紅月の巨狼 回避スキル? いいえ、奇襲用です
遅くなり、申し訳ございません。【ラヴブレイカーズ】との戦闘……? うん、戦闘です。
もう、声を上げることすらしない。気合を入れる? そんなものはいらない。口元に笑みを刻み、瞳に映る標敵を見据え、草原を疾走する。
残っているのは、後衛職が二人。リーダーの男はなぜか手を出してこない。【ラヴブレイカーズ】は変なことにこだわるPKギルドだと聞いていたが、それもその一環なのだろうか? まぁ、何もしてこないなら好都合。そこで部下が無残に散るところを見ていればいいさ。
後衛二人が魔法を放つ。俺に向かって燃え盛る火球と吹き荒れる風刃が放たれる。両方とも見事に命中するが、気にしない。神官のMINDなめんな。こんなもの、比喩でなく痛くも痒くもない。HPは五分と減らず、そんな些細なダメージも詠唱時間がほとんどないような【ヒール】によって一瞬で回復する。
俺は攻撃魔法を使えない。だから、威力、範囲。発動までにどのくらいの時間がかかるかとか、どんな追加効果があるのかとかは全くわからん。でも、そんなものは分からなくてもどうにでもなる。
俺と後衛ども。彼我の距離はかなり詰められている。急いで魔法の用意をしているようだけど、それを撃たせるほど俺は甘くないぞ?
力いっぱい地面を蹴り、一瞬だけ加速する。どうやら、こういった踏み込みの強さとかはSTRに依存するらしく、AGIが低い俺でも一瞬ならかなりの速度が出る。その一瞬でも、この状況なら十分。
まず狙うのは、火球を撃ってきた方。確かディーと呼ばれていた方の後衛。例にもれずローブで顔は見えない。俺はそいつとの距離を喰らい、力任せにメイスを振るう。まず、杖を持つ右腕に命中。杖を取りこぼしそうになったディーが慌てて杖をつかもうとするが、近接戦でその動きは致命的すぎる。跳ね上げた脚で顎を蹴りぬき、のけぞったところに正拳を叩き込む。メイスを振るうには、少し距離を詰め過ぎた。
俺の拳を受け体を『く』の字に折り曲げるディー。さらなる攻撃を加えようとしたとき、放置していた風刃を放った方から、魔法名を叫ぶ声が聞こえた。とっさにそちらを振り向くと、ちょうど石弾が俺に向かってくるところだった。
「こ、この至近距離から威力の高い土魔法! これなら……」
なんかブツブツ言ってるけど、これは無視しても大したダメージにならないだろう。だが、相手の戦意を削ぐというのなら、そのまま受けるより、こっちの方がより効果的だろう。
弾速がそれほどでもない石弾を注視。タイミングを合わせてメイスをぶち当てる。気分は太陽に誘われてたまに行くバッティングセンターだ。野球ボールじゃなくて魔法。バットじゃなくてメイスだけど。
メイスの柄頭が石弾にクリーンヒット。砕け散り石片となったそれを尻目に、風刃の男、イーに接近。そいつの脳天にメイスを振り下ろす。衝撃で下がる頭。曲がる腰。お辞儀するような姿勢になったイーの顔面に、追撃の膝を加えておく。
……それにしても、こいつらって俺とレベルの開きがあんまりないんじゃないか? 受けたダメージや動きを見てそうじゃないかと思っていたけど、AGIの低い俺の攻撃をここまで見切れないということは、ステータスの合計は大差ないのだと思われる。ステータスが高いヤツの動きって、ほんとにアニメの戦闘みたいだからな。ソースは公式PV。
何で俺を襲うのに、俺と同じようなレベルのやつを連れてきたのか、それが謎だ。もしかして、これも【ラヴブレイカーズ】の変なルール? ほんとによくわからない連中だな。
後衛二人は、接近してしまえば本当に無力だった。魔法を使う前に殴る。魔法を捨てて杖で殴りかかってきたら殴り返す。逃げ出そうとしたディーの背中にドロップキックを叩き込む。「こ、降参します……」と命乞い(?)をしてきたイーをビンタで黙らせる。ドロップキックで地面にぶっ倒れたディーの後頭部にメイス。ビンタを喰らってなぜか乙女座りで崩れ落ちるイーにもメイス。とにかくメイス、メイス、メイス、メイス、たまに蹴り、やっぱりメイス。
別に敵をいたぶって楽しむような趣味はないので、攻撃は全部全力だ。けど、やっぱり『物理攻撃力低下』が効いてるのかなー。なかなかやられないなー。やー、こまったー。
まぁ、最終的に頭蓋への一撃でポリゴンに変換された。夜闇に解けていく純白の粒子から視線を外し、最後に残り、最後まで日和見を決め込んでいたリーダーを見やる。
そいつはやたら尊大な態度で拍手をし、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「くっくっく……。まさか、ここまでとはな。全員が20レベル。つまり、お前より高レベルだったにも関わらず、この有様とは……我が部下ながら情けない。まぁいい、このような万が一のために私がいるのだからな。私のレベルは25。お前よりも8も高い。これはお前に勝ち目がないことを現している。部下を倒して調子に乗っているのだろうが、ここからはそう簡単にはい……」
「【バックステップ】」
「……かなブフッ!?」
リーダーの男の後頭部に俺が振り下ろしたメイスがめり込み、長々としたセリフを中断させる。
いや、何をグダグダ言っていたんだろうか、こいつ。意味ワカンナイナー。
露骨で分かりやすすぎる隙に、罠かなんかかと思ったが、そんな様子もなかったので、リーダーに背を向け、右手のメイスを振り上げた、振り下ろした瞬間に【バックステップ】を発動。リーダーの男の背後に一瞬で移動し、メイスがリーダーの男の後頭部を強打した。
荒野での実験で、このアーツは自分の背後の五メートルくらいに自分を強制的に移動させるというものであることが分かっている。この強制的にって言うのが重要で、このアーツを動作中に発動すると、発動前に行っていた動作を一時停止。背後に移動した後に再生、となる。
これを利用して、「背後に回り込む→メイスを振り上げる→後頭部向かって振り下ろす」、という動作が、「背後に回り込む→事前に振り上げ振り下ろしている最中のメイスが後頭部にめり込む」となり、奇襲性が向上する。え? 【バックステップ】は回避用のアーツだって? そんなの知らん。使えるんだからいいじゃない。
まぁ、【バックステップ】は始点と終点の間に一定以上の大きさを持つ異物があると発動しないくなるので、リーダーの男との位置修正が地味にめんどくさかったんだけどねー。身体が重ならないようにして、メイスを叩き込む位置にリーダーの男の後頭部が来るように調整して……。もし《夜目》のスキルが無かったら、この調整がうまくいかず、奇襲は失敗してただろう。こればかりは太陽に感謝だな。
俺が、後頭部への一撃で攻撃の手を緩めるはずもなく、二撃、三撃、四撃……。と滅多打ちにしていく。気分は某太鼓のアーケードゲーム、無性に『れんだ~』と言いたくなる。
「お、おまっ、人がしゃべってるさいちゅっ……!? ちょ、え、やめっ、あ! それはっ! グガァ!?」
メイスの雨あられに加えて、股間を蹴り上げてみた。効果は抜群だったようで、前のめりになるリーダーの男。俺はその丸まった腰を打ち据える。「ああんっ」とか聞こえてきた気がするけど、気のせいだよね。うん、気のせいに決まってるさ。
不気味すぎる声に俺が攻撃の手を緩めた瞬間に、リーダーの男が前方に転がるようにして連撃から逃れた。そして、へたり込んだまま俺の方を向くと、震える指を俺に突き付けた。
「ひ、卑怯だぞ貴様! 不意打ちなどして、それでも神官か!? ていうか、神官とか嘘だろ!」
「……神官ですが。何か?」
というか、六対一で囲んできた貴方たちに卑怯とか言われたくありません。
はぁ、これ以上しゃべらせとくと、無駄に疲れそうだし。さっさと止めを刺そう。レベルが高いだけあってなかなか死なないけど、ボコってればいずれは、ね?
そう胸中で自分を奮い立たせ、俺は今一度、メイスを握る手に力を込めるのだった。
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