ませるように。
それを軸足とし、上体をやや後ろに倒し、身体をひねる。
その回転が伝わった軸足が地面にこすれるキュッという音が鳴り、それと同時に反対側の脚が跳ね上がり―――
「ほら、さっさとしなさ―――――ぶぎゃぁっ!?!?」
高慢女の顔面に、左足の甲がぶち当たった。
バンッ! ドサッ! 高慢女の右頬を打ち抜いた蹴り。衝撃で吹っ飛ぶ高慢女が、生産場の床に横向きに倒れこんだ。
シン……、と俺の凶行に誰もが言葉を失う中、俺は倒れた高慢女に近づくと、その鈍色の髪を片手でつかみ、ぐいっ、と強引に持ち上げた。
「きゃ……。は、離しなさいよ! わ、私にこんなことしてただで済むと……」
ズンッ。
「かはっ……」
無言の腹パン。ダメージは無いはずなのに、体を九の字に折ろうとする高慢女。だが、髪を掴まれていては、そんな動きはできない。
「……も、もう許さない! 絶対に許さないわ! 私をこんな目に遭わせたこと、必ず後悔させてやる! だから離しなさい! この、この! 離せぇーーッ!!」
「黙れ」
「あがッ!?」
まだ何かを言っている高慢女の顔面を、躊躇なく床にたたきつける。情け? 容赦? ハッ、悪いが、俺は今キレている。そんなものを思考に挟むことすらしたくない。周りがおびえたように声を上げているが、無視だ無視。
こいつはここで、完膚なきまでに叩きのめす。なぁに、街中だ。ダメージも痛みもないだろう?
「やめ……離して……」
「は? 聞こえんなァ!」
「あぐぅ……」
床にたたきつけた顔面を髪を引っ張ることで持ち上げ、無理やり俺の方に顔を向ける。さぁて、ここからどうしてくれようかなぁ……?
「ひ、ひぃッ!?」
と、ここからさらに責め立てようと意気込み高慢女を見れば、その顔は恐怖に染まっていた。今まで俺が加えた暴行がそんなに恐ろしかったのかとも思ったが、高慢女の反応はもっとこう、突然恐怖の対象が表れたという感じなのだが……。
「あ、あああ貴方……。な、なんっ、なんで……笑ってるの……よぉ……?」
「……?」
笑っている? 俺が?
そう思って頬に手を当ててみる。うん、確かに口角が吊り上がってる。となると、さっきまでの俺は、笑顔を浮かべながらこいつを蹴って殴って這いつくばらせていたのか。
なんとなく嫌な予感がした。その直感に従い視線をさりげなく周りに這わせてみると……? ああ、うん。皆すごい怯えよう。真っ青な顔してる人までいるよ。
……まぁいいか。この方がこの高慢女は怖がってくれるみたいだし。このまま行こう。
そう思い、いまだ俺に髪を掴まれたままの高慢女の顔を覗き込むようにして、ニコッ、と笑って見せる。それだけで面白いくらいにおびえてくれる高慢女。というわけで、止めと行こうか。
「なぁ」
「ひ、ひぃッ!?」
「あ? 何悲鳴上げてんだよゴミが。返事が聞こえねぇなァ? それともあれか? そのひぃ、てのがゴミ流の返事なのか? 返事ははいだろうが。そんなことも分からないのか?」
「…………あ、あ……」
「返事しろっつってんだろ? はいも言えないのか? ほんとクソだな。…………で? 返事は?」
「ひゃ、ひゃい!」
「チッ、最初からそう言えよ。無駄な労力使わせんなよ」
「そ、そんな……理不じ……」
「ゴミが喋ってんじゃねぇよ」
「あぐッ!?」
威圧、精神攻撃、恫喝、理不尽な仕打ち、暴力、虐待行為。
後でどれだけ外道だの鬼だの言われようと、構わないし、気にもしない。こいつだけは許さないと、そう決めた。決めたなら、手加減も情けも必要はない。高慢女を再度床にたたきつけ、黙らせる。
こいつはアッシュを傷つけた。俺の『大切』に手を出した。理由なんてそれで十分。……けど、この行為はアッシュのためにやっているわけではない。そんなアッシュを言い訳に使うようなことはしたくない。
だからこれは、俺の自己満足。俺の苛立ちを、俺の怒りを、ただ最低な形でぶつけているだけ。
「自由にしゃべることを誰が許した? 聞かれたことにだけ答えろ。分かったか、ゴミ?」
「……………」
「分かった……かっ!?」
「あぐっ! ……は、はいぃいい!」
「フンッ、まぁいい。で、ゴミ。お前名前なんだっけ?」
「……あ、アザミナ……」
「ふぅん。ま、ゴミの名前なんざ聞いても覚えるだけ無駄だし、ゴミのままでいいよな?」
「……ッ! ……は、はい……」
自分で聞いといてこの仕打ち。
いやはや、まさしく鬼の所業、だな。
「で? ゴミは俺になんの用だったんだ? ……ああ、紅月の試練の素材をよこせ。見返りに防具を作ってやるから感謝しろ、だったか? で、俺が断ったら、ふざけたことにアッシュのことをけなし始めてんだったっけ? 見下げたクズっぷりだな。お前もそう思うだろ? なぁ、ゴミ」
「わ、私はただ、貴方が間違ってるってことが言いたかっただけで……。別にけなしてなんか……」
わーお、まさかの自覚なしですか? この状況で嘘つけるようなメンタルしてないだろうし、言ってることは十中八九真実だろうけど……。根本からしてクズなのな、このゴミ。
「間違ってる? 何がだ? 俺の何が間違っていたって言うんだ?」
「だから、そこの……あ、アッシュさんに、貴方が防具を作って貰うことが……」
「ふぅん? それのどこが間違いなのかさっぱりなんだが?」
「……ッ! て、低レベルの生産者と、高レベルで生産ギルドの幹部である防具職人の私の作品なのよ? 選ぶ必要なんてないじゃない! 比べることすらおこがましいわよ! 私は何も間違ったことなんて言ってない! そうよ、間違ってるのはおま……」
「【プロミネイション】」
「痛ッ……!?」
接触状態で内部破壊の浸透波を放つアーツで、喚きだしたゴミを黙らせる。このアーツ、地味にこの仕様が初のお披露目である。
いやもうさ……。本当に気持ち悪い。自分だけが正しくて、間違ってるのはお前らだと声高に叫ぼうとしていた時の高慢女は、今までの中で一番醜悪だった。……今の俺が言えたことじゃないがな。
【プロミネイション】で強制的に黙らせた高慢女を掴む手に力を入れ、さらに引き上げる。背中が沿って苦しそうにしている高慢女を全力で見下すように笑いながら、思いっきり侮蔑と嘲笑を込めた声音で告げてやる。
「お前の作った作品と、アッシュの作った作品が比べ物にならない、か。確かにそうだなぁ。やっと普通のことが言えるようになったじゃないか」
「そ、そうでしょう……?」
「ああ、その通りだ。――――お前の作品が、アッシュのそれにかなうはずないもんなぁ? くくくっ、よく理解しているようで何よりだ」
「…………はぁ? わ、私の作品が、あんな雑魚に…………ぎゃんッ!?」
平手打ち。
まだいうかこのゴミは。
「口を慎め。二度とその汚い口を開くんじゃない。分かったか?」
「………(きッ)」
「…………次は、『目』な」
「………ッ!? わ、分かりました! 黙ります黙ります黙ります!?」
「分かればいい。……俺は、お前が作る装備がどれだけ優秀なのか、お前がどれだけ有名なプレイヤーなのかなんて一切知らない。そんな俺から見たらお前は、『いきなり出てきてふざけたことを抜かす印象最悪な高慢女』でしかない。そんなやつが作った装備を、誰が着たいと思う? 他のやつのことなんざ知らんが、少なくとも、どれだけ性能が良かろうが、俺は絶対にお前が作った装備は使いたくない。そもそもだな……」
そこで言葉を切り、声に含まれる侮蔑を最大限に、嘲笑と哄笑を最高にした声音を意識して、『最悪の一言』を放つ。
「お前みたいな年増で性格の悪いババァが作ったものが、容姿も性格も超絶美少女のアッシュが作ったものにかなうわけねーだろ。己惚れてんじゃねぇ」
「……ッ、ふざけッ」
「黙れって言いましたよねー? 【プロミネイション】」
「ああッ!?」
「……これだけやれば分かったか? 俺はゴミの作ったものなんて使いたくない。だから、お前らの要求はすべて却下する。言葉で拒絶するだけじゃ分かんねぇみたいだから、こうやって分かりやすい形で示させてもらった。これでもまだ分からないって言うならしょうがない。今度は取り巻き連中も一緒に暴行しよう。泣いて許しを請いても、地べたに這いつくばっても絶対に許さない。俺に出来るだけの残酷さと卑劣さで、お前らに地獄を見せてやる。……理解できたか?」
「……ひゃ、ひゃいっ………」
「……理解できたなら速攻で帰りやがれ。もう二度と、お前の顔は見たくない。ああ、声を聴くのも不愉快だから、黙って消えろよ?」
「ひゃ、ひゃいッ!?」
そう言い捨ててから、高慢女の髪を掴んでいた手を勢いよく離し、自由落下で床に落ちた顔面を【インパクトシュート】で蹴り飛ばす。衝撃波により吹っ飛んだ高慢女の体は、取り巻き共にぶつかった。
「アザミナ様!?」だの「大丈夫ですか!?」だの「あの男……ッ!?」だの言ってる取り巻き共に、視線で「とっとと帰れ」と伝える。
高慢女に女の取り巻きが肩を貸して歩き出し、この生産場から逃げ出ようとして……入り口付近で振り返った高慢女が、憎悪に滾った瞳をこちらに向けてきた。そしてその口を大きく開き―――。
「リュー! アッシュ! お前らは絶対に―――」
「黙れって、言ったはずだ……ぞ!」
それをある程度予測していた俺は、素早く取り出した紅戦棍を振りかぶり、一足飛びに接近。視界に小さな影をとらえながら、振り上げた紅戦棍を高慢女の頭蓋に叩き込んだ。
紅戦棍は高慢女と取り巻きの数人を巻き込んで地面にたたきつけた。俺はそれを確認してから、素早く離脱。後は、俺の小さな相棒に任せよう。
「………………(きっ)!!」
今までにないほどに怒気を滾らせたアヤメが、連続で両の拳を倒れた高慢女に叩き込む。顔を重点的に打ち据えた後、止めと言わんばかりに放たれたのは、踵落とし。後頭部に決まったそれは、高慢女の額を何度も床にたたきつけた。
アヤメも、自分に優しくしてくれるアッシュをいじめるこいつらを許せなかったのだろう。尻尾も耳も、ピーンと逆立っている。
「…………消えろ」
「「「「「ひゃ、ひゃぁいッ!!」」」」」
意識して出した低い声でそう言ってやれば、取り巻き共は倒れた高慢女を連れて死に物狂いで帰っていった。
それを見送った俺は、ふぅ、と一息ついた後、生産場にいた生産プレイヤーたちに、「お騒がせして申し訳ありませんでした」と謝罪した。巻き込んでしまったことに対する謝罪だ。
生産プレイヤーたちは「気にすんな! かっこよかったぜ兄ちゃん! ………ちょっと怖かったけどな」とか「スカッとしたぜ。男だなー、あんちゃんは。………結構怖かったけどな」とか「あのアザミナにあそこまで言えるとはたいしたやつだぜ。………かなり怖かったけどな」とか「いいなぁ、アッシュさん。自分のことでこんなに怒ってくれる人がいるなんて。………本当に怖かったけど」とか………。と、とっても温かい言葉をかけてくれた。うん、とってもありがたい。
……俺、そんなに怖かったかなぁ?
「……リュー」
生産プレイヤーたちの反応に若干凹み、戻って来たアヤメの頭をなでなですることで自分を慰めていると、後ろから控えめなアッシュの声が聞こえた。
……やっぱり、アッシュも生産プレイヤーたちとおなじように、怖がらせてしまっただろうか?
アッシュには見せたことのない、俺がキレた時の姿。笑顔を浮かべながら、何のためらいもなく他者に暴力を振るうその姿を見て、心優しい彼女は何を思っただろうか?
怯え? 恐れ? そんなものがこもった目で見られたら、死ぬほど凹むな。と、自嘲気味に考えながら、アッシュの方を振り返り……。
ぽすん、と抱き着いてきたアッシュに、思考が一瞬だけ完全に停止した。
え? は? ちょ? はぁ?
予想外にもほどがあるアッシュの行動に目を白黒させていると、俺に抱き着いた状態のアッシュが、ポツリと一言だけ。
「……ありがとうございます」
そう、零れ落ちたようにつぶやいた。




