紅月の巨狼 秘密の酒場にて
三人称視点でお送りいたします。
FEOの世界の、とある町。夜の帳が降り立ち、街並みが闇色に沈む中を一人の男が歩いていた。身体をすっぽりと覆う外套を身に着け、フードを深くかぶっているので顔は分からない。
男は、人気のない道を静かに歩いていき、やがて、立ち止まった。
「……ここか」
ポツリとつぶやいた男の目の前には、薄暗く狭い路地裏があった。男は何かを見つけたようなことを言ったが、何の変哲もない路地裏に見える。
だが、男は迷いのない足取りでその路地裏に近づくと、その中に入っていった。
夜の路地裏は、本当に真っ暗だった。男は一瞬躊躇するように足を止めたが、すぐにまた歩き出す。
「路地裏に入ったら、五歩進むんだったよな」
確認するようにそうつぶやき、男はゆっくり、ゆっくりと数えながら一歩ずつ路地裏を進んでいく。
「いち、にい、さん、しい、ご。……五歩進んだら、左の壁にあるスイッチを探す」
左手を壁に当て、何かを探るように動かす。そして、少しして、指先に何か引っかかるものを見つけた。「これか」とつぶやきを漏らし、それを指の腹で壁にめり込ませるように押し込む。
すると、どこかで『ガコン』と何かが外れたように音が響いたと思ったら、スイッチがあった壁が一部切り取られ、『ズズズ……』と地面に飲み込まれていった。そこには縦二メートル、横幅一メートルほどの空間が現れ、そこからランプの光に照らされた地下への階段が見えた。螺旋階段になっているようで、奥の方がどうなっているかを確認することは、男には不可能だった。
「……すごい仕掛けだな。おっと、この扉は三十秒もすれば閉まるんだったな。急がないと」
男が慌てたように階段に足を踏み入れ、数段降りると、また『ズズズ……』という音がして、切り取られた壁が元通りになった。それを肩越しに確認した男は、音を立てながら階段を一段一段降りていく。『コツコツ』と壁に反響した足音が嫌に耳に響いた。
男が階段を下りること五分。長かった螺旋階段にようやく終わりが訪れる。終点には木製のドアがあり、そのドアには【LOVE・OR・DIE】と書かれた看板があり、その下には小さく『OPEN』の札が提げられていた。どうやらここは、何かの店のようである。
そのドアの前で、少し立ち止まった男。やがて何かを決意したように外套の裾を正すと、ドアノブをひねりゆっくりとドアを開けた。
「―――――いらっしゃい」
そこは、洒落た雰囲気を醸し出す酒場だった。いや、バーと表現する方が正確かもしれない。
入って来たドアから見て右手にカウンターがあり、その内側ではバーテンダーがグラスを純白の布で磨いている。左手には壁に沿うようにソファーが設置されており、いくつかのテーブルが置かれている。
最小限の照明しかない店内に客の姿はない。静かな空間に、バーテンダーがグラスを磨く音だけが響いている。
男はカウンターに近づくと、奥から三番目の位置にある、一つだけ色の違っている椅子に腰掛け、バーテンダーに向かって口を開く。
「マスター、注文を」
「あいよ。何にする」
「マスターが作れる限り、最ッ高にクソッタレなカクテルを頼む」
「ほう……。OK、つまみはどうする?」
「結構だ」
男とバーテンダーの間で、妙なやり取りが交わされる。注文を聞き終わったバーテンダーはグラスを置くと、シェイカーといくつかの瓶を取り出した。
そして、慣れた手つきでシェイカーに氷と瓶から注いだ液体を入れ、それをシェイクし始めた。
「……それで、どのようなご依頼で?」
「PKしてほしいプレイヤーがいる」
「ま、ここに持ってくる依頼はそれしかないわな。で、どこのだれを殺ればいいんだ?」
「今、スクショを送る。……こいつだ」
「ふぅむ……。とりあえずこいつのレベルと職業。それと、こいつを殺ろうって思った理由を教えてくれ」
「……レベルは12で、職業は神官。こいつは、俺が誘っていたプレイヤーを横取りした。それどころか、公衆の面前で俺に恥をかかせやがった」
「へぇ、そいつはまた。そのアンタが誘ってたプレイヤーってのは女かい?」
「当たり前だ。だからここに依頼に来ている」
「うーん、だがよぉ。それだけじゃ依頼を受ける理由としてはちと軽いんだよなぁ……。ほかに何かあるか?」
「……そうだ。こいつはあの『魔導蒼妃』とかなり親しい仲だ」
「ほう、あの人嫌いのお姫様と? そいつぁビッグニュースだな。いいだろう、この依頼。引き受けさせてもらうぜ。報酬はそうだな……このくらいが相場だ」
「結構するな……。まぁ、それであいつに復讐できるってなら安い物だ。まってろ、今送る」
「あいよ、毎度アリ」
「……それで、本当に、確実にやってくれるんだろうな?」
「そりゃあ、もちろん。……と、言ってやりてぇとこだが、こっちにもこっちの流儀っつうもんがある。それは承知の上で来たんだろ? アンタだって」
「それは……そうだが」
「じゃあ、依頼の成功を祈りな。ここまでくりゃ、あんたに出来るのはそれだけだ。……よし、完成。ほれ、ご注文の『マスターが作れる限り、最ッ高にクソッタレなカクテル』だ」
「ほ、本当に作ってたのか……。まぁ、いただいておく」
男はそう言って、グラスに注がれた紅いカクテルに口をつける。そして、商品名とは裏腹な上品な味わいに、驚き目を見開く。
それをおかしそうに見ていたマスターは、男から送られてきたスクリーンショットを再度開き、そこに写されたターゲットの顔をその目に納める。
映し出されているのは、白髪紫眼の少年。
―――――リューの姿だった。
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