紅月の巨狼 痛み分け
今日は早めに更新できるぜ!
深紅の三日月に見守られた、夜の草原。
静寂がよく似合いそうなその場所では、静寂とは程遠い、激しく荒々しい戦闘音が響き渡っていた。
「ォオオオオオオッ!!」
「ガァアアアアアアッ!!」
雄叫びと咆哮が交差し、メイスと爪が真正面からぶつかり合う。
ガキャンッ、と金属同士をぶつけ合わせたような音。それが、メイスの軌跡と爪の軌跡が混じりあうたびに鳴らされる。
小さな人間と巨大な獣は、真正面から互いの武器をぶつけ合わせる。
リューが上段から振るったメイスをディセクトゥムが爪で弾き、ディセクトゥムがメイスを弾いた方とは逆の爪で切り付けると、リューは跳ね上げた足でそれを迎撃する。
まずは小手調べ、と始められた戦いは、両者とも一歩も譲らない近接戦の体を成していた。
爪が振るわれ、メイスで防がれる。メイスが振るわれ、爪で弾かれる。
そんな拮抗した戦いは、ディセクトゥムが大きく後ろに跳躍し、リューから距離をとったことで終了した。
一回の跳躍で20メートル近く離れた位置に着地したディセクトゥム。
その馬鹿げた跳躍を可能にするディセクトゥムのステータスの高さ。
それを目の当たりにしたリューは、たらりと一筋の汗を流した。
「……どうした? 怖気づいたかよ、狼野郎」
動揺を押しとどめ、馬鹿にするようにそう言い捨てたリューは、体勢を低くして走り出す。みるみるうちに、ディセクトゥムが稼いだ距離を食いつぶしていく。
しかし、ディセクトゥムもそうやすやすと接近を許すほど甘くはない。
ディセクトゥムが、短く遠吠えを上げる。
それを引き金にして、巨狼の背後に紅く輝く五つの魔法陣が浮かび上がった。
「チッ、マジかよ……ッ!?」
リューが慌てて足を止めて回避動作を行おうとするが、それよりも早く魔法陣が起動した。
真紅の砲弾、それが五つの魔法陣から一斉に発射される。目でとらえることが難しい速度で放たれたそれは、リューがとっさに交差させたメイスに次々と直撃する。
「あぐッ!?」
直撃した紅弾が勢いよく破裂し、その衝撃波でリューの体を吹き飛ばした。地面に倒れたリューに、魔法陣からさらなる紅弾が掃射される。
それを転がるようにして何とか回避したリューは、急いで起き上がると視界の端に映る自分のHPを確認した。
「うわ、防御の上からでも三割って……。直撃を喰らうのはヤバいか」
ダメージを【ヒール】で回復させたリュー。最初の疾走で稼いだ距離は、ふっ飛ばされたことにでゼロどころかマイナスになってしまった。
もう一度ディセクトゥムに向かって疾走。今度は、紅弾の狙いをそらすように、ジグザグに移動する。
だが、そんな簡単な動きでは、狡猾な狼からは逃れられない。
ばらまかれる紅弾をよけ、時にメイスで払いのけ、徐々にディセクトゥムとの距離を詰める。
だが、着弾と同時に破裂し、あたりに衝撃波をまき散らす紅弾は、対処がかなり難しい。
回避しても衝撃波でふっ飛ばされてしまえば、後は追撃の紅弾がリューを滅多打ちにするだけだ。
「だぁ! 鬱陶しい! ……くそ、落ち着け俺。どうすればこの状況を打破できるのか。それだけを考えろ」
声に出して自分に言い聞かせたリューは、飛んでくる紅弾を観察し始める。
どんな軌道で飛んでくるのか。
どのくらいの速さなのか。
衝撃波の発生範囲は?
紅弾を直接喰らったときのダメージと、衝撃波だけの時のダメ―ジの違いは?
無数に飛んできた紅弾を躱す。衝撃波で吹き飛ばされる。
今度はメイスで迎撃してみる。やっぱり衝撃波が邪魔だ。
正面の地面に着弾する寸前に【バックステップ】。衝撃波ごと回避成功。
「……衝撃波の発生範囲は、半径5メートル未満っと……。そのくらいなら、大きく迂回すれば避けれるか?」
飛んできた紅弾の軌道から着弾位置を予測。その位置から目算で四メートルほど離れた位置へと回避行動をとる。
定めた位置にリューがたどり着くと同時に、紅弾が着弾予測位置の誤差数センチのところへ落ちる。
落ちたと同時に、全方位に放たれる衝撃波。だが、それがリューに届くことは無かった。
「よしっ!」
衝撃波の発生範囲を大体見切ったリューは、満を持してディセクトゥムへの疾走を開始する。
その速度は、最初に比べれば半分しかないほどに遅い。ディセクトゥムも、それを好機と捉えたのか、紅弾を一斉に放ってくる。
殺到する紅弾が、リューに直撃する……瞬間に、ぐっと体勢を低くして、地を這うように加速。紅弾は、一瞬前までリューがいた地面を打ち据える。
そして解放される衝撃波。リューと紅弾が落ちた地点との距離は3メートル弱。
加速するのが遅すぎたのか、ぎりぎりで衝撃波がリューに届いた。
にぃ、とリューの口元が吊り上がる。
リューは、背中に衝撃波を喰らったその勢いで、さらに加速した。
「ガァ!?」
今までにないスピードで、空気を斬り裂くように突っ込んでくるリューに、ディセクトゥムは驚きの鳴き声を上げてしまう。
それを聞いたリューがさらに笑みを深め、両手のメイスを頭上で交差させるように振り上げる。
そして、跳躍。
「まずは一発だ。【パワークラッシュ】!」
ドンッ!! と、鈍く響いた打撃音。
ディセクトゥムの額に叩き込まれる、二振りのメイス。
柄頭がめり込み、ディセクトゥムの頭部を地面にたたきつけた。
ディセクトゥムがダメージを受けたことで、背後の魔法陣も光を失って砕け散る。
着地したリューは、追撃を仕掛けようとさらにメイスを振りかぶる。
だが、それが振り下ろされるよりも早く、横から叩き付けられた何かが、リューを吹き飛ばした。
「あがっ!? な、なんだ、今の……」
草の上を転がったリューは、そのまま顔だけ上げて、自分を襲った何かの正体を確認する。
それは、ディセクトゥムの体よりも長そうな尾。それを振るいリューを吹き飛ばしたのだ。
リューのHPはその攻撃で四割まで減らされていた。その威力に思わず身震いが起こる。
減ったHP回復させつつ立ち上がったリューは、笑みをさらに深めながら、思考を巡らせる。
恐ろしく強い敵。
一撃一撃が強力無比。
回避するのだって難しく、迎撃するのは苦しい。
やっとの思いで一撃くらわしても、すぐに反撃にあう。結果は痛み分け。
相手のHPゲージは一割も削れていない。
今までのどの敵よりも、力強く、素早く、固く。
難敵。そう、難敵だ。
だからこそ、難敵であるからこそ。
「くくく……。いいなぁ、愉しくなってきた」
――――それを打ち破る快楽は、何物にも代えがたい。
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感想の返信は、暇が見つかったらやりたいと思います。
……「出来たらやる」。うわーお、自分で言っていてあれですけど、まったく信憑性がねぇや。




