紅月の巨狼 最終形態紅魔狼
そろそろ決着かな?
最終形態となり、全身に紅い燐光をまとうディセクトゥム。
その姿は禍々しさを増し、見る者を恐怖で支配してしまうほどの凶悪さを誇っている。
「GARURUUUUUUUUUU!!!」
大気をかき乱すような咆哮と共に、巨狼は自らを追いつめた怨敵へと飛びかかる。
その速度は、先程までのディセクトゥムとは一線を画すものだった。
より鋭利に磨かれた爪による斬撃が、紅き閃光と化しリューへと振り下ろされる。
とっさの【バックステップ】で斬撃を回避したリューは、今の攻撃の速度に目を見張る。
「(スピードがかなり上がってるな……。あの速度だと、部位破壊を狙うわけにもいかないし……。となると、真正面からHPを削り切っちまうか? ……いや、たぶん一撃でも喰らえばアウト。回復する暇もなくやられる。さぁて、どうするかな……)」
リューがどう戦うかを考えている間にも、ディセクトゥムは攻め続ける。
リューとの距離を詰め、爪を振るい、二本に増えた尾で鞭のように打ち据える。
回避など間に合わない。リューはその場に縫い付けられ、何とかディセクトゥムの猛攻をメイスで捌き、空いている片手を使ってそらす。
ディセクトゥムの攻撃は、防御の上からでもガリガリとダメージを与えてくる。ダメージを受けては【ヒール】で即座に回復はしているが、リューの視界の端では、HPゲージが減っては回復、減っては回復を繰り返している。
「(このままだと、ジリ貧になるのは目に見えてる。ここは一端距離をとって……)」
リューが回避したディセクトゥムの前脚が地面にひびを入れた瞬間に、【バックステップ】で嵐のような猛攻から抜け出し、さらに自ら後ろへと飛ぶことで距離を稼ぐ。
「(攻撃の軌道なんかは変わってない。だから、見切ることはできる。けど、スピードと威力が段違いすぎる……ッ!)」
後退しつつも、ディセクトゥムから目を離さないリューは、内心で歯噛みする。
相手のHPは、残り一割。メイスを全力で三発、蹴りなら五発叩き込めば削り切ることができる。アーツを使えば、一撃で持っていくこともできるかもしれない。
だが、その一割が遠すぎる。まるで攻撃に転じることができていない。
近接でしかダメージを与えることができないリューにとって、その近接戦で圧倒されるというのはかなり厳しい状況だ。
「(肉を切らせて骨を断つ……。いや、それだと骨ごとバッサリやられてお終いだな。くそっ、こんなことなら攻撃魔法の一つでも覚えておくんだった!)」
後悔しても後の祭りである。
どうにかしてディセクトゥムに攻撃をぶち当てる機会をうかがうリューに、さらなる絶望が襲い掛かる。
爪や尾のキリングゾーンから抜け出した怨敵を、ペンキ塗りつぶされたように黒い瞳でにらみつける巨狼は、ガパリ、と一本一本が剣のような牙が生えそろう口を開く。
そして、開いた口の前に、何重にも重なる魔法陣が展開された。
「ッ!! なんかヤバそうなやつ来た!?」
紅く輝く魔法陣は、ディセクトゥムから溢れ出す燐光を吸い上げるようにして集め、その輝きを増していく。
輝きが増していくにつれて、魔法陣が回転を始め、その回転は加速していく。
くるくると回る魔法陣の中心に燐光が収束した紅弾が表れ、どんどん縮小していく。
一目見て、「あれはヤバい」と判断したリューは、【マインドエンハンス】で魔法防御を上げ、ほかの強化も一新。そして、ディセクトゥムの正面から外れるように、走り出す。
魔法陣の回転はやむことなく加速を続け、刻まれている幾何学模様が見えなくなるほどに速くなる。
収束し縮小する紅弾は、どんどんその体積を減らし、密度を上げていく。そこに込められた力の大きさは計り知れない。
ディセクトゥムは、照準を合わせるように首を動かし、動き回るリューへと狙いを定める。
「ばっちり狙いに来るか! 上等だ、当てれるモンなら当ててみやがれェ!!」
半場やけくそ気味にそう叫んだリューは、走る速度を無理やり引き上げる。ディセクトゥムの背後に回るような軌跡を描きながら、駆ける、駆ける。
そして、その瞬間は訪れる。
魔法陣の回転が臨界点を突破し、真紅の砲身を形作る。
「GURURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ゴウッ!!
ディセクトゥムの咆哮を合図に、真紅の砲身から、極限まで圧縮された力が、閃光となって吐き出される。
大気を斬り裂くようにして突き進む真紅の閃光が駆けるリューへと襲い掛かった。
「【バックステップ】ぅううッ!!?」
ほとんど悲鳴のような声で回避スキルを発動させたリューは、閃光が命中する寸前に躱すことに成功し た。まっすぐに突き進む閃光は、リューの五メートル先を通過していき、
カクン、と鋭角に折れ曲がり、リューへと牙を向いた。
「よしっ、回避せいこッ!!?」
リューの言葉がそこで途切れる。
何せ、完全に回避したと思っていた閃光が、いきなり目の前に来ていたのだ。驚いた程度では済まないだろう。
地面に倒れこむようにして、何とかそれを回避したリュー。だが、またもや閃光が折れ曲がり、今度は倒れたリューに降り注ぐようにして襲い掛かった。
「だぁああああああああああッ!!?」
ゴロゴロと転がることで閃光から、間一髪逃げ切ったリュー。一瞬前までリューがいたあたりの地面に閃光が突き刺さり、内包されたエネルギーを解き放った。
解き放たれたエネルギーは、衝撃波となりまき散らされる。その規模は紅弾の比ではない。
爆発的、と形容するのが正しいほどの威力を持った衝撃波は、リューの体を打ち据え、そして吹き飛ばす。
十メートルほど吹っ飛んだあとに地面にたたきつけられたリューの口から、「かはっ」と苦し気な声が漏れた。
「うぅ……。ひ、【ヒール】……」
呻きながらも回復魔法を発動させたリューは、ふらつきながらもなんとか起き上がり、次いで、慌てたようにディセクトゥムの姿を探し始める。
「……あれ? どこ行ったんだ、あの狼やろ――――」
――――――――ゾクッ。
そこまでつぶやいた瞬間、リューの背筋にうすら寒いものが走る。
怖気のような何か、そう、言うならば……殺気。もしくは殺意。
それを感じ取ったリューは、考えるよりも早く、振り向きざまに背後への打撃を放った。
ギャリンッ! と、金属同士が勢いよくぶつかったような音があたりに響く。
リューの振るったメイスは、いつの間にか背後に回り込んでいたディセクトゥムの爪と、がっちりかみ合っていた。
「GURUUUU……」
「はッ、不意打ちとはやってくれるじゃねぇか」
リューとディセクトゥム。
一人と一頭の間で、紫眼と漆黒眼が交錯した。
……オワラナカッタ…………。
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