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バレンタインデー特別短編 誤解、誤解だからぁ!?

バレンタインデーのお話。


後悔はしてない。

「…………どうしたもんかなぁ」



 新城家のリビング。家主不在のその場所で、千代原太陽は珍しく難しい顔をしてソファーに座っていた。

 開いた膝の上に肘を置き、背筋を丸め両手を顔の前で組んだゲン○ウポーズで太陽が見つめる先には、ローテーブルの上に乗った、ラッピングされた長方形の箱……ちょっと高級なチョコレートがあった。

 そう、今日は二月十四日。聖ヴァレンティヌスの命日にして、お菓子会社の陰謀蔓延るバレンタインデーである。

 だが、机の上に置かれたチョコは、世の非リアが血涙を流し、怨嗟の大合奏を上げそうなくらいにはモテる太陽が貰ったモノではない。



「これをどうやって渡したモンかなぁ…………流に」



 チョコレートを睨みながら、ぼそりと洒落にならないことを呟く太陽。

 一応弁解しておくが、太陽の恋愛観はいたってノーマルであり、『私そう言うの嫌いじゃないから!』的な腐った思考をしているわけではない。

 ただ、ちょっと立ち寄ったスーパーで、『日頃お世話になっている方へ、感謝の気持ちを伝えませんか?』という謳い文句で売られていた高そうなチョコレートを目にしたとき、ふと頭の中に流の顔が浮かび、気が付けば、わりかしいいお値段がした(野口1.5人くらい)それを買っていただけなのだ。

 しかし、いざ渡すとなると、気恥ずかしさが勝ってしまう。日頃お世話になっていることは間違いないが、それを改めて言葉にすると考えると……どうしても、もにょっとした感じがするのだ。

 


「普通にほいって渡すのは……なんか、軽い感じがするし…………」



 いや、普通にそれで構わないのだが……妹が妹なら、兄も兄。ベクトルは違えど向ける愛の大きさにさしたる違いはない。

 何が言いたいのかというと、太陽、流が大好きなのである。

 大好きな流ににチョコを渡すのだから、適当な感じにするのは自分が許せないらしい。



「メッセージを書いて、どこかに置いておくか……? いや、こういうものは自分の手で渡してこそだよなぁ……」



 そんなことはない、とツッコミを入れる者はこの場にはいなかった。

 家主である流は食材の買い出しに行っており、蒼は流にあげるチョコレートを買いに出かけている。なので、軽く正気じゃない太陽を止められる者はおらず、彼の暴走は徐々に酷くなっていく。

 うーむ、といつもはあまり使わない頭を目いっぱい使って、考えに考えて考え抜く。

 周りで物音がしても全く気が付かないくらいに思考に没頭する太陽。考えている内容は残念だが、彼の眼光は鋭くまっすぐで、その横顔は普段の三割増しでかっこよく見えるくらい真剣だった。

 …………再度言っておくが、考えているのはお世話になっている人物……それも同性の相手にどうやってチョコレートを渡そうかということである。やっぱり、太陽はどこまでいっても太陽だった。

 ちくたくちくたく、と時間だけが過ぎていくなか、ふと流がそろそろ帰ってくるんじゃないかということに思い至る太陽。流が買い出しに所要する時間は約一時間。すでにそのくらいは経っているのではないか……そう思うと、途端に焦りが思考を邪魔してくる。



(うぇええ!? ど、どうすりゃいいんだよ!? スマホで「チョコ 渡し方」みたいな感じで検索するか? ……いやいや、それ絶対に本命の渡し方しか載ってないから。お世話になってる人へのチョコの渡し方とか絶対に書いてないから! うおぉおおおおおおお!? もうちょっとで流が帰ってきちまうぅううう!? チョコレート前に悩んでるところとか見られたら、妙な誤解を受けちまうだろ!? くぉおおおおおお……!? チョコレートの渡し方チョコレートの渡し方チョコレートの渡し方…………ハッ!? も、もう……ここはいっそ…………ッ!!)



 だいぶ混乱してらっしゃる太陽は、ずっと見つめていたチョコレートの箱にバッと手を伸ばし、それを手に取ると、両手でしっかりと握り直し、頭を下げながらまっすぐに突き出した。




「好 き で す !!」




 …………どうやら、混乱を極めた結果、バレンタインデーのチョコレート渡し方としては大正解で、太陽の目的としては最低な答えにたどり着いたご様子。

 予行練習としてやってみたのはいいが、あれ? これってなんか違くない? と気付いた太陽。疑問符をつけるまでもなく、パーフェクトな不正解である。

 自分でもこれはないなぁ……と、冷静になった太陽は、チョコレートの箱を突き出した体勢のを戻そうとして……聞こえてきた声に、ピシリと石化した。



「た、太陽?」



 それは、今ここにいるはずのない人物の声。

 買い出しに行っていて、まだ帰ってきていなかったはずの流の声。

 そして、その声は、太陽の『真正面』から聞こえてきていた。

 ギ、ギギギ……と錆びついたロボットのような動きで顔を上げる太陽の視界に、体面のソファーに座って料理本を広げた流の姿が映った。



「りゅ、流……? い、いつの間に……?」


「いや、十分くらい前に普通に帰って来たぞ? お前は何か深刻そうな顔で考え込んでから、気が付かなかったんじゃないか?」


「そ、そうだったのか。いやぁ、まったく気が付かなかったぜ……あ、あははは……」


「そ、そうか。お前らしいよ……は、ははは……」



 乾いた笑いを上げる二人。その間に漂う空気は、ひっじょーーーに微妙なモノになっていた。

 どちらからともなく黙り込み、静寂が訪れる。カチカチと時計の針が進む音がとても大きく聞こえてきた。

 太陽は「えーっと」とか「あー……」とか言葉にならない声を上げており、流は気まずそうに目を逸らし前髪を指先で弄んでいる。その頬が赤く染まって見えるのは気のせいか、それとも……。

 痛いくらいの沈黙。それをさきに破ったのは流だった。



「えっと、太陽? 一応念のために聞いておくが…………本気か?」


「んなわけあるか!! ちょっといろいろ考えすぎて間違えただけだ!!」


「だよな。…………良かった」



 ほっと胸をなでおろす流に、少しでも誤解されてたまるかと事情を事細かに説明する太陽。

 その説明を聞いた流は、あきれたようため息を吐くと、太陽が突き出したままのチョコレートの箱をひょいと受け取り、それを顔の横でひらひらと動かしながら「しょうがないヤツ」とでも言いたげな笑みを浮かべた。



「まぁ、なんというか、お前らしい感じだったよ。チョコはありがたく貰っとく」



 まっすぐに視線を合しながら、もう一度、今度は嬉しそうな笑みで「ありがとな」という流に、太陽は視線を逸らしながら小さく「おう……」と返した。照れてるのがバレバレである。

 そんな太陽の反応にからからと笑いながら、流が「けどまぁ―――」と視線を太陽の背後にやりながら口を開いた。



「さっきのが誤解だったということを、俺はちゃんと理解してる。けど、理解できてないヤツもいるようだから、ちゃんと事情を説明して納得させるんだぞ?」


「……なんのこと?」



 キョトンとする太陽に、流はさっとその背後を指で指し示す。

 その指に誘導されるように、太陽は振り返り―――――――ピシリ、と固まる。

 そこにいたのは、リビングに続く扉から半分だけ顔を覗かせた……蒼。

 いつからそこにいたのかは、彼女の一切の感情が抜け落ちた、能面のような無表情が物語っている。

 太陽は、助けを求める様に流に向き直った。

 流は、諦めろ、と言うようににっこりと微笑んだ。

 そして、視線を外した一瞬で距離を詰めてきたのか、ポンと太陽の肩に蒼の手が置かれた。



「…………獅子身中の虫とはこのことか。太陽、許すまじ」


「ちょっ!? おまっ! 誤解だから! 誤解だからぁ!!」


「黙れホモ野郎…………死ね」


「理不尽にも程が…………ぎゃぁああああああああああああああああああああああああ!!?」



 蒼の容赦ない折檻に、太陽の悲鳴が響き渡る。

 そんな光景を眺めながら、流は太陽からもらったチョコレートの箱を開け、その中から一粒をつまみ上げ、口に放り込んで一言。



「………うん、甘い」



 目の前の二人のやり取りから逃避するように、そう呟くのだった。

今年のバレンタイン? カカオ85%の嫌がらせのようなチョコなら貰いましたが、何か?



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