紅月の巨狼 ディセクトゥム
こっから少し三人称視点でお送りいたします。
「あっ」
「……アポロ、その不安になる『あっ』は何? またリューにぃに怒られそうなことしたの?」
「またってなんだよ。そうじゃねぇし。ただ、ちょっと伝え忘れてたことがあるって言うか……」
「……?」
「今日、『紅月の夜』だ」
「……忘れてた」
「だよな~。しかも、今のあいつのレベルだと、ボスエリアまでなんてあっという間だし、絶対に戦いになるよなぁ。……後で、文句言われるかな?」
「たぶん、大丈夫?」
「不安しかないぞ、それ……」
「リューにぃは結構負けず嫌い。それに、自分の失敗を人のせいにしたりしない」
「……ま、そうだよな。それに、もしかしたらあいつ、勝っちまうかもしれないぞ?」
「ん、十分ありうる」
「おーい、アポロさん、サファイアさん! 何してるんですかー!?」
「戦闘中だぞ!? 集中しろー!」
「お、すまん」
「ん」
そんな会話が行われていたなど露知らず、リューは、FEOを始めてから今まで、感じたことのないような威圧感と警戒を感じていた。
威圧感は、彼の正面に悠然と寝そべる巨狼から放たれ、警戒はそれを見た己のうちから放たれるもの。
ゲームの中だというのにもかかわらず、全身に鳥肌が立ちそうなほどの恐ろしさ。そして、生物としての格の違いのようなものを、リューは本能的に感じ取っていた。
リューが警戒心を限界まで高めようと、巨狼はそれを気にした様子もなく、どんな感情が込められているかわからない黄金色の瞳は、ただ小さな侵入者の姿を映すだけ。
「……どうしてこうなった」
片手で頭を押さえ、疲れたようにつぶやくリュー。そんな嘆きが漏れてしまうのも無理もないだろう。
PKギルドに襲われ、それを撃退したと思ったら、謎の発光現象が起きて、化け物みたいな狼型モンスターの前に放り出されていました。リューでなくとも混乱する。
なんとか復活を果たしたリューは、巨狼の頭上を注視する。そして、驚愕に目を見開いた。
―――『《紅魔狼》ディセクトゥム Lv35』
文字通り、レベルが違った。
リューのレベルは、【ラヴブレイカーズ】を全員倒したことにより、20まで上がっていた。それでも、15の開きがある。リューは今までも格上と戦うことはあったが、ここまでのレベル差は初めてである。そして、そのHPゲージは通常のモンスターとは違う色をしている。巨狼の体毛と同じ、赤色だった。確実にボスの類である。ということは、リューは『静かなる草原』のボスエリアに入ってしまったということ。
ボスエリアは、ボスに勝つか負けるか。そのどちらかでしか出ることができない。ボスからは逃げられない、というやつだ。
今の自分からしたら、圧倒的に高レベルの存在と、ほぼ確実に戦闘になる。それを理解したリューは、「はは……」と乾いた笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情になって、やれることをやり始める。
巨狼―――ディセクトゥムのレベルの高さを目の当たりにしたリューは、すぐさまメニュー画面を開く。そして、ステータスを呼び出すと、今日のレベリングで上がった8レベル分のSPを、どこの項目に振り分けるべきかを考え始めた。もちろん、注意はディセクトゥムからそらさずに、だ。
「とりあえず、STR、DEF、AGIに5ずつ振って……。MINDは……どうしようか?」
高速で思考を巡らせたリューが出した答えはは、こうだった。
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PN:リュー
RACE:人族
JOB:神官
SJOB:闘士
Lv20(8UP)
HP 540(180UP)/540(180UP)
MP 940(230UP)/940(230UP)
STR 65(10UP)
DEF 35(10UP)
INT 15
MIND 75(15UP)
AGI 20(5UP)
DEX 10
LUK 20
SP 0
SKILL:《治癒魔法Lv24(5UP)》《付与魔法Lv22(5UP)》《メイス使いLv30(8UP)》《格闘Lv23(7UP)》《強力Lv22(6UP)》《強心Lv19(7UP)》《強身Lv16(5UP)》《強速Lv8(6UP)》《強生Lv6(5UP)》《強魔Lv12(11UP)》《信仰の剣Lv16(15UP)》《信仰の盾Lv16(15UP)》《夜目Lv3(new)》
TITLE:
装備
武器右:鉄のメイス STR+5
武器左:鉄のメイス STR+5
頭:なし
上半身:新米神官服(上)
下半身:新米神官服(下)
腕:なし
足:ただの革靴
アクセサリー:なし
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さらに、スキルレベルが上がり手に入れたアーツや魔法を確認していく。《治療魔法》が【リジェネ】。《付与魔法》は【エンチャント・ブースター】。《メイス使い》で【アームブレイク】。《格闘》で【インパクトシュート】。
詳細情報でアーツの効果を確認し、自分の戦闘に組み込めそうなものがあれば、その効果をさらに詳しく読み込む。
できる事を一つでも怠った瞬間に負けが確定する相手だということは、一目見た瞬間に感じ取り、レベルを見て理解した。ディセクトゥムが余裕を醸し出している今が、リューに残された唯一の準備時間。戦闘が始まってしまえば、そんな余裕はなくなる。
ステータス画面でできることを一通り終わらせたリューは、メニューを閉じると、腰に下げておいた二本のメイスを、片方だけ引き抜いた。まっすぐにディセクトゥムを見据え、気圧されないよう気丈に笑って見せる。
リューが戦闘の準備を整えるのを待っていたかのように、ディセクトゥムがのそり、と起き上がった。メイスを握るリューの手に力がこもる。
ディセクトゥムは、リューを一瞥し、次に視線を天壌に浮かぶ月へと写した、リューもつられてそちらに視線を向ける。そして、二度目となる驚愕の表情を浮かべた。
「月が……赤い? さっきまでは普通だったぞ?」
疑問がリューの口から洩れるが、その問に答えを与えてくれる存在はここにはいなかった。何かのイベントだろう、とそうそうに見切りをつけたリューは、注意を月からディセクトゥムに戻す。
初撃は、どんな攻撃がくる? 噛み付き? ひっかき? それとも尻尾を叩き付けてきたり? いや、物理攻撃だけじゃなく魔法が飛んでくる可能性だって……。
そんな風に、ディセクトゥムの行動を読もうとしたリューだが、彼の予想はことごとく外れることになる。
――――アォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
ディセクトゥムは、紅き三日月に向けて、吼えた。オオカミの遠吠えと同じような鳴き声だが、巨狼が放ったそれは、音量も巨大だった。リューも、HPが削られたわけではないが、耳を抑えて顔をしかめている。相当うるさかったみたいだ。
だがその咆哮は、威嚇でも音響攻撃でもなかった。遠吠えが響き渡る中、ディセクトゥムとリューの間の地面に、無数の魔法陣が敷き詰められた。紅光を放つ魔法陣が回転を始めると、その中心に力が光となって集まり、そこからモンスターが表れ始めた。リューが見たことあるモンスターもいれば、見たことのない種類のモンスターもいる。ただ、そのすべてに言えるのは、獣型モンスターだということ。
無数の獣を従えるディセクトゥム。その姿は、『百獣の王』という言葉がぴったり当てはまった。
「はっ、前哨戦ってことか? 準備運動にしちゃ、ちょっとハードじゃないかね?」
リューは様子見のつもりで一本しか装備していなかった、メイスをすぐにもう一本装備すると、強く地面を蹴って、獣の群れへと向かっていった。
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