虫退治と待ち合わせ
すみません、昨日はリアルの方が忙しくて更新できませんでした。
日々の日課を終わらせFEOにログインした俺は、一直線に『木漏れ日の森』へと向かった。
サファイアとの集合場所は、職人街ドゥヴィレ。なんでもドゥヴィレからいけるフィールドに、サファイアが魔法の練習で使っているところがあるらしい。
木々の間を駆け抜けながら、時折出てくる虫どもを蹴り砕いていく。今は、紅戦棍を出していない。さすがに柄が二メートルほどもある長柄武器は、森の中じゃ木が邪魔で使えないからな。
あっという間に『木漏れ日の森』のボスエリアに到着。巨木が無造作に生えるボスエリアの中央に、この森のボスの昆虫王者が堂々と現れる。
というわけで、先手必勝。
「《信仰の剣》、《信仰の盾》、…【ストレングスエンハンス】。【グランドシェイク】!」
自身に掛ける強化魔法は、STRアップのみ。攻撃を喰らうつもりなど毛頭ないのでDEFアップは《信仰の盾》だけで十分。
取り出した紅戦棍を思いっきり振りかぶり、地面に向かって振り下ろす。
ドンッ!!
響く轟音。紅戦棍の柄頭がめり込んだ場所の地面が砕け、その地点を起点として発生した衝撃波が昆虫王者へと向かっていく。
そして、衝撃波が昆虫王者の真下に達した瞬間、その部分の地面が勢いよく隆起し、昆虫王者を空中へぶっ飛ばした。
【グランドシェイク】。地面にメイスで打撃を与えることで、衝撃を地面に送り込み、その衝撃が標的とした相手の真下で爆発。爆発の衝撃で隆起した地面が相手を吹き飛ばす、という物理法則とかその辺に全力で喧嘩を売っている技である。
まぁ、ゲームの技に物理法則とかなんとか言ってツッコんでたら、キリがない。気にしないでおこう。
空中でじたばたする昆虫王者。背中の翅を広げられる前に、俺はそれを見据えてから、地面を強く蹴る。
「【ハイジャンプ】」
アーツの効果で普通の跳躍の数倍の高さまで飛び上がった俺の眼下に、昆虫王者の巨体が見えた。
紅戦棍を両手で振りかぶり、重力に任せて落下。そして、タイミングを合わせてそれを思いっきり振りぬくッ!
「【エコーブロウ】ッ!!」
発動したアーツは、【インパクトシュート】のメイス版といったところの技。叩きつけた紅戦棍が昆虫王者の外骨格を砕き、直後に発生した衝撃がその巨体を地面に向かって吹き飛ばしていく。猛スピードで地面と衝突した昆虫王者が轟音と砂煙の中に沈む。
「『我、真摯に主を信もう者。我が心に宿る信仰を剣に変え、神敵を滅す』、【ソードオブフェイス】」
ダメ押しの追撃。落下しながら詠唱し、自分の周りに光で構成された剣を十本作り上げる。
「貫けッ!」
俺の命令を受けた光剣が飛翔し、砂煙を斬り裂きながら昆虫王者が落下したあたりに突き刺さった。
木の枝を掴んだり、幹を蹴りつけたりして落下速度を和らげ、両足で地面に着地する。現実離れした動きだったが、結構簡単に出来てしまった。身体能力がおかしくなってるのは、ステータスの恩恵なのかね? 現実とはかけ離れた身体能力で、現実とはかけ離れた動きができる。やっぱりVRってすごいよなー、と今更ながらに思ってみたり。
砂煙が晴れた後には、すでに昆虫王者の姿は影も形もなくなっていた。やっぱり、初心者フィールドのボスじゃあ、すでに物足りない。ゴブ将軍よりも堅いはずのカブトムシも、アーツと魔法連打でこんなに簡単に倒せてしまった。……うん、先のフィールドに期待しようか。
「へぇ、ここがドゥヴィレかぁ……」
ボスエリアを抜けた先、そこは始まりの町とは比べ物にならないほどに栄えた町だった。
職人街『ドゥヴィレ』。生産職の聖地であるこの街に足を踏み入れた俺は、そこに広がっている光景を視界に納めた瞬間、思わず感嘆の声を漏らした。
まず、人の数が段違いだ。アンヴィレと比べたら、二倍どころの数じゃない。三倍か、四倍か。ちょっと、数えられないので分からないが、かなりの数だということが分かる。
また、街自体もかなり広い。入口からじゃよくわからないが、建物の規模も数もこっちの町の方が大きい。
町の雰囲気は……。一言でいえば、『雑多』だろうか? いろんなものが、整理なんて知ったものかとでもいうように並んでいる。街行く人も、アンヴィレではほとんど見なかったケモ耳を頭につけた獣人や、尖った耳のエルフ。ずんぐりむっくりしたドワーフ。頭から捻じれた角が生えた魔族。小さくて背中に透明な翅の生えた妖精族など。人族以外の種族がいた。
なんだか、ファンタジー度みたいなものが一気に上がったな。いや、今までも確かにモンスターとか魔法とか、ファンタジーっぽいものはいっぱいあったけど、こうも直球でファンタジーな光景を見ると、一種の感動のようなものを覚える。
さて、街をゆっくりと観光してまわりたい思いもあるが、サファイアとの待ち合わせがあるからな。待ち合わせ場所は噴水広場。どこの町にもあるんだろうか、これ。
大通りを人波かき分け進んでいく。それにしても、すれ違うプレイヤーだと思われる人が、たまに俺の顔をみて驚いたような反応をするのはなぜなのだろうか?
「おい、あいつ……あの動画のやつじゃ……」
「まさか……本人か?」
「ほら、見てみろよ。おんなじやつだろ?」
「じゃあ、あいつが新しい紅月の征伐者ってことか? そんなに強そうには見えないけどなぁ……」
「まぁ、防具も初期装備だし……。けど、初期装備でも紅月の試練を突破できるような化物なのかもしれないぞ?」
「そ、それは恐ろしいな……」
う、う~ん。なんか怖がられてるような……? てか、原因は噂の動画だったのか。
とはいえ、見てくるだけで絡んできたりしないので、ほっとけばいいか。さっさとサファイアのところに向かおう。
噴水広場は大通りをまっすぐ進んだところにあった。そして、広場の中央で水を吐き出している噴水の前に、見覚えのあるローブ姿を発見。どうやら、先に来ていたようだ。
「おーい、サファイア」
「……ん、リューにぃ」
声をかけると、かぶっていたフードからサファイアが顔を覗かせる。俺に気づいたサファイアは口元に笑みを浮かべて、トテトテと近づいてきた。
「ごめん、待ったか?」
「ん、わたしも今来たところ。…………なんか、今のセリフ。デートっぽかった」
「意識したわけじゃないけど、確かにそうだな」
「なんなら、このままデートにする?」
「魔法について教えてくれるんじゃなかったのか……?」
「ふふっ、冗談」
そう悪戯っぽく笑ったサファイアは、ローブのフードを外すと、俺の手を取って歩き始めた。すると、なぜか周りにざわめきが広がっていった。
「なっ……。あれって……っ!?」
「嘘だろ……? 『魔導蒼姫』だと……?」
「あ、あの一緒にいるプレイヤーって、新しい紅月の征伐者の……?」
「ということは、あの神官プレイヤーは、【フラグメント】の関係者なのか?」
「わ、我らのサファイアちゃんと手をつなぐだと……? ゆ、赦すまじッ!!」
「おわっ、こいつどっから湧き出てきやがった!? くそ、これがファンクラブ連中の固有スキル《神出鬼没》か……ッ!!」
「……いや、何言ってんだよお前」
さっきより、俄然目立ってやがるだと!? そう言えば、サファイアってトップギルドの副ギルマスとかやってたんだったっけ? ということは、プレイヤーの間でも結構有名なのだろうか?
「サファイア? なんか、すごく注目されてるみたいだけど……?」
「ん、わたしは気にしない。だから、リューにぃも気にしなくていい」
「そ、そうなのか?」
「リューにぃはすでに動画の件で注目されてる。今更気にしても無駄」
「あー、やっぱりそうなのか。じゃあ、サファイアは?」
「わたしは今更も今更。顔を隠さずに歩けばこうなるのは必然」
「ふーむ、トップギルドの副ギルマスとなると、そうなってくるのか」
「ん、もう慣れた。リューにぃも早く慣れたほうがいいよ?」
そうアドバイスしてくるサファイアに「おう」と返事を返し…………ふと、何かがおかしいことに気が付く。
サファイアのやつ、自分が顔を隠さないで町を歩けば、こうやって注目を集めることを知ってたんだよな? じゃあなんでわざわざ、フードをとったんだ? うーん……。
少し考えてみたが、大した答えは思いつかなかった。まぁ、いつも通り「なんとなく」なのだろう。
「(わたしがリューにぃと手をつないでいる姿を衆目に晒すことで、わたしとリューにぃが仲良しであることを周りにおしえる。外堀から埋めていく作戦……。……くふふふふ)」
……なんか、寒気がしたような気が?
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