紅月の巨狼 決着
一応、バトルはこれで終わり。
「せやぁッ!!」
「GAUAAAA!!」
互いの視線が交錯したのも、ほんの一瞬の間だけだった。
リューの振るうメイスと、ディセクトゥムの爪がぶつかり合い、夜闇に火花を散らす。
ディセクトゥムは、形態が変化したことで、スピードが格段に上昇している。
さらに、二本に増えた尾が不規則な攻撃を爪での斬撃の中に混ぜてくるので、リューは一瞬たりとも気を抜くことができない。
リューお得意のヒット&ヒールをしようにも、相手の攻撃は直撃すれば、リューのHPのほとんどを持っていくほどの威力を有している。
迂闊に受けてしまえば、回復する間もなく、殺られる。
そんなわけで、リューは必死でディセクトゥムの攻撃を受け続ける。
自分の攻撃を相手の攻撃に当てることで、相殺を狙う。
あわよくば、相殺ではなく相手にダメージを与えられないかと思っていたが、ディセクトゥムの攻撃の威力がリューのそれを完全に上回っているので、逆にダメージを喰らっている始末だ。
受けたダメージは、微々たるものだが、それでも重なり続ければ無視できないほどのものとなる。そのたびに【ヒール】で回復するが、すぐにまたダメージは蓄積する。
さらに、いくら【ヒール】の消費MPが少ないとは言え、リューのMPには限りがあるのだ。
強化魔法やスキルの発動にもMPを使うことを考えれば、すでにリューのMPは若干足りなくなってきているのが現状だった。
幸いなことに、MPポーションはまだ数本残っている。
だが、ディセクトゥムの攻撃にさらされている最中に、アイテムを使って回復をする余裕なんてものはない。
回復アイテムが残っていることなど、今のリューにとっては何の慰めにもなっていない。
「……結構、ピンチだな。いや、本当に……ッ!?」
後ろに跳躍したディセクトゥムから放たれた破壊光線を避け、鋭角に追いかけてくる光線を地面に伏せるように避ける。
伏せたリューに向かって光線が降り注ぐのを、横に転がって回避。光線はそのまま地面を砕き、衝撃をまき散らした。
ゴロゴロと転がったリューは、受け身の要領で素早く立ち上がると、即座にメイスを構え。
「光線は、地面近くで避ければ大丈夫。で、そのあとに……【アームブレイク】!」
タイミングを合わせて、背後へと勢いよく振りぬく。
「GAURAAAッ!?」
リューの背後へと回り込み、その牙を突き立てんとしていたディセクトゥムの横っ面を、攻撃力にデバフをかけるアーツを乗せたメイスが殴り飛ばした。
「なるほど、このタイミングの奇襲は固定なのか? だとしたら、そこを狙って……」
リューはつぶやきながら、跳躍で後退したディセクトゥムに視線を向ける。その頭上には、もうほとんどが黒く塗りつぶされてしまったHPゲージと、攻撃力低下のデバフを現すアイコン。
ディセクトゥムの破壊光線からの奇襲。攻撃力が下がっているこの状況。自分の持つ手札。
それらの情報がリューの脳内で渦巻き、一つに収束していく。
「……これなら、いけるか?」
リューの脳内で、真紅の狩人の命を狩り取る作戦が組み立てられ、形を成した。
「よしっ、このまま嬲られてやられちまうよりか百倍マシだ。この作戦に、賭けてみようじゃないか」
ニヤリ、と笑みを浮かべながらリューは独り言ちた。
笑みを浮かべたリューは、しまっていたメイスをアイテム欄から取り出し、ついでに残りのMPポーションを全部出して自分に振りかけた。
ポーションの短時間での連続使用は一本一本の効果を下げるのだが、そんなことは気にしない。今は、少しでも勝利の可能性を上げることだけに尽力する。
まず、おなじみの強化魔法とスキルで、自分にバフをかける。リューの能力値がディセクトゥムを真正面から相手にしても、死なない水準まで引き上げられる。
「(……この強化。特に、《信仰の盾》がなかったら、とっくにデスペナで教会送りだったよな。ホント、シルさんのクエスト頑張ってよかった。サファイアとアッシュには感謝だな)」
そんなことを考えながら、リューはディセクトゥムの突っ込んでいく。さらに、走りながら、魔法の詠唱を開始。
「……………【リジェネ】」
発動させたのは、HPを時間経過で少しづつ回復させていく魔法。その回復量は【ヒール】の十分の一くらいだが、少しでも自分を死ににくくさせるために、リューは詠唱が長く使いにくそうだった魔法を、今ここでお披露目した。
………お披露目と言っても、見ているのはディセクトゥムと、とある人物だけなのだが。
草原を駆け、足元の草を斬り裂くようにしてディセクトゥムに接近。無防備に突っ込んできたとしか思えないリューの行動に、ディセクトゥムの漆黒の瞳が、馬鹿にするかのように細められる。
「GAURAAAAAAAAAAAッ!!!」
大気を震わす咆哮と共に、夜闇を斬り裂く爪がリューの命を狩らんと襲い掛かる。
「ハァアアアアアッ!!」
リューは、自らに降り注ぐ斬撃を、両手のメイスを駆使して捌き、受け流し、真っ向から受け止め、打ち落とす。
爪の攻撃がリューをとらえられなかったことを残念がる様子もなく、今度は二本の尾がこちらを打ち抜かんとばかりに振るわれる。
リューは地面を強く蹴って前転をするかのようにディセクトゥムの股下を通り抜けていく。いきなり目の前から姿を消した敵に警戒してあたりを見渡すが、リューを見つけることはかなわなかった。
まさか自分の腹の下にいるとは思わなかったのか、リューはあっさりとディセクトゥムの後ろ足の間から飛び出すと、そのまま疾走し、ディセクトゥムから距離をとった。
「GURUUUUッ!?」
探していた敵がいきなり背後に移動したことに驚いたのか、ディセクトゥムがあからさまに困惑を乗せた鳴き声を漏らす。
だが、すぐにその瞳が細められ、ガパリと口が開かれる。そこに砲身となる魔法陣と、閃光となる紅弾を発生させた。
放たれる真紅の閃光。それはリューの背中を打ち抜かんと迫る。
リューは、背後から迫る閃光に対し、ひょい、と横にサイドステップするだけで回避。
一度の回避では、真紅の閃光から逃れることはできない。カクン、と曲がった閃光は、リューを追いかける。
追いかけられたリューは、その場に仰向けになるようにして倒れこみ、閃光を地面へと誘導する。誘導した後は、先と同じように転がって閃光から逃れる。
まんまと誘われてしまった真紅の閃光は、三度めとなる地面へのダイブをきめ、衝撃波をまき散らして消える。
その衝撃波に逆らわずにふっ飛ばされたリューは、空中で体勢をわずかに立て直すと、両足を地面につけて衝撃に対抗する。
衝撃波に吹き飛ばされたと言え、見事な着地で体勢を整えたリューは、このタイミングで全神経を集中した。
そしてついに、その瞬間は訪れる。
「……ッ! ここだァ!!」
振り向きざまにメイスを突き出したリュー。その先には奇襲を仕掛けに来たディセクトゥムの鋭い牙が並ぶ口内が見えた。
「ォオオオオオオッ!!」
「GAGURUUUUUUUUUUUUUUッ!!」
牙をむいたディセクトゥムとリューのわずかしかなかった距離はあっという間にゼロになる。リューは無謀にもメイスを突き付け、ディセクトゥムの刀の如く鋭い牙が生え並ぶ口が今にも閉じられそうだ。
心の底から『食われる!』という、恐怖が湧き上がってきそうな光景を見ても、リューは余裕の笑みを崩さなかった。
そして、その場に他人がいれば、リューがディセクトゥムに噛み砕かれる光景を幻視しただろう。
だが、そうなならなかった。
「GAッ!? GURUUUUUUUUUUU!?」
ディセクトゥムが驚きに声を上げる。
ガチンッ! と音が鳴り、ディセクトゥムの牙とメイスが噛み合い、リューまで届いていなかったのだ。リューが噛み付きの瞬間にメイスの中間ほどを手に持ち、襲い掛かる上顎と下顎を止めるようにメイスを突き出したのだ。
リューは、ディセクトゥムの噛み付きを防いだメイスをあっさりと手放すと、その場で膝をたわませ、上に飛ぶ。
口の中の異物を取り除こうとしているディセクトゥムのちょうど頭頂部あたりまで跳躍したリューは、巨狼の耳と耳の間あたりに片足で着地。
そして、
「【インパクトシュート】ッ!!」
ドンッ! という音とともに、蹴りに付随した衝撃波によって、ディセクトゥムの頭が地面にたたきつけられた。その時、巨狼の口の中でメイスが口内の柔らかい肉をえぐるなどして、地味にダメージを与えていた。
とん、とディセクトゥムの鼻先を踏みつぶすようにして着地したリューは、ただただ全力で力を込めて、メイスを振りかぶる。
ディセクトゥムの防衛本能がかろうじて二本の尾をリューへと襲い掛からせるが、攻撃力低下のバフのおかげかHPが全損することを防ぐ。
「これで、お終いだ。【エンチャント・ブースター】、【パワークラッシュ】ッ!!!」
全力で振り上げられたメイスは、肩、腕、腰、脚の回転で力を蓄え、渾身の一撃となって、ディセクトゥムの眉間に振り下ろされた!
次回からリュー視点に戻ると思います。
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