エイプリルフール短編 四月バカ……ップル?
エイプリルフール!
可哀想なことに、暦上で唯一バカ扱いされる日です。
というわけで、短編を一つ、どうぞ!
エイプリルフール。
起源のはっきりとしない新年度早々に行われるイベント。その日は一日中、「嘘をついてもいい」という。
とはいえ、限度は必要だと思う。嘘ばっかりついていたら、いろいろと大変なことになるだろう? ほら、「狼少年」とかまさにそんな感じだ。
さて、今からお送りするのは、俺が高校生になる直前の春休み、四月一日のお話。
「んー……。ふわぁ……、そろそろ起きるか……」
あくびを噛み殺しながら、ベッドから起き上がる。どうもおはよう、新城流です。
まだ薄暗い時間帯。時計を見たら五時くらいだった。うん、いつもより早く起きちゃったな。
二度寝をする気分でもないし……ああ、それに今日はお隣の千代原家の面子と花見に行く約束をしてたな。
この花見、毎年春休みに行われているもので、時間が合えば忙しすぎてほとんど家に帰ってこないうちの両親や、ロクデナシのおじさんも来たりする。
そして、弁当を用意するのは言わずもがな俺の仕事である。結構な人数が集まるので、結構骨の折れる作業だったり。
まぁ、昨日のうちに下ごしらえは済ませておいたし、ご飯だって炊いてある。六時頃に起きれば十分間に合うと昨日の時点で予想済みだ。
まだ半開きの目をこすりながらベッドから出て、パジャマを脱ぎ捨てて私服に着替える。青色の袖が七分丈のシャツに、黒のジーンズ。いつも通りの「しんぷるいずべすと」な服装に着替えたら、部屋から出て下の階へ。
そしてリビングへ続く扉を開け、誰もいない部屋に向かってなんとなく「おはよう……」と声を掛けてみたり。
ま、返事が返ってくるわけもない……
「ん。おはよう、流にぃ」
………………は?
あっれ、おっかしいな。なぜかリビングのソファーに蒼が座っているんだが? しかもティーカップで紅茶らしきものを優雅に飲んでいたりするし……。足組むなよカップ持つ手の小指立てんな腹立つから。
…………うん、これは間違いないな。
「………………ふぅ、なるほど。夢か」
「んーん。夢じゃ、ない。リアル」
「はっはっはっは、何言ってんだ蒼。今、午前五時だぞ?そんな時間にお前が起きてくるわけないじゃないか。休みの日は酷いと午後までぐーたら寝てるお前が五時起きって、春一番が嵐になったらどうする」
「…………」
ありえねーな、さっさと起きろよ俺。と、俺が笑っていると、いつも以上に無表情になった蒼が、カチャリとカップソーサーにティーカップを置いた。
そして俺の方にとてとてと近づいてきて……ビシッ、と俺の額にチョップを叩き込んだ。
「いたっ、お前、一体何を………って、あれ? 痛いってことは……夢じゃない? 現実?」
「……さっきから、そう言ってる」
じとー、とした目でこちらを見てくる蒼。
え、えー? でも、蒼がこんな早起きするなんて……それこそ、数年に一回あるかないかっていう珍事だぞ? 学校がある時なんかは、いつも俺が千代原家に朝いって太陽とこいつを叩き起こしているというのに……。
困惑する俺に、蒼はうっすい胸を「ふふん」と貼りながら、得意げな様子で言う。
「今日は四月一日。もう公けに高校生として扱われるようになった」
ん? 何か引っかかったような……? なんだろうか?
「今日からのわたしは、これまでのわたしとは違う。そう、言うならば、『ネオ千代原蒼』」
アホな発言はいつものことだし、それに拍車がかかっているのは季節が春だからだろう。それ以外に何か……何かが、気になっている。
そこに、蒼が早起きなんてことをした理由があるんだろうけど……。うーん……?
「『ネオ千代原蒼』となったわたしにとって、早起きなど造作もない。流にぃに起こしてもらわなくても起きれる。……嘘じゃ、ない!」
……ん? 嘘……?
………………………………って、ああ。そう言うことか。そうだな、今日は、そう言う日だったな。
蒼の意図に気が付くと同時に、不可能なはずの『蒼早起き事件』の謎も解明した。どうやら、真実は一つだったらしい。
俺は、自分の考えが正しいことを証明するために、ずいっ、と蒼の顔に、自分の顔を近づけた。至近距離から、蒼の瞳を凝視する。
……ほら、やっぱり。
「りゅ、流にぃ……? い、いきなり……なに?」
俺の唐突な行動に驚いて目を見開く蒼。それにより、さらに真実が分かりやすくなった。
互いに吐息が当たりそうな距離で、蒼はどうしてか頬を赤く染め……。
俺は、ニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「蒼。お前、今日は自分で起きれたって言ったよな?」
「ん、ん。わ、わたしは『ネオ蒼』。こ、この程度の精神攻撃には屈しな……」
「――――それ、嘘だろ?」
ビシリ、と、そういってやった。
ピシリ、と、固まる蒼。
くくくっ、分かりやすいヤツだな、本当に。
「……な、なんの、こと?」
「お前の、『今日は自分で起きることができた』って言う言葉が、だよ」
「………………な、ななななんの、こ、こと?」
目はきょろっきょろ動き、慌てすぎなくらいに狼狽えてかみっかみになる蒼。ここまで動揺を隠せない様子を見ていると、ちょっと心配になってくる。
そんな蒼に苦笑しながら、俺は謎解きを開始する。
「さて―――」
蒼から顔を離し、人差し指をピンッ、と立てる。気分は「犯人はこの中にいる!」と言い放った某探偵の孫。もしくは物陰に隠れて蝶ネクタイに話しかける眼鏡の少年だ。
「まず、大前提として『蒼が自発的に早起きをし、それを達成する』というのは不可能だ。奇跡と偶然が何度も重なってミルフィーユみたくなるか、ゲームの発売日でもない限りまずありえない」
「……くっ、否定したい。けど、できる要素が、ない……」
悔し気な様子の蒼を見ながら、俺は話を続ける。……というか、否定できる要素の一つくらい持っててくれないかなぁ?
「そんな蒼が、どうやって俺より早く起きて、このリビングに来ることができたのか。その答えは、蒼、お前の目にある」
「……わたしの、目?」
俺の言葉に、こてんと首を傾げる蒼。
そんな姿に苦笑しつつ、俺は蒼の目元にそっと手を伸ばし、蒼の左目の下瞼のラインを沿うように、顔の中央に向けて、優しく指を這わせる。
蒼が、ぴくん、と肩を震わせた。
「ああ……。正確には、お前の目の下、だけどな」
「め、目の……下?」
「ここ、化粧かなんかで誤魔化してるんだろうけど、うっすらと隈が見える」
「…………(ギクッ)」
「それに、目も少し充血してる。……蒼。お前、『起きることができた』んじゃなくて、本当は『そもそも昨日から寝ていない』だけなんだろ?」
「…………(だらだら)」
「飲んでた紅茶は眠気覚ましのため。そんでもって、こんなことをして俺を騙そうとしたのは……」
「……………し、したのは?」
冷や汗を流し、震え声でそう聞いてくる蒼。
俺は、蒼の目元を這わせた指で、その額をこつん、と突き、笑みを浮かべながらパチリと片目を閉じ、
「――――エイプリルフールだから、だろ?」
そう、今日は四月一日。
一年で一日だけの、『嘘をついても許される日』。
「大方、太陽と俺を騙せるかどうかの勝負とかをしてたんじゃないか?」
最後にそう予想して、蒼をじっと見つめる。
俺の視線を受けた蒼は、それをじっと見つめ返してきたが、やがて観念したかのようにふいっ、と視線を逸らした。
「……正解。流にぃの言う通り。うまくいくと思ったのに」
「はっはっは、俺を騙そうなんざ、百年早い。……後、騙すんだったら、もう少し信憑性のある嘘にした方がいいぞ?」
「わたしの早起きはって、そんなに信憑性、ない?」
「ほぼ皆無」
「……そっかー」
……というか、信憑性があると思ってたのか。その間違いだらけの認識にびっくりだよ。そして徹夜までしてこんなアホなことをしようと思ったことにびっくりだ。
「…………ふぁ」
「ああもう、そんな大きなあくびをして……眠いんだろ?」
「……んー。けっこう……限界……?」
「はぁ、全く……。取り合えず、ソファーで横になっとけ。花見の時間になったら起こしてやるから」
「……流にぃの、膝枕を希望する……」
「……お前が寝付くまでだぞ。花見の準備もあるんだからな?」
「んー……」
もう、目も半分シャッターが締まっており、頭がふらふらと揺れている状態の蒼をソファーに連れて行って、そこに寝かせる。甘えん坊な妹様の要望通り、膝枕をした状態で、だ。
はぁ、なーにが今日から高校生だ。まるで変わんねぇな、こいつは。
「んふふー……♪」
俺の膝の上で、緩み切った表情を浮かべている蒼。『ネオ蒼』なんてものは、ただの幻だったようだ。
けれど、その嬉しそうな顔を見ていると、「まぁ、それでもいいか」って思ってしまう。
どうやら、変わんねぇのは俺も見たいだなと、思わず笑みがこぼれるのだった。
「……流にぃ? 何……笑ってるの……?」
「んー? こうやってお前に膝枕をするのって、なんかいいなって思っただけだ」
「それは……、妹に甘えてもらえるから……?」
「……いや、違う。蒼が、可愛い女の子だからだよ」
「………………!? りゅ、流にぃ!? それ、ホント……!?」
「いや? 冗談」
「……………………」
「いてっ。ちょ、おい! 無言で脇腹を叩くな!」
「…………流にぃが、酷い嘘つくのが悪い」
「酷いかどうかは兎も角……、嘘をつくには、なんにも問題ないだろ?」
「なんせ今日は、エイプリルフールなんだしさ」
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