紅月の巨狼 勝利への可能性
おそくなりました……。
「……【エンチャント・ブースター】。【インパクトシュート】!」
リューは、命中と共に追撃の衝撃波が打ち出される蹴りのアーツを、一時的に付与魔法の強化率を上げる魔法で威力を上げて放った。
ディセクトゥムの横っ面にリューの足の甲が叩き込まれる。蹴りの威力でふらついた巨狼は、追撃の衝撃波で吹き飛んだ。
だが、驚くべき身体能力を駆使して空中で体勢を戻したディセクトゥムが、着地と同時に地を四肢で強く踏みつけ、リューに向かって突進。
「なッ!? くそッ!!」
突っ込んできたディセクトゥムに反応が遅れたリューは、かろうじてメイスで迎撃を試みたが、ディセクトゥムの巨体と突進の勢いの前では、焼け石に水以外の何物でもない。
ドンッ!! と轟音と共にリューの体が水平に飛んでいく。十メートル近く飛んだ後に地面へとたたきつけられた。
ガリガリと削られるHPを【ヒール】で癒すことで必死につなぎ止め、随分と減ったMPをMPポーションで回復。
「いたた……。何であの状況で持ち直せんだよ。獣の身体能力舐めてたな。つーか、強すぎるだろ、あの狼野郎」
起き上がったリューは、苦々し気にディセクトゥムを睨みつける。そのHPは、戦闘開始からすでに一時間近く経っているのにも拘わらず、半分も減っていない。
強いことは分かっていたが、その強さはリューの想像をはるかに超えていた。
近づけば爪と牙、そして尾が襲い掛かる。
かといって遠ざかってしまえば、待ってましたと言わんばかりに紅弾が襲い掛かる。
遠近ともに隙が無い。
さらに、動きそのものがいちいち素早い。
移動速度、攻撃速度、紅弾の弾速。そのすべてが速く、回避するのも一苦労。
そのうえ、防御の上からダメージを与えてくる攻撃力まであるのだ。始末に負えないとはまさにこのこと。
唯一の救いは、防御力がそこまでではないことだろう。攻撃が当たれば、大なり小なりダメ―ジが入る。
敵は強大。自分は脆弱とまではいかなくとも、あの巨狼と比べれば、間違いなく弱い。
そんな、最初から分かり切っていたことを再確認したリューは、ディセクトゥムに注意を払いながら、思考を加速させる。
考えることはひとつ。
どうすれば、あの化物に勝つことができるのか。
あの巨狼の命(HP)を最後の一欠片まで壊しつくすことができるのか。
ただ、それだけを考えて考えて、考え尽くす。
自分にできることと出来ないことをはっきりさせ、できることの中から、最適解を導いていく。
そうすることで、自分がどう動けばいいのかを想像し、それを修正。また想像して、修正。何度も何度も繰り返す。
何が障害になっていて、それはどうすれば取り除くことができるのか。
巨狼はどんな動きをする? それにどう対応するのが正解だ? 攻撃手段は? メイス? それとも格闘? アーツは何を使う? 魔法は?
「(ただ闇雲に攻めたところで、返り討ちに遭うに決まってる。じゃあ、不意を衝くか? いや、こんな開けた場所で、なおかつ相手の方が速いのに、不意なんか衝けるはずがない。どうする……?)」
思考して立案して却下して批判して反省して試案して破棄して愚考して閃いてどん詰まりになって。
自分が思い付く限りの戦い方の中から可能性があるものだけを選別し。選別した作戦の中からさらに可能性の高いものを探す。
「(あの狼野郎は、俺に無いアドバンテージを山ほどもってやがる。そのうちのどれか一つでも潰すことができれば…………。…………ッ、そうか! あれを使えば―――)」
――――見つけた。
声に出さずにつぶやかれたその言葉。
苦々し気に歪められていた表情を一転し、笑みに変えたリュー。
思考の果てにたどり着いたのは、勝利の可能性をほんのわずかに上げてくれるだけのもの。
それでも、ほんの数パーセントだった可能性を、一割程度まで引き上げることはできるだろう。
その一割をもぎ取れるかどうか。それはもう、リューが何とかするしかないことだ。
リューはメニューを開き、アイテム欄に片方のメイスをしまう。そして、ステータスのある項目に目を走らせてから、メニュー画面を閉じた。
そして、一本だけになったメイスを構え、自由になった片手を軽く握る。強化魔法とスキルを更新し、減ったMPをアイテムで回復させた。
短い時間で万全に準備を整えたリューは、口元に笑みをたたえたまま、ディセクトゥムに向かって駆け出した。
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