紅月の巨狼 シルさん大変身?
シルさん編、最後となります。
「リューにぃ。確認終わり」
「お、そうか。ありがとうな、サファイア」
作業の手を止め、声をかけてきたサファイアを笑顔でねぎらう。ちゃんと仕事をこなしたようで、リストに書かれたスキルのいくつかに印が付けられている。
お疲れ様、という感じに頭をなでると、サファイアは気持ちよさそうに目を細めた。
高校生にもなってこの褒め方はどうかと思うのだ、俺は。でも、サファイアはこれが一番嬉しいという。まぁ、嫌なわけではないので、別にいいんだけどさ。
超めんどくさがり屋のサファイアがこういうことを手伝ってくれた、という事実がうれしので、いつもより多めになでなで。うりうり。
「ん……。ふぁー、ぶるすこ。ふぁー」
「……なんだ、それ?」
「よく知らない。なでられたときにいう言葉って、アポロが言ってた」
「アポロが言った言葉か。なら、特に意味なんてないだろ」
「ん。それもそう」
十分になでなでした後、サファイアの頭から手を離し、視線をリストに移す。しるしが付いているスキルはちょうど十種類。丁度いい数だな。
このリストはあとでシルさんに確認してもらうとしよう。後は、俺のやってることが終わって、アッシュが戻ってきたら完成かな?
「サファイア、もうやることは大体終わったし、これで抜けても大丈夫だぞ」
「んー……。いい。リューにぃのお手伝いする」
………………? あれ? 俺の耳がおかしくなったのかな?
なんか今、サファイアが自発的にお手伝いを申し出たような気がするんだが……?
急いでサファイアの額に手を当ててみる。……いや、ゲーム内のアバターの体温を測っても、熱があるかどうかは分からないか。
「さ、サファイア? 大丈夫か? どこか体調が悪かったりしないか?」
「……その反応は、不本意。わたしはどこも悪くない。純粋に、リューにぃを手伝ってあげたいだけ」
すっごい微妙な顔でそう言われてしまった。こっちはただただ心配してるだけだというのに……。
だってサファイアだぞ? ものすごいめんどくさがり屋で、これまでに手伝いなんて、頼んでもたまにしかやってくれないあのサファイアだぞ?
……はっ! も、もしかして……。
「サファイアじゃ……ない……?」
「ていっ!」
「あだっ」
……いや、混乱してたとはいえ、杖で殴らなくてもいいじゃないか。てか、メニューすら開かずにどうやって出したんだ? それ。
「落ち着いた?」
「……おう、すまん」
「ん。分かったならよろしい」
「じゃあ、手伝ってくれるんだな? それなら、こっちのこれをあそこに運んで……」
「ん」
俺の指示に従って、素直に働いてくれるサファイアの姿にすごく違和感を感じながらも、作業を進めていく。
それにしても、なんでいきなり……。まぁ、手伝ってくれるんだし、いっか。
「(……めんどくさい。けど、あの女とリューにぃを一緒にするのは、きけん)」
「ん? なんか言った?」
「何でもない」
「リュー、戻りました」
「お、アッシュ。どうだった?」
「ふふん。見てからのお楽しみ、です。それにしても……」
店の奥から戻って来たアッシュが、カウンターから店内を見渡しながらぽつりとつぶやく。
「……なんか、変わってませんか?」
「おう、変わってるぞ」
「ん。わたしも手伝った」
店内は、結構様変わりしていた。というか、俺が模様替えをしたのだ。
と言っても、シンプルだった内装に、サファイアが持っていたいい感じの素材アイテムとかで飾り付けをしただけである。
壁や棚で飾り付け、カウンターにちょっとした小物を飾る。色をシルさんの髪色と同じ紫色で統一してみた。窓を開け、風が入ってくると揺れるラベンダー色のカーテンが個人的には気に入っている。
「なんか、いかにも女性っぽい感じに仕上がってますね」
「ちょっと殺風景すぎたからなぁ。とりあえず、派手になりすぎないように注意して、落ち着きと華やかさの両立を目指してみた」
「リューって、こういうの得意なんですね。……女性っぽい感じがしますけど」
「うっさいよ。それより、シルさんは?」
「あれ……? あっ、シルさん。早く来てください! もう、隠れないでください!」
「まって! やめて! こんなのわたしじゃないわ!」
「往生際が悪いですよ。ほら、来てくださいってば」
なかなか姿を見せないと思ったら、シルさんは店の奥に隠れているようだ。アッシュが戻って連れてこようとしてるが、「いやぁ~、やめてぇ~」と抵抗しているようだ。アッシュも頑張っているようだが、シルさんもなかなか手ごわい。
「しょうがない。私が行く」
サファイアも店の奥に向かった。「むぅ……。さっさとこい」「え、あ、ちょっ!?」「……強引ですね、サファイア」というやり取りは聞こえてきた後、サファイアに担がれる形でシルさんが姿を見せた。そのまま、『ぺいっ』という感じに俺の前に放り投げられ、お尻から地面に着地した。「いてて……」と打ち付けたお尻をさするシルさん……って、オイコラ。人を投げるな。
そうして俺の前まで運ばれてきたシルさんの装いは、随分と変わっていた。俺がまじましと眺めているのに気づくと、恥ずかしそうに身をよじり、体を隠すように腕を体の前で交差させた。
「うぅ……。し、神官さん、見ないで……」
だが、俺は恥ずかしがっているシルさんから目が離せないでいた。主に、驚きすぎて。
「……変わりすぎだろ、これ。え? 本当にシルさんですか?」
「わたしは正真正銘、シルよ! ふんっ、どうせ似合ってないだとかワカメだとか言いたいんでしょ? 神官さんのバカぁ!」
「いや……。予想をいい意味で裏切られたというか、そもそも想定外だったというか……。なんにせよ、良く似合ってますよ、シルさん。見違えるほどに綺麗になってて、驚きました」
「……え? …………うぇええええええええぇぇ!?」
いや、素直に褒めただけでそんなに驚かんでもいいじゃないか……。まぁ、今までちょっと遊び過ぎた俺が悪いか。反省しとこ。
まぁ、それは置いといて……。本当に、びっくりした。
シルさんの恰好は、菫色のロングスカートに、清楚な白のブラウスというシンプルなもの。だが、そのシンプルさがシルさんの持つ、『清楚かつ妖艶』な魅力を十分に引き立てている。ローブに秘められていたこの店内にいる誰よりも女性的な曲線を描く肢体がさらされおり、首元までボタンを絞めたブラウスが窮屈そうに二つの山脈を抑えている姿は、なんとも言えない色気がある。
ぼさぼさだった髪は綺麗に整えられ、何をどうしたかは分からないが、十分な艶をもって腰あたりまで流れている。短めに切られた前髪からは、隠されていたシルさんの美人具合がよく確認できた。
俺の真正面からの賛辞に硬直してしまったシルさんを、これ幸いとじっくりと観察。うんうん、これなら十分すぎるくらいに『美人店主』と呼べるだろう。
「どうですか? リューのお眼鏡にかないましたか?」
「ああ、素晴らしい。だが、あえて手を加えるというなら……。エプロンとか着させるのはどうだろう?」
「エプロン、ですか?」
「ん。リューにぃに賛成。エプロンは絶好の萌えポイント。うちのバカ兄とか大好きだと思う」
「前にアポロのやつが言ってたのを思い出してな……。って、そんなことはどうでもいいか。アッシュ、エプロンはあるか?」
「はい。料理をするときに使うので、いっぱい作っておいたんです。いろんな色がありますよ?」
「色はどうしようか? ブラウスが白だから、それ以外の色がいいだろうけど……」
「ピンクとかでいいんじゃないでしょうか?」
「ん。フリフリにしよう」
「……はっ! ふ、フリフリもピンクも嫌! 絶対に嫌よ!」
気が付いたシルさんの本気の抗議の結果、エプロンは普通の黒ということで落ち着いた。フリフリも見てみたかったので、ちょっと残念。
立ち上がったシルさんは、自分の姿を見て、店を見渡しながらぽつりとつぶやいた。
「……それにしてもアンタたち…。なんというか、その。やりすぎよ」
「やりすぎ?」
「そう、やりすぎ。確かにお店をどうにかしてほしいとは言ったけど……。ちょっと相談に乗ってくれるだけでよかったのに、まさかこんなことになるなんて……」
呆れたような、でも、新しくなった自分やお店を嬉しそうに眺めながら言うシルさんに、俺たちは顔を見合わせてから、笑みを浮かべて尋ねる。
「「「お気に召しましたか?」」」
「……うん。すっごく」
そう答えたシルさんの笑顔。それを見た俺たちは、この店の再建が成功することを、確信したのだった。
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