紅月の巨狼 不本意
VS【ラヴブレイカーズ】
「くそッ! エフがやられたか!」
リーダーの男が叫びをあげる。今俺が倒したヤツ、エフって言うのか。変わった名前だな。エフ、エフ……アルファベットのF? ということはコードネームみたいなものか。さっき、イーって呼ばれてたヤツいたし、間違いないだろう。
「ビー、シイ! いけ! ディーとイーは後方より魔法を放て!」
「「「「了解!」」」」
リーダーの指示に従い、二人が俺の元に。もう二人は後方で杖を構えた。魔法の詠唱に入ったと思われる。とりあえずそっちは置いといて、目の前の二人に集中しよう。
ビー、シイと呼ばれた二人は、全くおなじ長剣を構えて左右から斬りかかってきた。右からは俺の左肩を狙った袈裟斬りが。左からは右わき腹への横薙ぎが襲い掛かる。タイミングを少しずらし、防御も回避もしづらい状況に持ち込んできている連携は見事を言わざるを得ない。
とりあえず、防御という選択肢は廃棄。では回避は? これもあまり得策ではない。前方に飛び込んだり、もう一度【バックステップ】を使えば避けれるかもしれないが、避けた先で後方からの魔法が撃ち込まれるだろう。
なら、回避も防御もしない。それでいい。
ぐっと足に力を入れ、姿勢を低くする。そして、左からくる敵に自分から向かっていく。振るわれる剣は気にせずに、攻撃にだけ意識を集中。
「なぁ!?」
相手は俺が防ぐなり躱すなりすると思い込んでいたのだろう。突っ込む俺に驚き、慌てて剣を引き戻そうとする。そこに出来た隙を見逃さずに、メイスを横っ面に叩き付ける。なぜか注視してもHPゲージが見え無いので、どのくらいのダメージが入ったかわからないのが厄介だ。そういう効果のある装備品でもあるのだろうか?
俺が左の敵に襲い掛かったことで、右から攻撃してきた敵の攻撃は虚しく空を切る。追撃を喰らわぬように、メイスを叩き付けたヤツに隠れるような位置に動く。うん? 今殴ったヤツがまだ持ち直してないな。もう一回殴っとくか。えいっ!
二発殴ったヤツを蹴り飛ばし、少し距離をとる。後衛で魔法の準備をしているやつらの方を確認するが、俺がフリーになったにもかかわらず、魔法は飛んでこない。待機時間が三十秒以上になり、発動失敗したのだろう。
となると、魔法の妨害を受けないように、常に張り付くようにして近接の二人を先に殺り、そのあとで後衛二人を撃破する。
問題は、あの指示だけ出して自分は何もしていない指揮官気取りの男だ。どうして戦闘に参加してこないのか不明だが、動かないなら好都合。他のやつらをボコった後に、ゆっくりミンチにしてやろう。
「な、何のためらいもなくシイの顔面に二発。その後さらに足蹴にするだと……?」
「あいつには血も涙もないのか!?」
「シイ、大丈夫か?」
「ああ……。だが、アイツはヤバい。ヤバすぎる……」
「回復役のエフが真っ先にやられたのが痛すぎるな……。まさか、あの奇襲はそれを見越して? [隠蔽のローブ]で誰がどの職業かわからないはずなのに、それを嗅ぎ取ったということか!」
ただの偶然だよ。買い被んな。
それにしても、好き勝手言ってくれる。誰が血も涙もないだ。両方兼ね備えてるつぅの。
まぁ、それは置いといて。俺が最初に奇襲で殺ったヤツが回復役だったのか。それは好都合。パーティーに別の回復役はいなさそうだしな。こっちにだいぶ有利な状況だ。
慄き少し腰が引けている【ラヴブレイカーズ】に、にっこりと微笑んで見せる。その笑みに込める言葉はもちろん『覚悟しろよ?』だ。
俺の笑顔を見て、【ラヴブレイカーズ】は、ローブで顔は見えないけど、一斉に顔を引き攣らせたように見えた。
「たぁあああああッ!!」
気合一閃! といった感じで振り下ろされた剣を半身になって回避。攻撃してきたのは、シイと呼ばれていたヤツ。渾身の一撃を躱されたシイくんは体勢を整える前に胴体にメイスを喰らい吹き飛んでいった。
すかさず追撃に出る。シイくんから離れなければ、後衛はフレンドリーファイアを恐れて魔法を撃つことができない。要するに、シイくんを盾にしてるってことだな。いやぁ、便利便利。
吹き飛ばした先で膝を折っているシイくん目がけて、前方にジャンプ。その顔面に、跳び膝蹴りの要領で膝をめり込ませる。仰向けに倒れたシイくんを踏みつぶす勢いで腹に足裏をめり込ませ、頭部を狙ってメイスを叩き込む。手を休めずに連撃。四回目でシイくんはポリゴンとなり散った。
ふぅ、これで近接二人は完全に沈黙。ビーってやつよりシイくんの方が手ごわかったかな? ちなみに、ビーってやつは、突進からの切り付け攻撃→俺回避&足ひっかけ→見事に転ぶ→あとは言わなくてもわかるよね? って感じで退場した。
片方のメイスを肩に担ぎ、くるん、と顔を後衛の方に向ける。俺の視線を受けた後衛たちが、おびえるように一歩後ずさった。ねぇ、なんでそんなに怯えてるの君たち。襲われたの俺の方だよ?
「ど、どうしますリーダー! あいつめっちゃ怖いですよ!? 何で笑いながら人殴れるんですか!?」
「跳び膝蹴りとか普通にしてましたよ! おかしいって、絶対おかしいってアイツ!」
「ええい、落ち着かんか! 確かにアイツはいろいろとおかしいが、五対一……い、今は二対一だが、それでもレベルはこちらが優っているのだぞ? 押せ! 全力で魔法を放つのだ!」
「「りょ、了解!」」
……ちょっと、イラって来るかな?
確かに、FEOではシステム上PKは認められている行為だ。けど、認められていたって、それが人様の迷惑になっているのは間違いない。それを楽しもうってんだから、それ相応の心構えってもんがあるんじゃないか?
少なくとも、襲った相手がどんな相手でも、怯えたりしちゃいけないでしょ。何なの? その化物を見るような反応? 失礼だなホントに。不本意にもほどがある。
はぁ、とため息を一つ。
あーあ、初めての対人戦ってことで、創意工夫や連携、モンスターとの戦闘との違いとか、結構楽しめるかもとか思ってたんだけどなー。もういいや。
ここからは、思考せず、考察せず、ただただ攻撃することだけに集中して。
ただ、あいつらを壊すことだけをしよう。
メイスを握る手に、痛いほど力を込め、視線はまっすぐ標敵を見据える。敵を視界にとらえたら、あとはもう、そこに行って殴るだけ。単純明快でいい。飛んでくる魔法は無視。当たったところで、すぐに回復できるからな。
「……さ、行くぞ?」
ポツリとつぶやきを漏らし、疾走を開始した俺は、その時確かに―――
―――笑って、いた。
いますよねー、どんな感情であれ、一定まで昂ぶるとなぜか笑っちゃう人。……いるよね?(ちなみにわたしはそう)
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